第23話
超常現象研究クラブの夜の学校探索活動は、その週もそのまた次の週も中止となった。
教頭の許可が出ないということもあったが、メンバーである一年一組の面々自体がとてもそんな気分になれなかったこともある。
諸悪の根源である土井については、学校側が未だ公式に発表をせず処分がどうなるかについても生徒たちにはわからないままだった。
しかし、このような不祥事は誰から漏れるということでもなく、大きく広まっていくものである。
一年一組の生徒たちは口を閉ざしていたが、二年、三年、そして夜間部特有の四年生たちは給食の時間、その話題でもちきりだった。
「ヤバいよなー、土井のやつ、きめぇなぁとは前々から思ってたけどよぉ。やっぱりやりやがったか。逮捕か、逮捕、週刊誌とかテレビの取材くっかな、インタビューされたら全国デビューだぜ、ふひひ」
「あーねー、でも珍しいニュースでもないしねぇ、でもさホントヤバヤバだよねぇ、ヤバい趣味の教師がやらかすニュースとかホントしょっちゅうあるけどさぁ、この磯浜の夜間部にまでって感じぃ」
「被害にあったのは一年なんだろ、やっぱあれか、元ピーナッツシスターズの」
「あー、小鹿ちゃんか、バンビバンビ、この田舎には不釣り合いなほどの美人だもんなぁ」
「あーでもあの子ってさぁ、アイドルドロップアウトして今はキャバ嬢なんでしょ」
「アルマンド入れてくださぁいとかおねだりして土井に金使わせてさぁ、そんで元を取ろうとしてやられたんじゃなーい?アタシどーしてもトイレに行きたくなって一階のトイレ使っちゃったことあんだよねぇ、巻き添えでトーサツされてたらサイアクぅ」
「はぁ?お前の動画なんか100円もらってもごめんだろ」
「失礼ねぇっ!アタシは金で自分を売らないわよ。そもそもっ!アンタこそ元ホストのくせにっ」
「ハハハ、わりぃわりぃ、まぁなぁ、小鹿も自業自得ってとこもあんよなぁ、まーわりぃのは土井なんだけどよぉ」
下世話な話題をするチャラけたグループの四年生たち、一年一組の生徒たちが何を聞かれても黙して語らないせいか、いつの間にか被害者は小鹿まゆということにされ、その誹謗中傷にまで発展してしまっていた。
ピーナッツシスターズはご当地アイドルの全国大会で準優勝した経験や、千花県のPRCMに出演していたこともあり、小鹿まゆの脱退、そしてグループの解散から数年を経た今でも地元の若者の間では記憶に残るアイドルグループなのだ。
そんなまゆがやり玉にあがりやすいだろうとは教頭も危惧していたのだが、それでも本来の被害者を口にして火消をすることなどできようもない。
食堂で黙々と給食を食べるまゆの耳にも、そんな下世話なうわさ話は届いていた。
教頭の注意により、土井はクラブバタフライを出禁になっている。
店に来ていたときでも土井からはプレゼントを受け取ったことはないし、そもそもまゆは客におねだりをしたことはない。
そして、盗撮の被害者は自分ではない。
反論する要素はいくつもある。
このチャラけた上級生を黙らせることも可能かもしれない。
けれど、まゆは決してそれをしない。
本来の被害者である日陰まどいを慮ってのことだ。
日陰とまゆは同じクラスで共に過ごし、クラブのメンバーとして一緒に活動もした。
けれど、親しいとはとても言えない。
まともに会話したこともない。
それでも、こんなセンセーショナルな出来事の渦中にあるクラスメイトを、中傷の中心に放り出すようなことなど出来るはずがない。
しかし、花田はそれが我慢ならない。
「ちょっと、あたしあいつらに一言、言ってこようか?まゆちゃんのことないことないこと吹聴してさぁ、失礼しちゃうっての。盗撮されたのはあたしですとか言ったらどんな顔すんのかねぇ、鳩が豆鉄砲喰らったような顔すんじゃないかしら!」
「いいっていいって、よりえちゃん、うちこういうディスりには慣れっこだからさ、下手に構ったらアイツら絶対調子こくもん、今度はよりえちゃんがターゲットになったりしたらうちはそっちの方が辛いし」
まゆに制されて、今にも四年生に文句を言うために腰を浮かせていた花田はしぶしぶ着席し、残りの給食を慌てて掻っ込む、若い友人への誹謗中傷をこれ以上聞きたくない、早く食堂を去りたいのだ。
当の日陰まどいはというと、食堂に姿を現さず直接教室へと行っていた。
土井が学校に来なくなってから二週間、日陰まどいは欠席することはなく普段通りに学校へきちんと通っていた。
