消しゴムの角が丸くなる頃に……

落ちこぼれ侍

消しゴムの角が丸くなる頃に……

ある日の午後、太陽が照りつける中、健太は古びた本屋の前に立っていた。そこは町の片隅にひっそりと佇む小さな本屋で、棚には古い本や雑貨が所狭しと並んでいた。子供たちはよくここに来て、好奇心をくすぐられながら時を過ごす場所だった。


その日、健太は小さな店内を何を探すでもなくふらふらと歩き回り、古い雑誌や色褪せた絵本を眺めていた。そんな中、一つの消しゴムが目に留まった。小さくて四角い、シンプルな白い消しゴム。しかし、それはどこか懐かしいような、不思議な魅力を感じさせた。


健太はその消しゴムを手に取り、指で軽く撫でた。その瞬間、体に電流が走ったような感覚に陥った。お金は持っていなかったが、どうしてもその消しゴムが欲しくなった。理由はわからない。でも気がつけば、彼はその小さな消しゴムをポケットに滑り込ませ、店を後にしていた。



家に帰る途中、健太の心は重く、何かが胸にずっしりと圧し掛かっていた。ポケットの中の消しゴムの存在が、彼に絶えず罪悪感を思い出させた。「あんな小さなもの」と自分に言い聞かせようとするが、そのたびに心の奥で罪悪感が増すばかりだった。


家に着くと、健太は消しゴムを机の上にそっと置いた。それは、まるで何もなかったかのようにそこに佇んでいたが、健太の心にはまるで大きな石のように重たく感じられた。どうしてあんなことをしてしまったのか、何度も自分に問いかけるが、答えは出ない。ただ一つ確かなのは、後悔してもしきれないということだけだった。



日が経つにつれて、健太はその消しゴムを使い始めた。宿題のミスを消したり、ノートに描いた落書きを修正したりと、日常の中で消しゴムを少しずつ消耗していった。その角は徐々に丸くなり、もとの四角い形を失っていった。


使うたびに、健太は胸の痛みを感じた。消しゴムの形が変わるたびに、自分の罪も少しずつ薄れていくことを期待したが、実際には逆だった。消しゴムで何かを消して小さくなるたびに、消しカスが積み重なるかのように、彼の罪悪感も一緒に積み重なっていった。文字の誤りは消せても、健太の犯した過ちは消せなかった。


「これじゃ、だめだ」


健太はそう呟き、ついに決心した。罪を犯したままでは、このままでは自分を許すことができない。消しゴムが完全に丸くなってしまう前に、どうしても謝りに行かなければならないと思った。そうしなければ、この重たい罪悪感から解放されることはないと感じた。いや、永遠に解放されることなどないのかもしれない。それでも伝えなければいけないと思った。



その日、健太は意を決して、再び古い本屋の前に立った。ポケットの中には、すっかり角が取れて丸くなった消しゴムが入っていた。恐る恐る扉を開けると、店内は前と変わらない静けさに包まれていた。ただ、なんとなく空気が重く感じられた。レジの後ろには、おばあちゃんが椅子に座り、静かに本を読んでいた。


「すみません……」


健太は震える声でそう言うと、おばあちゃんは本から顔を上げ、優しい目で彼を見つめた。


「どうしたんだい、坊や?」


おばあちゃんのその穏やかな声に、更に罪悪感を覚えながらも健太は勇気を出してポケットから消しゴムを取り出した。


「これ……僕、盗んでしまいました……本当にごめんなさい」


声が震え、涙がこぼれそうになるのを必死でこらえながら、健太は謝罪の言葉をなんとか最後まで絞り出した。


おばあちゃんは、健太の手の中の消しゴムをそっと見つめた。そして、静かにその消しゴムの乗せた健太の手を包みこんで、微笑んだ。


「よく言ったね。大事なのは、このことを後悔して、こうして謝りに来たことなんだよ。人は誰でも間違いを犯すもの。でも、その間違いを認めて、正そうとする勇気があれば、人は強くなれるんだよ」


おばあちゃんの言葉に、健太は目頭が熱くなった。涙を我慢することはできなかった。何がこの涙を誘ったのか、健太自身もよくわからなかった。ただ、彼は何度も深く頭を下げ、謝罪の言葉を繰り返した。



その日以来、健太の心は少し軽くなった。消しゴムを使い切った後、彼はまた本屋を訪れ、おばあちゃんに感謝の言葉を伝えた。新しい消しゴムを買った彼は、今度こそ正しい方法で使おうと決意した。


消しゴムは、ただの文房具ではない。それは、過ちを消し、新たな始まりをもたらす力を持っている。そして、健太にとってその消しゴムは、成長と反省の象徴となった。


彼はこれからも、消しゴムを使い続ける。その角が再び丸くなるたびに、おばあちゃんの言葉を思い出しながら……。

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消しゴムの角が丸くなる頃に…… 落ちこぼれ侍 @OchikoboreZamurai

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