第21話
「おービビちゃん、こうして着ているとまるで現役時代のまどか姉ちゃんを彷彿とさせるような迫力があるねぇ、まー姉さんはかなりスパイシーだったけど、ビビちゃんはスイートだけどね」
公休日の月曜日、碧はビビアーナの登校の支度を手伝うため、わざわざ日中から十鬼家にやって来ていた。
特攻服の裾問題は、週末に全て解決していた。
「あのね、今日は金曜日じゃない、だからビビちゃんは今日だけは制服だけで学校に行って欲しいんだ」
「何故じゃ、アオちゃんはこの召し物が我によくに似おうておると先ほど申しておったではないか!」
味方だと思っていた碧にそう言われて、にこにこしていた表情が一転またぷんむくれるビビアーナ。
「うん、めっちゃ似合ってると思う、でも長すぎるよね。それをビビちゃんにフィットするように調節したら、きっともっとオシャレになる。素敵になるんだよ。ビビちゃん、オシャレについて前に僕が言ったこと覚えているかな?」
「おしゃれはがまん…」
「そうっ!よくできました!週末を我慢すれば、ビビちゃんは月曜日に今よりもっと素敵になって学校へ行けるんだよ。たった数日我慢するだけで!」
「ぐぬぬ…」
「が・ま・ん できるかな?」
「わかり申した…」
あんなに頑固だったビビアーナを納得させた碧に、【さすが小児科の看護師、駄々をこねる子供の扱いに手慣れている】感動すら覚える銀虎だった。
さっきまで自分も掌でころころ転がされてあやされていたことすら、すっかり忘れて。
「でもよ、アオちゃんは土日も仕事だろ?仕事終わってからミシンとかでそれ縫うのか?」
趣味のコスプレと自作のぬいぐるみ製作で碧がミシンの扱いに手慣れていることは、幼き日の思い出で銀虎も知ってはいたが、碧の仕事は突発的に残業になることも多くいくら何でも時間がないのではないかそこまで甘えていいものだろうかと、銀虎は危惧する。
「あぁ大丈夫、この宵待町には特服のプロがいるからね」
しかし、碧はそんな銀虎の心配をどこ吹く風とにこやかだ。
「そんなんいるか?」
いくらド田舎とはいえ、両親の時代とは違ってここ宵町町でもヤンキーは絶滅危惧種のようになっている。
夜間にがらんとした国道を暴走してあえなく検挙されるものもたまには出るのだが、そのほとんどは若者ではなくかつての栄光を求めた中年たちだ。
彼らは特服を日常的に必要とはしていないだろう。
「ふふふー、まぁ正確には元専門家みたいなモンなんだけどね、ほら駅前に堂本葬儀店ってあるでしょ」
「あぁ、父さんや母さんの知り合いの」
「そそ、あそこの二代目は高校の時翼君とチーム組んでたの、僕ら、つーかそれより昔の翼君たちの世代もヤンキーなんて古臭いってバカにするやつも結構いたんだけどね、天下取ってやるって息巻いて宵待町はこの地域でちょっとした有名どころになってたワケ」
「それとこれとどんな関係が…」
「あー、あそこね、僕らの学生時代、制服屋さんだったんだよね、そんで堂本君も手先は器用だったからこの辺の子らの特服の製作をバイトで請け負ってたんだ、翼君と姉さんの結婚後にチームが解散して跡継ぎになるためお店で修行を積んでたんだけど、少子化、高齢化の影響で僕が高校に入学したころに結局葬儀屋さんに暖簾をかけ替えてね、でも堂本君が裏稼業として特服製作は続けてたんだ、最近だと昔の思い出の特服のお直しやコスプレ衣装なんかも手掛けているんだよ。まぁ僕は銀ちゃんも知っての通り全部自分の手作りだけどねっ!そうじゃないとこの溢れるきらりん愛を表現できないしねっ!」
「はぁ、そんな店が…」
小さな過疎の宵待町、ここにある店は銀虎の狭い行動範囲にもすっぽりはまってしまうくらいのものだと思っていた。
知らないことなど何もないと。
けれど、ここには、銀虎の知らない秘密があった。
【世の中って、意外とはかり知れねぇモンなんだな…堂本のおっちゃんが元ヤンつーのは父さんや母さんとの会話で知ってたけど、にこにこして銀縁メガネで優しそうだし、行くといつもチョコとか飴とかくれてうれしかったな、あのおっちゃんが未だにそんな裏稼業してるように見えねーのにな、まぁ裏稼業つっても、特服はともかくコスプレ衣装なんて平和なもんか…】
大したこととも言えないような秘密ではあるが、宵待町の小さな時から知っているおじさんの裏の顔を見たようで、銀虎の胸はなぜか小さな風が吹き抜けたように少しだけざわざわした。
そして、久しぶりの特服のお直し、それも青春を共に駆け抜けた一人であるまどかの特服直しということで張り切ってやってくれた堂本によって日曜日の夕方にはビビアーナのサイズになっていたのだが、碧が少しアレンジを加えたいということで十鬼家、そしてビビアーナの元に届くのは月曜日となった。
