第28話
「ねぇ、こんどの日曜日さ、この辺りの探検ツアーにみんなで行こうよ。宵待町と磯浜町の探検ツアーにさ、トリはねーどこにしよっかなーっ!」
まゆが唐突に言い出したのは、前日の土曜日の授業後のことだった。
日陰のあの一件以来、一年一組をどこか重苦しい空気が覆っていた。
土井のスマホのデータは自宅パソコンから押収され、日陰はスマホを発見した時に操作を誤って自分を映してしまったということになり警察からは何の罪にも問われず、あの日日陰の自宅に集まった四人もそのことを誰にも口外しなかった。
しかし、翌日日陰は休み、その次の日に登校してからも花田とまゆ、そして日陰の間にはどこか冷え冷えとした空気が漂っていた。
銀虎は銀虎で一人残すのが心配過ぎて何とか学校に連れ出したビビアーナの様子をうかがうのに必死で、女子の冷え冷えとした雰囲気に全くといっていいほど気づいていない。
あの日、日陰に喝を入れるような発言をしておきながら無責任な態度に思われるかもしれないが、まさにそれどころではない状況だったのだ。
「あら、ちょうどいいわ。今暇だからか、あたし久しぶりに日曜が休みだったのよ。子供たちもどっか出かけるみたいで、旦那もゴルフだしね。家でゴロゴロしようかと思ってたけど、そっちのが断然楽しそうだわ!車出すわよっ!中古のミニバンだけど七人は乗れるからね」
パチンと指を鳴らし、口火を切ったのは花田だった。
「私も明日は同僚と交代の月に一度の日曜公休日なのです。いやー近隣の不思議スポット巡りですか、胸躍りますな!」
「いやいやいや、明日はそういうんじゃないし!」
次に続いたのは甘粕。
「僕も…たまには…」
そして、榊。
「我も、行ってみよう」
そして、意外にも右手を
記憶を取り戻して以来元気のないビビアーナがこんなイベントに参加すると言ったのが思いがけず、銀虎も慌て上げて参加表明するビビアーナ。
「お、俺もっ」て左手を中途半端に上げて中腰で参加を表明、嬉しすぎてその瞳が寂しげな光をたたえているのには気付かなかったが。
しかし、日陰は机をじっと見つめるだけで何も言わない。
そんな日陰の元に、まゆはつかつかと歩み寄る。
「ねぇ、日陰ちゃん、あなたも行こうよ」
その誘いかけに、日陰は驚いて思わず顔を上げる。
「うちね、正直この前のことショックだったよ。でもさ、うちが悪かったんだよね。いくら忙しくていっぱいいっぱいだったからってあんなにいつも近くにいてくれてた子のこと覚えてないなんてさ、こういうとこがアイドルドロップアウトの原因かもねーえへっ」
「ゆ、ゆるしてくれるの?」
日陰の戸惑うような、どこか安堵するような声に、まゆは少し首をひねる。
「うーん、許すとか許さないとかの話じゃなくってね、うちにも戸惑いはあるわけよ、まどいにとまどいてきなね、あっ、親父ギャク、てへっ、うちいっつもオヤジ相手にしてるから移っちゃった!でもね、それって日陰ちゃんのことよく知らないからだって思うんだぁ、だからね、これから日陰ちゃんのことを一から知っていきたいし、うちのことも、本当のうちのことを日陰ちゃんにも知ってもらいたいって思ってる。どうかな?」
そんなまゆの正直な今の自分の言葉に、日陰は涙混じりにコクコク頷く。
あの自宅での一件を知らない甘粕と榊はぽかんとしているが、花田はこれも涙混じりに拍手喝采だ。
「いやー、まゆちゃんえらいっ!それを受け止めたまどいちゃんもえらいっ、二人ともかわいいわーおばちゃん泣けちゃう」
そして、翌日の午前十時、夜間高校生たちにとってはこんな早い時間にクラスメイトの顔を見るのは入学式以来だ。
どこか新鮮な空気を感じながら、少々荒っぽい花田の運転で近隣探検ツアーはスタートした。
「うちね、幼稚園までは宵待町のおばあちゃんの家にいたんだ。親が仕事で忙しくて預けられてたの。児童劇団に入ることになって小1の時に母親に連れ戻されたんだけどね、いやー懐かしいな」
