第16話

「ねぇ、美々ちゃん、うちは小鹿まゆ、初めまして、超常現象研究クラブに入らない?」

 三学期二日目、学食で銀虎の横に座っているビビアーナを見つけると、他の皆のように一瞬凍り付くこともなくビビアーナの元へピンヒールの踵をカツカツさせながら一直線に早足で向かい、開口一番にまゆはそう誘った。


(超常現象研究クラブ)

 これは、小鹿まゆが設立した同好会だ。


 磯浜高校夜間定時制にも全日制と同じように部活はある。

 二年生、三年生はそれなりに人数をそろえ、定時制・通信制の全国大会の地区予選に挑戦したこともあった。

 しかし、小鹿まゆや十鬼銀虎の在籍する一年次、一クラスのみの一年一組は日に日に生徒が目減りしていき、部活動に参加するものも出なかった。


「あたしもねー、前は商店街のママさんバレーに参加してたしちょっと入ってみようかとも思ったんだけどね、日曜はパートで練習に参加できないし若い子たちと大会を目指すには膝がちょっとね」

 唯一乗り気だった花田も断念、そんな中まゆが動き同好会を設立したのだった。


 部員は現在残るクラスメイト六人のうちの四名、会長のまゆを筆頭に花田よりえと日陰まどいの女子全員、それに黒一点の甘粕太郎だ。

 設立当初は寿司屋の大将の加藤さんとヤンママの篠田さんもいたのだが、双方退学と共にフェイドアウト…残るは四名のみとなったわけだ。

 まゆと花田が連絡しあっているのも、この同会のために作ったグループ内でだ。


「この磯浜高校ってね、トイレの用具室の巻貝さんとかさ、不思議な噂がめっちゃ残されてるんだよっ!うち等でこんな謎を解明していこうよ!」

 そう息巻いていたまゆであったが、実際の活動は学校終わりに国道沿いのファミレスでダベるくらい。

 その内容もなんてことはない他愛ない互いの近況を報告しあうくらいだ。

 その会に参加するのも、まゆと花田と日陰、といういつものメンバー、それもしゃべっているのは主にまゆと花田で、日陰は隅の方でドリンクバーのお茶ばかり飲んでいる。

 話題を振っても、首を縦に振るか横に振るかくらいだ。

 それなのに参加して楽しいのかとも思うが、グループチャットで日時を指定すると彼女は必ずやってくる。彼女なりに楽しんでいるのかもしれない。


 超常現象研究クラブと銘打っていると言うのに、花田や日陰はともかく、会長のまゆ本人ですら一度も怪奇現象や超常現象について話題を振ったことはない。

 その理由は、ひとつ。

 まゆはオカルト全般に全く興味がない、これっぽっちもない。

 子供のころにホラー漫画に夢中になったこともなければ、夏になると放送される心霊現象番組もちらりとも観たことが無い。

 どこの学校にも一つや二つあるような七不思議系の噂を確かめようと、学校内を探検したことも、もちろんない。

 それなのに何故こんな同好会を作ろうと思い立ったのか。

 突然、この学校の怪奇現象の噂に興味を持ってしまったから、ではもちろんない。


 それにはやはり十鬼銀虎が関係していた。

 給食時、何気なく学食で銀虎の隣に座ったまゆは、銀虎がこちらに全く気付かずいつものフードの上からヘッドフォンをつけて熱心にスマホを見ていることに気づいた。


【えー、何よ、お客のおっちゃん等はうちの隣に陣取りたくてけん制しあってるのにさ、こっちから座っても気づかないとか、そんな熱心に何見てるの?ひょっとして、女の子からのメッセとか!?えっ、でもコミュ障こじらせてる銀虎に限ってそれはないよね、でも、でも、仲いい子にだけは打ち解けるとか、そういうん?なんかマスクしててもわかるくらいにやけてるし、グフグフいってるし!】

 どうしても気になったまゆは、銀虎のスマホ画面をこっそりと覗いた。

 するとその画面に映っていたのは…

 廃病院と思わしき場所で頭の後ろまで裂けた唇でにかーっと笑う女の姿だった。


【えっ、えっ、こういうのが好みなの?ちょっとこの口の感じはうちには無理だわー】

 引き気味に仰天するまゆが聞き耳を立てているとも知らず、銀虎は「ないわー、ない、流石に作りこみが雑過ぎ、もっとリアルに迫ったの作れよな、また視聴者数落ちるぞ」と楽し気に独り言ちむせながらげふげふ笑う。