「アオちゃん、この裾のひらひらと、何やら花の形のものは以前はなかったものだの」
「そうっ!ビビちゃんにはこういうキュートな方がいいと思ってね!ひょっとして気に入らない?」
碧はビビアーナのサイズに直された特攻服の裾に黒いレースと白いリコリスのロゼットを縫い付けていた。
「いや、とても愛らしいな、がまんした甲斐があった。うむ、アオちゃん、おしゃれとはがまんなのだな」
「むふふぅー、気に入ってくれてよかったぁ、今日はこの特服だけじゃないんだよ。ビビちゃんをもっと可愛くするために、アオちゃん腕を振るっちゃう!さぁさぁ、二階に行こう」
「えっ、ここでやればいいんじゃねーの?」
碧とビビアーナ、ふたりのおしゃれ談議に全く入って行けずぼんやりと爪を弄っていた銀虎だったが、思わず口を挟んでしまった。
現実の女の子に興味のない碧、ビビアーナに対しても子供に接するような態度の碧に何の不安もないことは銀虎も重々わかってはいたのだが、それでも自分の目に入らないところで二人きりにさせるというのはどことなく気がかりだった。
「わかってないなー銀ちゃん、女の子はかわいくなる準備を男の子には見せないものなんだぞ」
「はぁ?アオちゃんだって男だろ」
「んふふー、僕は男であるがその前にアオちゃんという生き物なのです。ノーカンなんだよ」
「わけわかんねぇ」
「いや、十鬼よ、アオちゃんはアオちゃんであろう」
「わふっ」
二人と一匹に押し切られ、銀虎はまたしても何も言えなくなってしまう。
自分を出す、我を通すということにほとほと縁遠い銀虎なのだ。
「じゃあねー行ってきます、可愛いビビちゃんを見てびっくりして目をまわさないようにね」
「ふむ、回すなよ」
さっさとリビングを去るふたりと一匹の背中を呆然と見送った銀虎は、手持無沙汰にスマホを弄る。
ビビアーナと出会ってから、すっかりオカルトチャンネルを観るのを忘れてしまっていたのだ。
「あーどれどれ、んっ、新着があるな、学校の七不思議体験、音楽室のベートヴェンの光り動く目と謎めいた猫ふんじゃった…ってこれ…」
どう考えても、先週の水曜日に体験した磯浜高校超常現象研究クラブの探索での出来事だ。
学校の七不思議などというのは大抵どこの学校も似通っていて、音楽室や理科室のあれこれなどはほとんどが被っている。
しかし、音楽室の猫ふんじゃったは今まで聞いたことが無いし、同じ時期に夜の学校で同じ体験をした学生、もしくは職員がいるとも考えづらい、それより何より加工はしてあり、一年一組の面々の顔や声は映っていないが、どう見てもこの音楽室は磯浜高校のあの音楽室だ。
「うっへーオカルトチャンネルって同じ学校のやつがやってたんかよ。知らんでずっと見てた。甘酒さんうちのクラスにいんのか、いやー誰なんだろうなーやっぱ同好会の会長の小鹿さんか、うーむ、意外なところで花田さん?シーサイドホテルのこととかも調べ中ってあったし、この辺の人だとは思ってたけどな、いやーまさか、まさかの」
オカルトチャンネル主催者、甘酒、この名前でピンときそうなものではあるが、銀虎にはやはり全くピンと来ていない。
そんなこんな一人で盛り上がっているうちに、いつの間にか支度の終ったビビアーナと碧が背後に来ていたことに銀虎はやはり気づいていない。
「わぁっ!」
「わふー!」
「うわっ、ビビった」
碧とゴンスケに驚かされてぱっと振り向いた銀虎の目の先に、碧の手によってすっかり変身したビビアーナが目に入る。
なだらかな長い銀髪は真ん中で分けられ、耳の横でツインテールに、前髪は特攻服の裾についているのと同じ白いリコリスのロゼットピンでサイドに流して止められている。
碧渾身のロリイタ特服スタイルだ。
満足げな叔父とどうやら友達らしい少女と何故か犬、褒めろ褒めろと言わんばかりのその面々を前に、銀虎の頭には一つの考えしか浮かばない。
【耳の横でおさげがゆらゆらふらふら揺れて、なんか長毛のツンとした犬みてぇだ。つーか、もう犬にしか見えねぇ、犬が二匹アオちゃんを囲んでら…】
「ははっ、銀ちゃん見とれちゃってぇーほらかわいいでしょ、褒めてあげて」
「うむ、存分に褒めると良い」
「わふーん」
「あっ、あぁ、可愛いよ(犬みたいで)」
銀虎は噴き出してしまわぬように、揺れるツインテールから目を逸らし、ビビアーナの天井に届きそうなツンと上がった鼻にめがけてぼそっとつぶやいた。
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