疑惑の銀幕

加賀倉 創作

第一幕『疑惑の着陸』 

——時は、一九六九年。


 ソ連とアメリカの宇宙開発競争はますます激化していた。


 ソ連、三三二。

 アメリカ、五八二。


 これは、一九五七年のソ連のスプートニク一号打ち上げ成功から、一九六八年にかけての、両国の人工衛星打ち上げ回数であり、それらは世界全体の人工衛星打ち上げの九割以上を占めていた。

 少ない数でないことには違いないが……


 人類はいまだに、月にさえ、到達していなかった。


 だが、それも、今日までの話。

 と言うのも、まさしく今現在、NASAはアポロ十一号計画実行の真っ最中なのである!


 フロリダ州はケネディ宇宙センター第三九発射施設から、サターンⅤ型ロケットアポロ11が雄大に飛び立った。

 サターンⅤ型ロケットは、燃料を使い果たしたその第一段、第二段を段階的に宇宙塵デブリとして暗黒世界へと投棄した。

 第三段であるS-ⅣBエス・フォー・ビーは、先端のアポロ宇宙船を格納する運搬能力ペイロード部分を解き放した。

 アポロ宇宙船は月軌道に到達し、アポロ司令・機械船コマンド・サービスモジュール(=CSM)とアポロ月着陸船ルナ・モジュール(=LM)の『イーグル』に分離した。

 

 そして、マイケル・コリンズの乗るアポロ司令・機械船を月軌道に残し……


 アポロ月着陸船『イーグル』は、ニール・アームストロング、バズ・オルドリンの二人を乗せ、月の地表を目掛けて絶賛下降噴射中なのだ!



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——着陸降下シーケンス。


 今、テキサス州ヒューストンはジョンソン宇宙センターの管制室と、アポロ月着陸船『イーグル』の間で、息を呑むようなやり取りがおこなわれている。


 高度、約四九〇〇〇フィート。下降噴射開始から二分〇〇秒。経過良好。


ヒューストン「イーグル、システム異常無し。下降噴射を継続可能」


イーグル(オルドリンの声)「照準に問題無し。船内の明かりの調子が悪いが……着陸降下に支障無し。前方の窓に、月面が確かに見えている」


 高度、約三〇〇〇〇フィート。


イーグル「船内の明かりは相変わらずご機嫌斜めだが……推進系には異常無し。元気の良いエンジン音を立てているよ」


 高度、二二〇〇〇フィート。経過良好。降下速度、秒速一三〇〇フィートまで低下。


ヒューストン「イーグル、今……八分と三〇秒が経った」


 高度、五五〇〇フィート。着陸体勢突入間近。


イーグル「高度制御異常無し」


 高度、四〇〇〇フィート。


ヒューストン「着陸操作開始、どうぞ」


イーグル「了解アファーマティヴ。着陸操作開始。高度三〇〇〇フィート」


ヒューストン「慎重に。警報プログラム用意、異常発生に備えろ」


イーグル「着陸操作続行中。順調。来るぞ。ついに来るぞ! 高度二〇〇〇フィート。進入角度四五度」


ヒューストン「イーグル、この上なく良い調子だ。そのまま続こ——」


 ここで、割り込みが入った。


コリンズ「ちょっと待ってくれ! 窓の向こう、地球とは逆の方向に、なんだか宇宙にぽっかりと空いた虫食い穴ワーム・ホールのようなものが見えるのだが!」


ヒューストン「すまないがコマンド・モジュールは静かにしていてくれ。あなたの仕事は、着陸ミッション成功後の月軌道での二船の合流ランデブーと、地球への帰還、その二点だ」


コリンズ「そう言わずに聞いてくれって! 明らかにおかしい! なんだろう、俺はワームホールでも見つけてしまったのだろうか? そうとなると、人類は同じ日に二つの偉業を成し遂げることになるぞ! 月面着陸と、ワームホールの発見! 素晴らしいじゃないか!」


ヒューストン「うるさいな……仕方ない、しばらくとするか」


 コリンズの音声通信は、ミュートされてしまった。


イーグル「……今のは聞かなかったことにします」


ヒューストン「いや、手遅れだ。世界中が、聞いている」


 高度、一三〇〇フィート。

 

 一〇〇〇。


 九〇〇。


イーグル「進入角度三八度、三五度。高度七〇〇フィート。秒速二五フィートで下降中。高度六五〇。秒速二二。高度五八〇。秒速二〇。五三〇フィート。四〇〇。秒速四フィート。高度三五〇。水平速度固定。三〇〇フィート。秒速三・五フィート。月面に……イーグルの影が、映っている! 下降速度表示を詳細モードに切り替え。秒速依然三・五。高度二〇〇。いいぞ、その調子だ。下がれ、ゆっくりと、下がれ。高度七五。一〇〇を切った!」


ヒューストン「接地まで六〇秒」


イーグル「秒速二・五フィート。高度四〇フィート。秒速二・五固定。おや、煙のようなものが……月のほこりか。やや右に外れだしたが、着陸には影響無いはず」


ヒューストン「残り三〇秒」


イーグル「相変わらず右へ流れている。しかしいけるぞ。エンジン、停止!!」


ヒューストン「イーグル、エンジン停止を、確かに、確認した」


イーグル「イーグル着陸完……って、うわああああああ!!??」


ヒューストン「んっ!? イーグル、応答せよ! どうしたイーグル! オルドリン? アームストロング? 返事をしろ!!」


イーグル「…………」


 イーグルは黙こくった。


 通信は、そこで途絶えたのだ。

 そのため、月面着陸が成功したのかどうか、誰も確かめようがなかった。


〈第二幕『銀幕まくり』に続く〉

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