俯きがちで、控え目なところもいつもと同じ、けれど少し変わったことがある。
「ねぇ、ビビちゃん、わ、わたしと少しお話しない?」
「うむ、良いぞ、存分に話題をふるとよい」
「……」
全くかみ合ってはいないが、日陰にしてはかなり積極的に周囲との会話をしようと努力しているのだ。
それが、無理して明るく振舞っているように見えて、まゆは胸の痛くなる思いがした。
状況はかなり違う、けれど、かつての自分を思い出してしまうのだ。
トイレや更衣室での盗撮までではなかったが、上京したまゆはピーナッツシスターズ時代の熱狂的なファンに勝手に制服姿を撮られてネットに上げられたり、その日の行動を逐一報告されたりしたことがあった。
辞任する前のマネージャーが調査して止めさせてくれたが、その理由は意外なものだった。
「ピーナッツシスターズを捨てたのが許せなかった。このまま嫌がらせを続ければ東京は怖いところだと思って復帰してくれると思った」
まゆの熱狂的なファンだった榎は、そう言って涙を流していたという。
彼には彼の思いがあったのだろう、けれどその行動はまゆにとって恐怖でしかなかったし、その想いに応えたいなどとは十代のまゆに到底思えるようなことではなかった。
昼キャバ嬢として地元に戻ってきてからもそうだ。
「がっかりした」
「ピーシスを捨ててまでやりたかったことがこれか!」
「成功してくれたなら応援してた自分もうれしかったのに、挫折して舞い戻ってこれって」
「地元に帰って来るならピーナッツシスターズを再結成してほしかった、結局まゆゆんの脱退がピーシス崩壊のきっかけになったんだから、メンバー全員に頭を下げて復活させるべきだった」
「会いに行けるアイドルってコレじゃない感」
ネットでの好き勝手な書き込みに、まゆはいちいち目を通す。
無視すればいいのだ。ピーナッツシスターズの解散はまゆゆんのせいじゃない。
皆大人になったのだ。それぞれの人生があるのだ。そうゆりかママはなぐさめてくれる。
店ではスマホを預かり、まゆのキャバ嬢姿がネットに上げられない様に気配りし、店の宣伝になるであろう密着取材もすべて断ってくれている。
けれど、かつての自分を好きでいてくれた人の思いに寄り添うことはできないまでも、意見を受け止めるのが自分の夢を、みんなの夢を壊してしまった自分の責任だと思ったのだ。
それでもやっぱり胸は痛い、苦しくて堪らなくなる。
期待に応えられなかった自分に、期待されるほどではなかったちっぽけな自分が苦しくて苦しくて仕方がない。
そんな苦しさを振り払うように、まゆは明るく振舞い、毎日を過ごす。
こんなこと何でもないよって笑い飛ばすみたいに。
日陰まどいはそれとは違う。
日陰は土井に何もしていないのだ。何の非も無い。
それなのにターゲットにされ、こんなひどい目に合った。
その苦しさはいかばかりのものであろう。
そんな苦しさを押し殺して蚊の鳴くような声を精いっぱい振り絞って、元気そうにやりすごそうとする日陰まどいを見ているのが辛かった。
「うちらがついてるからね、大丈夫だよ」
そんな風に元気づけてあげたくても、自分がそんなことを言っても安心させてあげられるんだろうか、上っ面の言葉に聞こえてしまわないだろうかなどとあれこれ考えだすととても言葉が出て来なくて、いつものように「日陰さん、おはよ、ってもう夕方だったね、あははー」だなんて、おどけることが精いっぱいだった。
そして、皆普段通りに振舞っているようでもどこか緊迫感の漂ったままの一年一組に、またしても衝撃の出来事が襲う。
「集団下校、というわけでもないですが、これからしばらくの間電車やバスで通っているものは駅やバス停まで皆で一緒に行くこと、車やバイクの者たちも途中までは皆と一緒に、決して単独での行動はしないように」
権田教頭の言葉を守って、一年一組の生徒五名+一名の六名で校門まで向かっていたところ、街灯に照らされた小さく丸々としたシルエットが六名に向かって雄たけびを上げた。
「おい、日陰、日陰まどい!てめぇふざけるなよ!誰がお前みたいなガリブスの貧相な体なんか動画に撮るか!これはなぁ、名誉棄損だ!俺が撮りたかったのはまゆちゃん、小鹿のまゆちゃんだけなんだぞー!」
一升瓶片手にふらふらと酒臭い息を放出してきたその影は、盗撮事件の容疑者、渦中の人である土井その人だった
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