【そっかー、銀虎はこういうんが好きなんだーうちは全然興味なかったけど、あんなに楽しそうに笑う銀虎初めて見た…】


 こうしてまゆは、超常現象研究クラブを作った。

 そう、銀虎のために。

 銀虎が笑って過ごせる場所、その隣で自分も笑っていられる場所を作りたかった。


 しかし…「ねー、ホームルームの時も言ったけどさ、うち、超常現象研究クラブっていうの作ったんだ。ぜひぜひ入ってよ」

 そういうの好きでしょ、という言葉は飲み込む。スマホ覗きがバレるからだ。

「いや、いい…俺別に超常現象とかそんな興味ねぇし、休みの時はたまに加藤さんのバイトとかあるし」

 と、にべもなく断られた。

 休み時間にもあのオカルトチャンネルを見てはにやけているのに、興味ないってどういうことと思ったまゆは珍しく食い下がった。

「ねー、助けると思ってさ、幽霊部員でもいいからさ」

「いや、そういうの良くないし…犬の散歩もあるから」

 やはりすげなく断られる。


「小鹿ちゃん、幽霊部員でいいならわしが入るよ。店があるから一緒に学校の怪奇現象の研究はできねぇけどな」

「あたしもー、うちの上の子がそういうオカルトとか好きでさ、毎年心霊番組見てはちびってるのよ、そんなに怖いなら観なきゃいいのにねー、でも好きなのよ。こういうクラブに入ったって言ったらきっと羨ましがるわよー」

 と、断られているまゆが気の毒に見えたのか加藤と篠田、それに甘粕が加入してくれたが。


 当てが外れてがっかりしたまゆだが、花田とのおしゃべりは意外と楽しくクリーニングあるある話でくすくす笑わせてもらっている。


「ポッケをねー、確認しないで出しちゃうお客が多いのよ、子供の食べかけのお菓子とか鼻かんだテッシュとか、そういうのも困るんだけどね、コートのポケットに家の鍵が入ってた時はびっくりこいちゃったわ!電話しても出ないしねー」

「えーそれどうしたの?家に入れなくない?」

「それがね、全然取りに来なかったのよ。コートを引き取りに来たときに鍵を返されてもそのことには何も触れないしね、あれってどこの鍵だったのかしら?」

「ひょっとして、誰か別人の家の鍵?拾ったとか、盗んじゃったとか、それでその人がいない隙に家の中を観察してるの、わざと歯ブラシの位置をずらしたりして怖がらせたりさ」

「あらやだ、それって怖いわねー、あっこれ怪奇現象じゃないの!」

「ホントだー、初めて怪奇現象の話した。アハハッ」


 大学生の長女と高校一年生の長男、二人のお母さんである花田は、恋バナにも興味津々だ。

 年ごろの娘は何も教えてくれないからと、まゆにあれこれ聞いてくる。


「ねーまゆちゃんって今彼氏いるの?」

「いないよーうち、今ドフリー」

「えーそんな可愛いのにね、本当にバンビちゃんみたいで、お店のお客さんにいい人いないの?」

「いないいない、おじさんばっかりだし、それにうちはどんなイケメンが来たとしても、お客さんとそういう仲にはならないって決めてるの、プロだしね。色恋営業とかうち大っ嫌いだし」

「ほへー、キャバ嬢さんの矜持ってヤツね、かわいいのに格好いいわね」


 そのとき日陰がふんっと鼻で笑ったのに花田もまゆも気づかず、花田の聞き込みは続いた。


「じゃあさ、うちの学校で好きな人とか気になる人はっていないか!甘粕さんはまゆちゃんからしたらおじさんだし、本人は何も言わないけど指輪してるし子供が使っているようなシャーペン使ってるから、恐らく妻子持ちでしょ、榊君…は勉強ばっかりだし子供過ぎるわね…うーん、銀虎君、ないかー」

「あ、ははは…ナイナイー」


 花田の口から銀虎の名が飛び出して、まゆの胸は早鐘のように忙しなく鳴った。

 好きな人…とは言えないかもしれない。

 まゆはまだそこまで彼のことを知らない。

 けれど、気になる人と問われればその通りだ。


【そこ突っ込まれなくてよかったーでも銀虎だけなんで理由もなくないかーってなっちゃうんだろ、そんなにうち等って合わなさそうかな。まぁ銀虎の横に女の子がいるとかうちじゃなくても想像つかないしね】


 ほっと吐息を吐きつつも、妙なことが気にかかる。

 そんな会話が師走の終業式の後のこと。


 女っ気のないはずの銀虎の横には、ぴったりと寄り添う美少女がいる。

 それはとても自然に、当たり前のように。

「おいっ、ビビ、お前そんな簡単に返事すんなよ」

「良いではないか、このまゆとやらが折角誘うてきたのだからな」

「だからー」

 そして、コミュ障のはずの銀虎が、ポンポンと軽快に言い合いしている。


【いくら親戚でも距離近すぎない?はとこって…結婚できるんだっけ?】

 ぴきぴきする眉間に力を込めながら、まゆは必死に笑顔を作る。

 自然に、なるべく自然に口角をあげて。


「じゃあさ、そんなに心配なら銀虎も入っちゃえば?一緒なら安心でしょ」

「あー、もうしょうがねぇな」

「あはっ、じゃあ後で二人とも入会届け書いてねぇ…」


【あんなに断ってたのに…こんな簡単に】

 まゆはもう自然な笑顔を維持できない気になって、二人にくるりと背を向けた。





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