永遠の鏡

@jffyhbcfuuhbc

第一話

漆黒の夜が訪れるたび、透は一人、鏡の前に立つ習慣を持っていた。彼の住む部屋は古びた屋敷の一角にあり、年季の入った家具や書物に囲まれている。特にその鏡は、祖父が遺したもので、透が幼い頃から見続けてきたものだった。鏡は異様に大きく、縁に彫られた奇怪な模様が部屋の薄暗さに溶け込み、不気味な雰囲気を醸し出している。

透はその夜も、鏡の前に立った。彼の顔には疲労の色が濃く刻まれていたが、その目だけは何かを探し求めるように鋭く光っていた。鏡に映る自分の姿をじっと見つめると、彼は心の中で何度も問いかけた。

「俺は、何者だ?」

彼の人生は、いつも何かに追われているようだった。学校、仕事、人間関係…すべてが彼を息苦しくさせ、限界を感じさせる。だが、それでも透は何かを探し続けていた。何かもっと大きなもの、自分を超えた存在へと変わるための鍵を。

その夜、鏡に映る自分の姿がふと変わったことに、透は気づいた。いや、正確には、鏡の中の「自分」が別の存在に変わりつつあった。透は驚き、思わず後ずさりしたが、目を離すことができなかった。鏡の中で、彼自身が神々しい輝きを放ち始めたのだ。まるで、体の内側から光があふれ出すかのように。

「これが…俺なのか?」

透は呆然と鏡を見つめ続けた。映し出されているのは、もはや人間とは思えない存在だった。長い白髪が背中まで流れ、瞳は宇宙を思わせる深い青に染まっていた。手には、何も持っていないはずなのに、奇妙な力が宿っているのが感じられた。透はその姿に魅了され、同時に恐れを抱いた。

「これは…神の姿?」

誰かがそう囁いたように感じた。それは、透自身の声でもあり、また別の存在の声でもあった。彼の心は混乱しつつも、次第に何かが解放されるような感覚に包まれていった。自分が神になる、そんな考えが頭の中をよぎった。

「もし、俺が神になったら…」

透は想像してみた。神のような存在になれれば、この世界の苦しみや不安から解放され、すべてを超越した存在になれるのではないかと。彼はその誘惑に抗うことができなかった。

しかし、鏡の中の彼の姿がさらに変わり始めた。透は恐怖と興奮が入り混じる中で、自分自身を見失いそうになっていた。鏡の中の神々しい姿が、次第に醜悪なものへと変わりつつあったのだ。透の顔が歪み、手が異形のものに変わり、瞳からは暗い光が漏れ出していた。

「違う…これは違う!」

透は叫び声を上げたが、鏡の中の姿は変わらない。むしろ、ますます自分の意志を無視して変化し続けていた。透はその場から逃げ出そうとしたが、足が動かなかった。まるで鏡に吸い込まれるかのように、その場に釘付けにされていた。

そして、鏡の中の透が口を開いた。

「お前は、神になりたかったのだろう?」

その声は、まるで地獄の底から響いてくるようだった。透は震えながら、鏡の中の自分を見つめ返した。自分が何を求めていたのか、何を望んでいたのか、その瞬間にようやく気づいた。

「俺は…ただ…」

透は言葉を失った。彼はただ、苦しみから解放されたいと願っていただけだった。だが、その願いは次第に歪んでいき、神という存在に憧れるようになっていた。しかし、その結果が今、目の前に広がっている。

「お前は、俺を恐れているのか?」

鏡の中の透がさらに問いかけてきた。彼はその声に答えることができなかった。恐怖と後悔が彼を包み込み、体が震えた。だが、同時に、彼はその問いに答えなければならないことを理解していた。

透は震える手で鏡に触れた。その瞬間、全身に電撃が走り、彼は意識を失った。

---

透が目を覚ました時、彼は床に倒れていた。部屋の中は静まり返っており、あの不気味な鏡は何事もなかったかのように、ただそこに佇んでいた。透はゆっくりと立ち上がり、鏡を見つめた。

しかし、鏡には何も映っていなかった。自分の姿が、そこにない。透は焦り、何度も鏡の前を行ったり来たりしたが、何も変わらなかった。

「俺は…」

透は自分の手を見つめた。その手には、今もなお、かつて感じた奇妙な力が残っているように感じられた。彼は、何かを失ったのだろうか。それとも、何かを得たのだろうか。透にはもう、答えがわからなかった。

---

透はその後も何度か鏡に向かおうとしたが、そのたびに異様な恐怖感が胸に込み上げてきた。あの鏡の中で見たものは一体何だったのか。自分が何を見たのか、それを思い出すたびに、恐怖が彼を縛りつけた。結局、鏡を再び見る勇気は出ず、透はその部屋を離れた。

彼は日常へと戻り、普段通りの生活を続けようとしたが、何かが違っていることに気づいた。透は人々との会話や仕事に集中しようとするたびに、頭の片隅であの鏡の中の存在を感じていた。何かが彼の内側で変わってしまったのだ。

ある日、透は友人の達也に誘われて久しぶりに酒を飲みに行った。達也は昔からの友人で、透の悩みや葛藤を分かってくれる数少ない存在だった。酒が進むにつれて、透はついに達也にあの夜の出来事を話し始めた。

「達也、信じられないかもしれないが、俺はあの鏡の中で神を見たんだ。」

達也は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの冷静な顔に戻った。「神?それは幻覚でも見たんじゃないのか?あまりに疲れてたんだろ。」

「いや、違うんだ。ただの幻覚なんかじゃない。俺は…俺は本当に神になりかけたんだ。」

その言葉を口にすることで、透は自分がどれだけその経験を現実として捉えているかを改めて自覚した。しかし、達也の反応は、予想通り軽蔑の色を帯びたものだった。

「透、冗談はやめろよ。そんな話、普通の奴は信じないって。」

透は悔しさと悲しさを感じながらも、これ以上話すことをやめた。達也のように普通の人間には、自分が体験したことを理解することなどできないのだろう。透はそう思うことで、少しだけ気持ちを落ち着けようとした。

だが、その後も透は普通の生活に戻ることができなかった。鏡の中で見た自分に囚われ続け無力さを感じながら生き続けるのであった。

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