錯交

@Manda_Rin

錯交

僕は机に顔をうずめていた。今朝の出来事を思い出すとうんざりする。

唐突に肩を叩かれた。「なあ、翔どうしたんだよ、具合悪いのか?」

 ああ悪いよ、親の頭の具合がね、と心の中で八つ当たりしてから、のっそり頭を歩夢に向ける。「ああ、別になんとも。またiPhoneはダメって言われただけ。」

 僕はクラスで唯一スマホを持っていない。そのため、同じバスケ部の歩夢や他の友達とLINEでやり取りすることができないし、人気のソシャゲなんかで暇を潰すことだって無理だ。もちろん高校に入学した頃から親にスマホをねだっていたが、

「お母さん、僕ももうそろそろスマホ持っていい時期だと思うんだ。じゃないと宿題とか授業変更を確認し忘れた時に困るし、だから」

「そうねえ...でもネットの中には悪い人もいるし、万一のことがあったら...まだ翔には、早いんじゃない?いずれ翔が成長したら絶対買ってあげるから。」

とこんな具合で、いつも何かしらの理由でやんわり否定される。何回も説得しようとしたが帰ってくる答えは軒並み「ノー」だ。きっとお母さん、スマホが高いから自分に意地悪してるんだ。

「え、クリスマスプレゼントでもらえるんじゃなかったのか?」歩夢の声が裏返る。

 そのはずだった。親は数ヶ月前から、僕が交渉を持ちかけると、「サンタさんなら持ってきてくれるかもね?」という理由を最後に毎回つけるようになった。これはもしかして、そう言うこと?今考えると馬鹿げた言い分だがその時の僕は藁にもすがる思いでその言葉を信じ、期待に胸を膨らませた。(ちなみにサンタの正体が母であることは百も承知だが、黙っている。必死にサンタを演じてくれているのだから、せっかくなら利用したい。)

 そして12/25日の朝。枕元に置いてあった包み紙を剥がすと、中身は———よくわからないブランドのアウターと明らかに大きすぎるマフラー。

「ねえ!サンタはiPhoneくれるんじゃなかったの?!」声を荒らげて母親に聞くと、彼女の名前「恵」と小さく記されているノートパソコンを操作しながら、

「ああ...きっとサンタさんは忘れてきちゃって、代わりのものをくれたんじゃない?きっと来年はスマホ、くれるよ!」とあたふた。

 なんだよその出鱈目。わけがわからない。くれないならサンタが云々なんて言わなきゃいいのに。期待して損するじゃないか。どうしてこんなに自分の願いを聞き入れてくれないのだろう。どうして、どうして自分だけ。目に何かが込み上げてくるのを感じて、僕は朝食も食べずに家を飛び出した。こうして流れは一番最初に戻る。

「そんなに落ち込むなよ。俺らだって、お前がスマホ持ってないからって、仲間はずれにするなんてことしないからさ、焦るなって。それにお前明日は誕生日だろ?」

         〜〜〜

 いつもより早くベッドに入った。感情がぐしゃぐしゃでもはや何もやる気が起きない。

「スマホがあったら、どれだけ便利な生活になるだろうな...」思わずポツリと呟いた。

         〜〜〜

 大きく鳴り響くアラームで目が覚めた。何かがおかしい。全身が硬い。金縛りか?いやちがう、小刻みには動けるから。でも、動かしているのではなく「動いている」感覚。それにベッドもやけに硬い。寝てる間に床に落ちたのだろうか。

 待てよ、アラームで目が覚めた?そもそも自分はアラームをかける習慣はない。アラームが鳴っているのはどう考えてもありえない。

 アラームの音量はかなり大きく、体に響くような重さがある。ただ単に耳元で鳴っているような感じではない。

 アラームは自分から流れている。そう気づくのには時間がかかった。この不可解な状況を飲み込むには、


自分の意識が何か物体に乗り移っている


と考えるしか他無かった。

 誰かの手が自分の体を掴んで、指でぽちぽちとタッチし始める。その時体も白く光り、時計アプリの画面が映し出される。なんとかして察するに、どうやら自分はスマホに乗り移っているようだ。

 となるとこれは誰のスマホだ?目の前で自分を操作しているのは女性。年は自分くらいか。顔は...見たことある気もするが、名前は思い出せない。誰だっけこの人。

 「メグミ!起きなさい!いつまで寝てるの!」

不意に大声が遠くから聞こえてくる。恵?そうか、この人は僕の母さんだ。顔つきはどこかまだ幼いが、しっかり母の面影がある。

「はあい」気が抜けたような返事をする母。のっそり体を起こして、自分をズボンのポケットに入れた。そのまま彼が階段を降りるのがわかる。

 なんだよ、自分と同年代の時にスマホ持ってたんじゃん。ずるいの。

         〜〜〜

 どうやら母はあまり友達がいないらしい。昼休みになっても誰かとつるむことなく、一人でパラレルワールド?とかについての漫画を読んでいる。思ったよりも母親が、自分のことを棚に上げてものを言っていていたことがわかって、僕は怒りよりも落胆の方が大きくなり始めた。自分はふと周りを見回した。教室には同じようにスマホを片手に談笑している人たちがいる。

 ふと、みんなの体がかすかに青白く光っているのがわかった。人によって光り方は違い、ほとんど見えないような人もいれば、電球の如く輝いている人もいる。そして全員、光は手元のスマホに吸い込まれている。この不気味な現象は一体なんだ?

