第17話
「のう、まゆよ、ところでそのちょうじょうげんじょうけんきゅうくらぶとやらは、一体何をするところなのじゃ」
「えっと…」
真っすぐに、居抜くように見てくるその瞳と目を合わせられなくて、まゆは視線を逸らす。
その後ろにあるであろう、十鬼の視線からも。
十鬼はまゆと話すとき、フードの下の目を逸らす、何か気まずいものを見てしまったかのように。
そんなの視線がこちらに向いているだろうと気づいていても、まゆはそちらを見れなかった。
それは自分に向けられた眼差しではないと分かりきっているから。
ビビアーナ、クラスメイト達にとっては銀虎のはとこの青池美々、ビビが興味を持っている超常現象研究クラブについて、知りたいだけなのだ。
そのもの自体ではなく美々のためだとしても、まゆが彼のために作った同好会であるこのクラブを、ただの放課後ダベり会だなんて説明したくはない。
「あのね…銀虎、美々ちゃんのはとこには前に説明したんだけど、この学校の不思議な出来事、怪奇現象について調べてみようっていう会なんだぁ。えへへ、まだ何もやってないんだけどね。ほら、うち等って夜の高校生じゃない?授業の後に学校の探索とか、許可がおりないかなーって思ってさ」
これは嘘とも言い切れなかった。
実際に会に参加したてのときに花田が副担任である公民教諭の土井に確認したところ、「放課後の学校探索、無理にきたってるでしょ、何言ってるんだアンタ」とシッシッと追い払うようにして却下されてしまったのだから。
「ほう、ならば我が教頭に聞いてみるとするか」
何故かビビアーナは自信満々だ。
「いや、無理だろ…」
「いいや、あやつならきっと許可を出すであろう。なんでも昨日もあやつの部屋を去るときに何でも相談してくれ、出来ることなら協力しよう。と言っておった」
「それはただの社交辞令だろうが」
「しゃこう…」
「めんどくせぇなリップサービス、お愛想だよ」
「おあいそ…」
軽快に繰り広げられていく二人の会話に、まゆは口を挟めなかった。
自分の入る隙はどこにもない、下手に話しかけたら邪魔をしているようで嫌だった。
いや、むしろ邪魔したいという気持ちもなくはなかったのだが、その時の銀虎の反応を思うと、とても怖くてできなかったのだ。
「しょうがねぇなぁ、じゃあ休み時間に訊くだけ訊いてみるか、余計なこと頼んで後でアオちゃんに怒られても知らねぇぞ…」
「アオちゃんが、怒ることなどあるのか?」
「滅多にねぇけどな、たまーに怒んとめっちゃ怖いんだぜ、何しろ昔はチェーンの碧って町中の中高生が震えあがってたらしいからな」
「ほう、ちぇえーんの」
分かっているのかいないのか、ビビアーナはコクコク頷く。
そして次の休み時間、うとうとと薄暗い職員室で舟を漕いでいた権田教頭にビビアーナはとてとてと近づき、目の前でぱちんと手を叩いた。
「はっ、青池さん」
権田教頭はまたもしばし凍り付いた後、ビビアーナに笑いかける。
「どうしたかね、何か学校生活について困ったことでもあるのかい?」
「ふむ、困っておる者がおる」
「ほほう、誰かな?」
「小鹿まゆじゃ、超常現、象研究クラブなる会の会長をしておるのに、許可が出ないため学校の探索ができぬのじゃ」
「ほぉ、そんな会があるのか、私も知らなかったな」
「どうじゃ教頭よ、探索の許可を出してはくれぬか」
「ふむ、今年の一年生は部活動をしないのかと私も気になっていたのだよ。しかし、まぁ超常現象研究クラブ…何をするのかはわかりかねるが、クラブ活動をやる気になってくれたのは良いことだ。そうだね、今日すぐにとは言わないが、事前に要望日を提出してくれれば許可を出せるように善処しよう。あまり遅くならない程度でね」
二つ返事でOKとまではいかなかったが、かなりいい返事をもらえた。
流石に残り六名になってしまった自分たちの学年、これ以上減ってしまっては夜間部の存続にも関わるからこんなお願いにも甘くなっているのだろう。
銀虎はあまり深く考えず、教頭のビビアーナへの甘さにも特に気は取られることもなく納得していた。
クラスメイト、そして権田教頭の再びの硬直のことなど頭の中からすっかり消え去っていたのだ。
「何かさ、教頭が事前に届を出せば、許可してくれるようなこと言ってたぜ」
銀虎から報告を受けたまゆは、丸い目をますます丸くして驚愕していた。
あっさりと許可を取ったビビアーナにも確かに驚いたのだが、それ以上に実際に超常現象研究クラブのその名の通りの活動が始まってしまいそうなことに驚き、そして焦っていたのだ。
【ちょ、ちょっと待って、どうしよう、うちこの学校の不思議な現象なんてトイレの用具室の巻貝さんくらいしか知んないし、それも全日制の子がファミレスでダベってるの聞きかじっただけで、詳しい内容まで全然わかんないし…どっちみち許可下りないだろうからビビちゃんも入れてファミレス行ったり、宵待町の廃墟ホテルを見に行ったり、適当にやろうと思ってたのにーどうしよ…どうしよ…でも、でも活動しなきゃ、うちが言い出したんだもん、うちがビビちゃん誘ったんだもん、銀虎も入ったんだもん。よし、巻貝さんについては明日仕事が始まる前にママ、ゆりかちゃんに訊こう、うちの卒業生だし】
