第16話
高級な喫茶店でコーヒーを飲む。そのようなこと。やはり僕たちには無理だった。
どうも喫茶店の前に行くと足が固まってしまう。
「ほら行けよ」
「何よ、あなたこそ」
とお互いに譲り合い。だけれどもどちらも一歩も足を踏み出そうとしない。そのような状況を見たクーロンはやはり首を傾げていた。
そして結局。僕たちは喫茶店に行くのを諦めた。
それでも
「お腹すいた」
と。クーロンは腹を抑える。こればかりはクーロンのお腹がおかしいだとかそういうわけではなかった。最後に、何か物を食べたのは12時ごろ。そして今は18時。時間にして6時間経っている。高校生活という他の誰よりもエネルギーを使う時期に6時間食事を取らない。そりゃ、ガス欠になる。
かといって、この百貨店に入っているレストランなど、いくら一粒でも味わって食べなければならないほど値段が高い。だからここで食べるわけにはいかなかった。
結局僕たちは百貨店を後にした。駅近くにある飲食店で食べようか。そのような話になる。それが一番賢明だという判断だ。
北口のショッピングセンタ側はお洒落で高級感がある雰囲気である。その反対側は飲食店街となっている。といってもここも、そんな下品な街ではない。東京の歌舞伎町のように夜の店が密集しているなどと言うことはない。むしろここは純粋な飲み屋しかない。
そのためここで食事をする人は、純粋にご飯の味を楽しむ人。そのような人だらけである。
その飲み屋と飲み屋の雑居ビルの間にポツンとラーメン屋があった。ラーメン水竜。
このお洒落な街、南宮市には似合わない、昔からある中華屋さんのような雰囲気である。
「ここが美味しいんだよ」
と、彼女は得意げにそのようなことを言った。そして中に入ると、豚骨の匂いがした。店内はきちんと掃除されていて、別段、不潔感などはない。だけれどもカウンターしかなく、照明もイマイチ暗く、壁の棚にあるブラウン管のテレビ。これらを見ると、あぁ昔ながらの店だと。そう思ってしまう。今時流行りのモダン感だとかそのようなものは一切感じられない。
「ここ1人で来るの?」
「うん。どうして?」
と逸見はそういう。こんな場所。とてもじゃないが、女性1人で来れるような場所ではない。店に入った瞬間、ハゲ親父が腕を組みながら、まるでお客さんと戦闘するかのような強い口調で「注文は?」とか言ってきそうだ。それでいて、一言でも間違えたら一気に不機嫌になりそう。全くどこの一言様だよ。ともあれ、そのような店主がいるイメージだからこういった昔ながらの店は入りにくい。
しかしそのような店主がいるようなイメージであったが、実際。この店は。確かに50代のおっさんがラーメンを作っていた。だけれども、ちゃんと僕たちにいらっしゃいませと言って接客をしてくれた。
無難な接客だ。
そしてラーメンを注文する。それから数分してから商品が届いた。
そのラーメン。ドロっと濁っており、麺はちぢれている。さらにメンマ3本と、完全に黄身が固まった茹で卵。今時のラーメン屋では見かけなくなった渦巻きのメンマが添えられている。古風である。
今時のラーメンというのはチャーシューが大きかったり、麺しか入っていなかったり、もやしがマシマシだったりと何かしらの特徴がある。しかしこのラーメンにはそう言ったものが一切なかった。本当に昭和の漫画から飛び出したかのようなラーメンである。
僕はそのラーメンの汁を啜る。味はしょっぱいかもしれない。だけれども美味しい。
美味しいのだけれども。これを女性1人で食べるのにはやはり不向きではないかと考える。この塩分とカロリーが多いですよとアピールしてくる味は、ダイエット中の女性の敵だ。
「どう、どう?」
と彼女はニコニコしながら感想を求めてくる。もしここで不味いだとかそのようなことを言ってしまったら、彼女から拳骨が落ちてキそうだ。
「まぁ、美味しいかな?」
と僕は感想を伝える。すると、彼女は気難しそうな顔をして
「何よそれ」
「何よそれって」
「何だかその言い方だとあまり美味しくなさそうじゃない」
不機嫌になった。本当、女性という生き物は分からない。美味しい以上の褒め言葉というのは存在するのだろうか。
「ねぇ」
と。クーロンが逸見に話しかける。
「そのお肉、貰うね」
ヒョイとクーロンはチャーシューを取り上げる。驚いたことに、彼女の器にはもう既に麺が残っていなかった。まだ僕の皿には半分以上残っているというのに。
そのクーロンに対して嬉しそうに逸見は笑みを浮かべる。
「ほら、ご覧なさい。こういうことよ」
と。一体どういうことだ。ラーメンをいち早く食べ切ればいいのか。それとも、逸見の皿からチャーシューを奪えばいいのか。分からない。
「どうせ、あなたは女の子のくせにこの店来てと思っているでしょ」
