第22話

「ねぇ、私…昨日、変なもの見つけちゃったんだけど…」

 第二回の超常現象研究クラブ探索会を翌日に控えた金曜日の給食の時間、普段は花田の会話に時折消え入りそうな声で、「うん…」と相槌を打つ以外、自ら滅多に口を開くことのない日陰まどいが、銀虎たちのテーブルに来て話し始めた。


「へっ、何を?」

 日陰とまともに会話するのはこれが初めてのこと、何故自分に?と銀虎も少々戸惑ったが、これは聞き返す以外に選択肢はあるまい。


「うん、あのね、実は休み時間に見つけたんだけど、トイレにね…こんなのがあったの…」

「これ…ただのフックじゃね?個室トイレのドアについてる引っかけるやつだろ…男子トイレはこういうんじゃねぇけど…多分…」


 小学生時代のトラウマはほぼ克服した銀虎ではあったが、外出先で個室トイレに入ることはほぼ、というかあれ以来一度もない。

 なのではっきりとは言えないのだが、黒くて小さいそのフックは今まで見たことがないようなタイプであった。


「うん、私もそう思ったんだけど、普通のフックの上の方、そんなところに誰も荷物書けないんじゃないってところにあってね、それに…」

「何じゃ、はっきり申すがよい」


 もごもごと口ごもる日陰に業を煮やしたのか、割って入ったビビアーナに怯えるように日陰は押し黙ってしまった。

 銀虎にビビアーナに日陰、同じ教室にいても普段相まみえることがない三人の間に奇妙な緊迫感が流れ始めた。


「あらあら、ビビちゃんにまどいちゃん、一体どうしたの?」

 その妙な雰囲気に気づいた花田が、口いっぱいに頬張ったピーナッツ炒めチャーハンをお茶で流し込み、ばたばたと駆け寄ってきた。


「ふむ、日陰がこのようなふっくなるものを手洗い場で見つけてな、妙だと申すのじゃ、しかしこれなるものが何故妙であるのかちいとも口にせぬのじゃよ、花田よ」

「ふんふん、トイレのフック…こんなのついてたかしら、白いのだった気がするけど…まぁ、そんなにまじまじとは見ていないのだけれどね、うーん…あらっ、これっ!」


 黒いフックを手に取り、正面から、横から、そして斜めからそれを嘗めるように観察していた花田が、急に大きな声を出す。


「花田よ、我の耳元で急にそのような大仰な声を出すでない、耳がキーンとしたぞ…」

「あらごめんなさいね、ビビちゃん、ちょっとあたしビックリ仰天しちゃって」

「何に仰天したのじゃ、打ち明けるとよいぞ」

「うん、あのね、このフックの上の方…すごく小さいけど、スマホについているようなレンズがあるのよ。いやだわー」

「何がいやだわーなのじゃ」

「だってねぇ、まどいちゃん…」


 花田は日陰に向けて両目をぱちくりして合図し、日陰もそれに応じるように小さくこくりと頷く。


「じゃから、何なのじゃ!」

 その二人のやりとりが理解できないビビアーナは、ふんすと鼻息を出しテーブルの下の足をじたばたさせる。


「うーん、だってねぇ、男の子のいる前じゃ…」

 気まずそうな花田と日陰、トイレ、そしてレンズ付きのフックというキーワードで銀虎も何となくこの出来事の深刻さに気付いていたが、ビビアーナにはさっぱり見当がついていない。


【これは…やっぱ盗撮だよなぁ、日陰も何でまた俺にこの話ししてきたんだよ、最初から花田さんに言えばいいじゃねーか…あぁもう、ここは席を外すか、給食ももうほとんど食い終わってるしな…デザートのさつまいもとリンゴのグラッセに手を付けてねぇのが惜しいっちゃ惜しいけど…気まずいしな】


「おい、ビビ、俺らはもう教室に行こうぜ、花田さんと日陰は言いにくい話があるみてぇだし」

「何故じゃ!そもそも日陰がそなた、十鬼に話してきたであろう!それなのに何故じゃ!我も話が聞きたいのじゃ!」


 自分のことについてほぼ忘れてしまっているせいなのか、ビビアーナは自分が知らないことについてあれこれと知りたがる性質が見える。

 しかも、中途半端に話を聞いてしまったせいで、余計にその好奇心に火がついてしまったのだろう。


「けどよ、俺らがいたら話づれぇことみてぇだし…」

「いやじゃっ!まだちゃいむは鳴っておらぬではないか、我はここにおるぞっ!」

 こうなってしまっては、銀虎がビビアーナを食堂から連れ出すのは大変難しい。

 というか、無理である。


「ご、ごめんね…ビビちゃん、私が途中で口ごもっちゃったりしたから…で、でも…これはビビちゃんにも、ううん、全部の女子に関係があることだから、ちゃ、ちゃんと話すね…」