「わーすごいねビビちゃん、交渉がうまいんだ」
「いや、ただ小鹿まゆが困っておるから許可を出せと言ったまでじゃ」
「ははは、それがすごいよ。じゃあさ、えっと銀虎とビビちゃんが入ってくれたからこのクラブのメンバーは今、六人なんだよね。折角学校で始めて活動するんだから、全員の都合のいい日にしよう、えっと榊君…そういえば榊君は入ってないよね?どうする参加してみる?」
まゆに誘われると、即座に断るとビビアーナ以外のクラスの全員が思っていた榊誠は、意外にもこっくりと頷いた。
「そこまでしつこく頼まれるなら、参加するのはやぶさかではない。しかし、これ一度きりだ。正式なクラブメンバーなどになるのはお断りだ!」
一人だけ誘わないのは、何だか仲間外れにしているようで気が引ける。どうせ断って来るにしても声を掛けたという事実は必要だろう。
そんな軽い気で誘ったまゆであったが、榊にはしつこく熱望されたように感じられたらしい。
首をひねりたくもなるが、それよりもクラスの全員が集まってクラブ活動が出来るということが、まゆには嬉しい。
銀虎の興味を引くために勢いで作ってしまった同好会ではあるが、それがこのクラス、たった六人+一名の団結になればと思うと胸がぽかぽかしてくる。
中学生の時はピーナッツシスターズの活動で学校は休みがち、部活動はできなかった。
部活ではなく同好会ではあるが、まゆにとってこれが初めての課外活動と言えるだろう。
「えっと、じゃあよりえちゃんと甘粕さんが次の木曜日が公休で、水曜日が遅くまで残れる。えっと日陰さんはいつでもOK、榊君は短時間の金曜以外、銀虎とビビちゃんは?」
「我はいつでも良い」
「俺も、すしの配達今月は週末だけだし」
「よし!じゃあ来週の水曜日にしよう。帰りに教頭先生に希望届出そうね、で、えっとー最初の探索は、トイレの用具室の巻貝さんで…いいかな?」
それ以外に、まゆには選択肢がない。
【頼むー、みんないいって言って!他の不思議は明日ゆりかちゃんに訊くからーそれまで待って、お願いだから】
「いや、トイレの巻貝さんが最初というのはふに落ちませんな、あれは磯浜高校八不思議の落ちのようなものですから…」
足音も立てずに背後に回り込んでいた甘粕の生暖かい吐息に、まゆはびくっとする。
「あ、はははっ、びっくりしたー甘粕さんって話すとき謎に背後に回り込むよねー」
「これは失礼、人の目を見て話すのが苦手なものですから」
「そ、そっかーそれはしょうがない…かな?でも近すぎるとビビっちゃうって」
「いや、重ねて失敬、以後気を付けましょう」
「い、いや、分かってくれればいいんだけどさ、それで八不思議…」
そんなにあるの?と言いかけてまゆはハッとする。言ってしまったら、何も知らない創立者兼会長なのがバレてしまうではないか。
「うわー八不思議もあるのねぇ、全然知らなかったわ、よく聞くのは七不思議っていうけれど、この学校は一つ多いのね。それでどんななの?」
まるでまゆの危機を察したかのように、花田が質問してくれる。
実際は気になっただけだろうが、【よりえちゃんありがとう】まゆは胸の内で手を合わせて感謝した。
「えぇ、まずは一つ目、これは全国的にありがちではありますが、生徒が帰宅し静まり返った音楽室でひとりでに音を奏でるピアノ、二つ目は同じ音楽室で目が光りきょろりと視線を動かすベートーヴェンの肖像画、三つめがこれも似た話をよく聞きますが、月の光で踊りだす人体模型、四つ目、廊下にあるはずのない鏡が現れて自分の未来の姿を映す、写らない場合はそれが最後の日、五つ目、その鏡から手が出てきて引き摺られる。六つ目、天井への扉が夜の十時十分に異界と繋がる。
そして、八つめがトイレの用具室の巻貝さんなのです」
「ふむ、おぬし七つ目を抜かしたな、ちょびひげ眼鏡よ」
得意げにビビアーナが指摘する。いつも物を知らないと銀虎にあきれられている憂さを晴らすように、えへんと胸を張りながら。
「お目が高い、青池美々さん、七つ目はわからないのです。消えてしまったのか、タブーとして語られていないのか、それは私にもわかりません。ちなみに私の名は甘粕太郎です」
「ほう、あまかすよ、大儀であった、そちは物知りじゃの」
ビビアーナに褒められて甘粕もどこか嬉しそうだ。
ファミレス会には一度も参加しなかった甘粕だったが、実は誰よりもこのクラブに興味を持っていたらしい。幽霊部員などではなかったのだ。
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