第二幕『銀幕まくり』

——あおい地球。


 七割が海の青。


 三割が陸の緑、茶。


 北極点を基軸に、半時計周りに、重々しく、回転する。


 それは……


 火星人の前哨ぜんしょう基地、『月の背バック・オブ・ザ・ムーン』からの景色だ。


「ズズズ……うーむ…やはり地球産の緑茶というのは、美味いマーズ。この適度な苦みが、スパイスのような働きをするのだマーズ」

 火星人の、偉そうな奴が、そう言った。

 偉そう、と言うのも、彼は現に、この基地をはじめとする地球周辺地域を統べる、総督バレール・ノムリなのである。


 地球を監視するこの『月の背バック・オブ・ザ・ムーン』は、重力制御によって月の公転と自転をともに周期が同じ二七・三二日に調整しているため、月の背面は地球側からは確認できなくなっているのである。そう言うわけで、月の裏側にのみ、基地が建設されていた。


 一見すると、この『月の背バック・オブ・ザ・ムーン』は、そのうち地球に対して何か悪さをしでかしそうなものだが、その存在理由は、なんとも珍妙なのであった。



 今日は、一九六九年の七月二〇日。

 月にいると体内時計が狂ってしまいそうなものだが、今は一応、夕刻だ。


 総督の元に、部下らしき別の火星人が走ってきた。


「総督! 大変ですマーズ! に、穴が!! その直径は八キロメートル超です! なので正確では無いですがマーズ……」

 部下の顔は、摂氏一〇〇〇〇度の炎ブルーフレイムのように、真っ青である。


「なぁにぃいいいい!!?? それはとんでもなく大変だマーズ! 大至急、修理班全班を派遣するマーズ!!」


 火星人たちは、その『銀幕』と呼ばれる得体の知れないものを、必死に修理しようとした。


 だが、穴はなかなか塞がらず……


 地球人、マイケル・コリンズに、見られてしまったのだ!!



「そう言わずに聞いてくれって! 明らかにおかしい! なんだろう、俺はワームホールでも見つけてしまったのだろうか? そうとなると、人類は同じ日に二つの偉業を成し遂げることになるぞ! 月面着陸と、ワームホールの発見! 素晴らしいじゃないか!」

 コリンズは必死に訴える。

「うるさいな……仕方ない、しばらくとするか」

 ヒューストンの管制官はそう言って……


\ピッ♪/


 コリンズをミュートしてしまった。


「おいヒューストン、聞こえてるか! おい、もしもーし!」


 コリンズの声は誰にも聞こえていない。


「仕方ない。大人しく観察しておくとするか。イーグルの月面着陸と、ワームホールの両方をな! って……なんだ!? あれは!!??」


 コリンズは、アポロ司令・機械船コマンド・サービスモジュール(=CSM)の窓の外、さっき見つけた風穴のそばに、とんでもない奴らを見つけた。


 透明の球体から何本もの細長い金属の腕が伸びる『タコ型』の何か。


 それが、穴からウジャウジャと湧いてくるではないか!!


「見間違いじゃないよな、あれは……奴らは……中に乗っているのは宇宙人だよな!?!?」


 コリンズの言う通り、確かに球型のガラスの向こうに、これまたタコのような顔面をした生物が見えている。


 しかも彼らの操るタコ型マシーンは、宇宙空間を漂っていると言うよりはむしろ……壁に這うような動きをしている!!


 そう、彼らは『銀幕』とやらにしがみついて、開いた穴を塞いでいる途中なのである。


 そして彼らは、月軌道のCSMと今にも着陸しそうな月着陸船イーグルとに、気づいてしまった。


 次の瞬間……


「「「うわあああああああ!!!」」」


 三人は、船もろとも、月の背バック・オブ・ザ・ムーンへと連れ去られてしまった。



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 穴は無事塞がったようだが……



「ああああああああ!!!! 一三八億年かけて仕込んだドッキリがあああああ! 『【地球人チキュウマンショー】実は地球は全方位映像ディスプレイに囲まれていて宇宙なんて無かったドッキリwww』はもうおしまいだああああ!!!! 来月になってから、マーシャン・キング様の誕生日のお祝いスペシャル企画で、地球に平和大使を派遣してネタバラシするところを火星中で生放映予定だったのにマーズ! まずいマーズ!!」

 よほど悔しいのか、子供のように泣き喚く、月の背バック・オブ・ザ・ムーン総督バレール・ノムリ。


「でもさ、総督さんよぉ。俺たち三人が、黙っていればいいんだよな? でもって、月面着陸の瞬間と同じ状況に、俺たちを戻してくれ。通信は切れたままだから、多分まだNASAにも、地球のみんなにも、俺たちが月の裏側で火星人に拘束されているだなんて、気づかれていない」

 コリンズは、やけに物分かりが良い。


「いいのかマーズ? 協力してくれるのかマーズ?」

 総督は、そのをムカデの足のようにうごめかしてコリンズに擦り寄り、すがりつく。

「ああ、いいぜ、ていうか……いいよな? 船長も、オルドリンも。このまま俺たち何もされずに生きて地球に帰してもらえるわけでも無いだろうし」


 オルドリンは、

「まぁ、俺はいいよ」

 承諾した。


 アームストロングは、

「…………」

 何か言いたげだが、言えずにいるようだ。仕方なく黙認、と言うことだろうか。 


「地球人よ! 恩に着るマーズ! そうだ! それなら、ぜひお礼がしたい。何でも言ってくれ!」

 総督は、意外にも義に厚く、そう申し出た。

「何でも、いいのか?」

 間髪を容れず食いつくコリンズ。

「もちろんマーズ!」


「そうか、それなら……」

 

 そこで、待った、が入った。

 アームストロングは、異論があるようだ。


「おい待てコリンズ。緊急時の全決定権は船長である俺にある。よって、お礼に何をしてもらうかは、俺の意見が最優先とされる」

 アームストロングはそう言って、腕組みをして仁王立ち。

「いやー船長、悪いが選択肢は一つしかないんだよなぁ……」

 意味深長なコリンズ。

「何だと、どう言うことだ?」


「実は……」


 コリンズは、

 総督顔負けの、

 必死の形相で、

 こう懇願した。


「帰還用のCSMの燃料が足りないんだ!!!! 月軌道に乗るのに、使い過ぎちまってよぉ……。だからお願いだ、燃料を恵んでくれ!!!! このドッキリのことは、、地球の皆に言わない! 交換条件としては、破格だろ?? だから頼む!!!!」




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配給 ユニバーサル・スタジオ・マーズ


制作 ムーンエンターテインメント


撮影 前哨基地『月の背バック・オブ・ザ・ムーン』の皆様


製作 軍神マルス・アレス・グラディウス


製作総指揮 『月の背』総督バレール・ノムリ


スペシャルサンクス マイケル・コリンズ

          バズ・オルドリン

          ニール・アームストロング



THIS DOKKIRI WAS DIRECTED BY KAGAKURA SOUSAKU.



〈完〉

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疑惑の銀幕 加賀倉 創作【書く精】 @sousakukagakura

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