正直思っている。高校生の女の子であればもっと、SNSの写真に乗っけやすいようなところに行くのではないかと。どうしてもそう思ってしまう。
「ふん、どうせ私は男兄弟に囲まれた女ですよ。そのせいで男まさりですよ」
「何だ。お前にも兄弟いたのか」
「えぇ、いますとも。弟が1人。兄貴が1人」
「ふーん。そうだとしたら、さぞかし可愛がられたんだな」
「さぁ、どうかしら?」
と。彼女は苦笑いを浮かべた。
それからしばらくしてからのことである。ガラリと扉が開いた。
「へい、いらっしゃい」
と店員は元気よく挨拶をする。お客さんだ。そして、逸見は後ろの方を振り向く。そして
「どうして?」
と顔がみるみるうちに青ざめていく。動揺している。
その新しく入ってきたお客さん。僕たちと同じように大社北高校の制服を着ている。1人はパーマーをかけた高身長の男。そしてもう1人は髪をスラリ腰まで伸ばした女性。高校生カップルである。そしてそいつらは。
男の方は峰柿、女の方は田代。どちらも僕と同じクラスである。そして僕はこいつらが嫌いだ。
このカップル、どちらも休み時間大声で喋る。まぁ、それなら百歩譲って許すとする。しかし授業中もヒソヒソと2人は席近ければ喋る。
一度、僕はこの2人に囲まれたことがあった。その際、田代から
「ごめんだけれども、席変わってくれない?」
とお願いされたことが何度もある。
そんなの席変わってあげるはずがない。ここで席を変わってしまったら僕まですっかり共犯になってしまうじゃないか。
しかもその言い方。ムカつく。明らかに立場は僕の方が上のはずなのに。僕の方に拒否権があるはずなのに。変わってくれないって。そこはどうかお願いします。変わってください。だろうが。
その言い方はどうせ、僕だったら変わってくれる。こんな弱々しい僕なら拒否などするはずがない。などということを考えていることが丸見えだ。
まぁ、席は変わってやるけれども。こんな奴。拒否したらしたでネチネチと僕に対する愚痴を言うに決まっている。アイツは空気が読めないだとか、何とかと。それはウザイ。流石に勘弁。
ということで僕はその時は席を譲ってやった。しかしその際にもありがとうの一言も聞こえず、そして2人でイチャイチャ。授業中ずっとイチャイチャ。あぁ、神様。どうか2人だけに隕石落ちますように。そう祈ったほどだ。
だから、僕はあの2人は嫌い。
その2人。僕たちと遠く離れたカウンターの端っこに座った。
「ねぇ……」
と逸見は僕に耳打ちをしてくる。
「実は私、リア充嫌いなんだよね」
実はとは何だ。どう考えても嫌いだろう。しまうまが「実はライオン君のこと嫌いなんだよね」と真顔で告白するぐらい驚きがない。
彼女は急いでスープを飲む。真夏に炭酸の抜けたようなサイダーを一気に飲み干すようにゴクリ、ゴクリと。
そして数秒で逸見の皿は空っぽになった。クーロンの皿ももう汁が残っていない。となると、僕の皿だけ。スープがたんまりと残っている。
まぁ、別にスープなんて残してもいいのだけれども。
しかし僕はそれを口につけ。ゴクリゴクリと喉を鳴らす。その汁は濃かった。体の中で、異常な数の塩分が暴れている。そのような感じがする。そしてそいつらは体の中で必死に戦っている。
そのままスープを飲み干して、僕も完飲。
それを逸見は確認して、真っ先に立つ。
「ごめん。後でお金払うからお会計お願いしてもいい?」
と言ってそそくさ。店の外へ出ていった。
僕は3人分の会計をする。そしてそのまま店の外に。そこには呆然と空を眺める逸見がいた。
「おい」
空はすっかり陽が落ちていた。それでも南宮市の夜は明るい。光がなくなるということを知らない南宮市は、雑居ビルの明かりがキラキラと輝いていた。このような場所から星などが見えるはずがない。
ただ、藍色の画用紙を空に貼り付けたようなそんな空だ。面白みなど一つもない。
それなのに、彼女はずっと空を見つめていた。白目を濁しながら。
何を探しているのだろうか。宇宙の彼方にいる仲間の飛行船でも見ているのだろうか。
「おい」
もう一度問いかけても、逸見は何も反応をしてくれない。ただじっと空を眺めるだけ。
「おい」
そして三度目で彼女はビクンと体を揺らしてようやく反応してくれる。
「お前……大丈夫か」
「あぁ……うん」
と彼女は薄ら笑みを浮かべる。
「どうやら少しだけ疲れてしまったみたい」
「疲れた?」
「そう。だから先に帰るね」
と彼女は僕に1000円を渡す。そして
「またね」
と手を振ってそのままその場から走り去ってしまった。
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負け組主人公の僕は一生負け組 ぼっち道之助 @tubakiakira027
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