探検ツアーはまゆの懐かしい思いで巡りをする目的のようだった。
手始めは銀虎もお馴染みだったあのビビアーナのいた公園のすぐ近くの駄菓子屋、五十円のもんじゃ焼きの横で、何故か真冬なのにかき氷を売っている。
昔ながらのやレトロなどというと聞こえがいいが、ただ古いだけだ。
今にも崩れそうな小屋にはもんじゃや十円おでんのあるいはかき氷のシロップのしみなのか、訳の分からない色になり店名もわからないほど滲んだ暖簾の意味のない暖簾。
そんな暖簾をきゃっきゃとかき分け、まゆは嬌声を上げる。
「わー、今でも一年中かき氷売ってるんだ!おばちゃーん、うちブルーハワイね!」
90度腰が曲がったどう見てもおばちゃんではないおばあちゃんの店主は、銀虎が幼稚園児のころからずっと変わらずおばあちゃんだった。
「あっ、あっ?レモンか」
「ちがーう、ぶ、るー、は、わい、青いの」
「あー青いのな」
「知っていますか?かき氷のシロップは色は違えど味はすべて同じなのですよ」
「えーっ、うそー甘粕さんまた適当言って」
「嘘ではありませぬぞ、何なら私はいちごにしますから食べ比べを」
「あらっ、甘粕さんったら、まゆちゃんのかき氷食べたいだけでしょ」
「ち、違いますよ!花田さん」
「まぁ有名な話ですよね、人間の脳は色と香りで騙されて味を感じてしまうものなのです」
「わー流石秀才の榊君、かしこー」
様々なかき氷で舌を青や黄色に染めて、次に向かったのは町はずれの模型屋。
「幼稚園の年長さんの時、薔薇姫のリリアージュの薔薇のコサージュペンダントがどうしても欲しくてね、でも一年前のアニメだったから普通のおもちゃ屋さんに全然なくってさ、でもここには奥の方にあったの、売れ残りでほこり被ってさ、アー良かったねっておばあちゃんおやじに渡したら、アイツ値札のシールより千円高い値段言ったんだよ!売れ残りなのに」
田舎の模型屋のせいか、この田中模型店には懐かしい模型やおもちゃがたっぷり残っている。そのため、他地域から一時期客が殺到したのだが、それに味を占めた店主はすべての商品にプレミア価格をつけるようになった。
それ以来、ネットではあそこにだけは行くなと悪評が踊っている。
「まぁ、生き残りのためですな」
「そうかしら、田中さん県庁近くの土地持ちで悠々自適なのよ。うちに冬物出しに来たとき、お店休んでハワイ旅行に行くって言ってたわよ」
「あー、ホントだ!臨時休業の貼り紙はってある!くっそーうち幼稚園児だったんだぞ、売れ残りなんだから割り引けよなー」
「そうだよね、私も薔薇姫のリリアージュ大好きだったから気持ち…わかる…」
「おー、日陰ちゃん。同士よ」
楽し気なクラスメイト達の横で、ビビアーナは穏やかな表情を浮かべていた。
銀虎はその顔を見て、安堵する。
【良かった、昨日は腹が減ってないって血も嘗めなかったし、体調悪いんじゃねーかって思ってたけど】
そして、花田の運転で酔いそうだと運転を換わった甘粕は、国道をゆっくりと安全運転で進む。
「ところでトリはどうします?元シーサイドホテルの探検でも行きますか?」
やはりまだ不思議探検を諦められない様子だ。
「いやいや甘粕さん、違うの、トリは海―!海行って、さぁGO!」
「それ…今思いつきましたよね」
「違うー初めからシークレットで計画してたの!」
「はぁ…」
向かっているうちに振り出した霧のような雨の曇天の空の元、乳房雲のごつごつのこぶの下で、冷たい冬の海で一年一組の面々は水をかけあって笑った。
「あー科学嫌だーヘンリーの法則マジイミフ」
「そもそも誰なんだよヘンリー」
「何者だヘンリー」
「泳げ銀虎ー」
「いや、水冷てーし…泳げねぇ」
あはははは、ぎゃはははは、大口を開けてみんな笑った。
ビビアーナも笑っていた。
何の陰りもなく笑っていたんだ。
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