「ふむ、くるしゅうない、しっかりと話せよ」

「おい、ビビ、そんな偉そうにふんぞり返って…」

「日陰は全部の女子に関係あると言ったのじゃぞ、十鬼、これはそなたには関係があるまい、教室に先に行っておっても良いのじゃぞ」


 日陰が自分にも関係ある話、と口にしたとたん、ビビアーナは十鬼に素っ気ない。


「お前…ほんと現金な奴だな…」

「げんきんな…我は紙幣でもコインでもないぞ!」

「そういう意味じゃ…」

「ではどういう意味なのじゃ!」


 現金なやつ…その本来の意味をビビアーナに伝えてしまったら、これどころの剣幕では終わらないだろう。

 うっかり滑った自分の口をつねりたい気分に銀虎がなっていたとき、「まぁまぁ…痴話げんかはその辺にして…」と花田が妙な仲裁に入ってきた。


「ちわげんかとは何じゃ?」

 やはりビビアーナは知らない言葉に食いつく、銀虎は頭を抱えたい気分になった。


「えっとね、外国にはないのかな、夫婦喧嘩は犬も食わないってのと似たような感じかな、ボーイフレンドとガールフレンドのちょっとしたいざこざ、他愛ない口喧嘩のことね」


「けんかは確かに食いしん坊のゴンスケも食わぬであろうが、我と十鬼はふうふではない、しかしがーるふれんどというのはあっておる。先日アオちゃんが言っておったからな。我と十鬼は友なのじゃ」

「あらあら、ふふふ、ガールフレンド、うふ、若いっていいわねぇ、そうねぇ、はとこなら結婚できるものねぇ」


 話が妙な方向にいってしまった。

 今日は妙続きだ。


「いやいやいや、俺らはただの友達なので、そういうんじゃねーので、それより日陰の話ですよ。話ブレブレですから」


 額ににじみ出た汗を手の甲で拭い、必死に話を元に戻そうとする銀虎、その様子を見た花田はにやにやが止まらない。


【あらもう、銀虎君ったら照れちゃって、この様子まゆちゃんにも見せたかったわー、今日は夜のお店のヘルプで途中登校なのが残念ね。女っ気のない子でまゆちゃんにもいつも塩対応だった銀虎君のこんな姿が見れるとはねぇ。面白いわー】

 まゆがこんな銀虎を見たら、表面上は面白がる態度を取るだろうが、その心には嵐が吹き荒れるだろう。

 けれど、そんなことは花田は思いもよらない。まゆの銀虎への気持ちを知らないのだから。


【まぁでもこの辺にしておきましょうかね。あんまりからかっておばちゃんが小さな恋のロマンスをぶち壊しにしちゃ悪いものね、あー甘酸っぱいわー若いって本当にいいわね、あたしとパパだってこんな時期が…いや、うちは無かったわね…それよりあれよ、盗撮よ】


「まぁ、それもそうね、まどいちゃん話の腰を折っちゃって悪かったわね

「いえ、いいんです…本当は昨日のうちに相談するべきだったと思うんですけど、昨日はみんなビビちゃんのその…派手なファッションを話題にして…そんな夢中になってるのを邪魔できなくて…」


 そう、ビビアーナの銀虎母まどかのリメイク特攻服とツインテールわんわんスタイル(銀虎の主観)、まゆと花田、そしてなぜか甘粕の話題をさらった。


「うわー、ビビちゃんかわいいねそれ、ロリータヤンキー、めっちゃ新しいね、かっわー。うちはそういう可愛い系のあんま似合わないからなーうらやまー」

「何だか懐かしい気がするわー似合うわねぇ、木刀持ってほしいわ」

「ツインテール、至上の響き…至上、それはツインテール…」


 こんな雰囲気の中、確かに盗撮の話題は出しづらい…


「ふむ、そうかおしゃれとはつみなものだな」


【またアオちゃんから余計な言葉覚えたな…】

 とぼけたビビアーナの反応に軽い頭痛を覚えた銀虎は、親指でこめかみをぎゅっと押さえた。


「昨日気づいたけど、いつからこれがついてたのかわからないし、すごく怖くて…後ね、体育のドッジボールの前に更衣室で着替えたときにも…こんなものが私のロッカーの上に…」


 それはスマホだった。


「最初は忘れ物かなって思ったの…でもロック外れてて…中見えちゃって…」


 日陰は花田に見つけたスマホの中身を見せる。

 すると、見る見るうちに花田の顔は青ざめていった。


「まどいちゃん、これはあたしたち生徒だけではとても解決できないわ、教頭先生に相談しましょう…」


 その中には日陰の着替える様子の動画が入っていたのだ。


 そしてその日、副担任である土井の姿を学校内で見た生徒は一人もいなかった。

 その翌日の公民の授業は自習となり、放課後に教頭から土井教諭の無期限の停職が告げられた。


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