 「お前、どうしたんだそんなに周りを見回して」突然声が脳内(機器内?)に響く。「後ろだ。」意識を一つ後ろの席に向けると、声の主が後ろの子のスマホだとわかった。そいつは持ち主に音ゲーで遊ばれていた。なるほど、機器同士でネットを介してテレパシーのようなこともできるのか。多分。というか全てスマホに意思はあるものなのか。

 「何があった?」

 「あの、みんなから出てる光が、初めて見たので。」

 「初めて?製造されてからあんなもんずっと見るだろう。初めてな訳がないだろう。」

 「あ、えっと、初めて見たっていうのは、今日アップデートされたばかりで、それで記憶が一部飛んじゃったのかもしれません。」

適当に誤魔化しておく。元人間とか説明するのは面倒すぎる。

 「...そうか。じゃあ一応伝えておく。あれは生気だ。」

 「生気、?」

こいつは何を言っているのだろうか。SFの世界じゃあるまいし。

 「人間は精密機器、特にスマホを使っていると、あらゆる気力が流れ出てしまう。それが流れ出すぎてしまうと、視力が落ちたり、血流に影響を及ぼしたりするらしいがね。その最悪の結果として寿命が縮んでしまうというわけだ。光が強ければ強いほど、その進行は早い」

 話を聞くうちに、えも言われぬ説得力を感じた。歩夢はほぼ一日中スマホゲームにのめり込んでおり、最近バスケで小指を骨折していた。そしてクラスメイトで光が強く出ている人に限って、絆創膏を使っていたり眼鏡をかけていたりする。もしかしたら、この話は本当なのかもしれない。

 「わかりました、ありがとうございます」

 「あともう一つ、生気の減少度合は個人差があるけど、親族で平均的に減少するようになっている。つまり、ある人が全く生気を失わないタイプの人なら、別の人が2倍生気減少しやすい、ということ」

 急に寒気がしてきた。今自分を使っている母は、全くと言っていいほど光っていないのだ。そう言えば母も父もメガネかけていないし、滅多に風邪も引かない...

 近くで甲高い悲鳴があがる。見ると女子生徒が床に倒れている。周りの人が騒ぐのを聞くとどうやら貧血のようだが、その子は教室の中で一番青白く光っていた子だった。これはやばい。スマホなんか触るべきものなんかじゃない。命が危ないかもしれない。自分は若干パニックに陥っていた。

 さらに悪いことに、充電があと3%しかない。母さん早く気づけ。充電してくれ。願うも一向に気づく気配がない。どうしようなどと恐怖が増幅するうちに、僕は強く後ろに殴られるような感覚と共に、気を失った。

         〜〜〜

 意識が戻った。もう体は元に戻って、人間になっているようだ。後ろの席のやつが言っていたことはまだ頭の中で共鳴しているが、気持ちは落ち着いて整理はできてきた。やっぱり、あれは嘘だったんだろう。

 朝リビングに向かうと、母が何か小さい箱を手に持って自分に渡した。「昨日はごめんね。せっかくなら、サプライズみたいにして喜ばせたくって。ちょっと意地悪すぎたね。」手元に渡されたのは、まさにそれが入った箱だった。

 「嫌だ。自分はいらない。大丈夫。」

 「ごめんね、でも拗ねないで受け取って。?」母は箱から例のものを取り出して手渡ししようとしてくる。

強がりではない。拗ねてもいない。本当にいらないのだ。さっきまで落ち着いていたのに、また心臓の鼓動が速くなってくる。自分がこれを使ったら何が起こるかわからない。自分がこれを受け取ってはダメだ。

 ふと視線が、母のノートパソコンに向く。

「2055/12/27」妙だな、一日遅い。本当は誕生日は26日なのに。「母さん、これ誕生日の翌日に渡すつもりだったの?」

 「何を言ってるの、今日があなたの誕生日でしょ。」

 どういうことだ、母さんは狂ってしまったのか?自分は紛れもなく26日生まれだ。母は記憶喪失になってしまったのだろうか

 後ろの窓の方に目をやると、すぐそこに公道がある。そこで誰かが所謂「ながら歩き」をしているのが見えた。よく目を凝らすと、あれは僕だ。制服姿で登校する時の僕だ。何が起きているのか理解が追いつかないまま、「自分」は向かいから猛スピードで走ってきた高級車に、もろとも一瞬で押しつぶされてしまった。見るに耐えない光景が広がる。

 手元のスマホの、画面が粉々に割れていた。

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