第14話

 定時制高校の一日は、給食から始まる。

 といっても小中学生のように当番を決めて、教室で配膳して皆で「はーい、いただきます」といった調子ではなくて、学食のおばさんが作ってくれた給食を登校した生徒たちがめいめい受け取って食べるのだ。


「わー、今日のメニューはピーナッツみそ揚げパンにビーフシチュー、シーザーサラダに冷凍ミカンね。ちょっとあたしの好物ばっかりじゃない。今日は閑散期のわりに忙しくてお腹ぺこぺこだったのよね。あー給食の時間に間に合ってよかったわぁ」


 上級生を差し置いて真っ先に給食を受け取りに行ったのは、銀虎のクラスメイトであるクリーニング店のパートの花田よりえだ。

 夏前と秋口は衣替えでお店が繁忙期になるらしく休みがち、遅刻しがちであったが、それ以外はほぼ毎日元気に登校している。

 小柄な割に相当な大食漢で、育ち盛りの高校生のように欠席した生徒の給食のお代わりを要望していたのもこの人くらいだ。


「ピーナッツ揚げパンかぁ…カロリー高そう…」

 栗色の巻き毛を指に絡めてぼそっとつぶやくのは、日陰まどい、肘の骨が突き出すほどのやせ型でありながら常にカロリーを気にしており、給食もいつも小鳥がつついたくらいにしか口にしない。

「それ、食べないならあたしがもらうわよ」と花田が毎度のように持ちかけるのだが、食べない割になぜか頑なに首を縦に振らない。

 日陰はいつも小鹿まゆの背後にそれこそ影のようにぴたりと張り付くようにしていて、彼女のしぐさを真似たり、その言葉にうんうん頷いたりしているが、直接会話をしていることはほぼない。

 新学期の始動の今日、小鹿は仕事の都合で欠席しているため、日陰は隠れる場所がなくふらふらと誘われるままに花田の横に座り、一口齧った揚げパンを初めていわれるがままに差し出していた。


「今日ねぇ、まゆちゃん、お店の新年会にどうしても出てってママに頼まれて、欠席になっちゃったんですって。人気者も大変よねぇ。パートの昼休みに連絡が来たのよ。揚げパン大好きだし、久しぶりに皆の顔見れると楽しみにしてたのに残念だって言ってたわ」


 花田のその言葉に、日陰はぎろりと睨みつけるようなまなざしを向ける。

 自分には連絡がなかったからだろうか。


「でもねぇ、あたしだってあと十歳、うーん十五、二十かなくらい若かったらまゆちゃんみたいにナンバー1とまではいかなくてもお茶らけキャラで2ぐらいにはなれた気がするのよねぇ、産まれる時代を間違えたわーぐふふっ」


 こんな花田の軽口にも一層青筋を立てている。


 小鹿まゆは、市街地で昼キャバ嬢をしている。

 元々は夜の店のナンバー1だったそうだが、学校に通いたいから辞めると告げるとママから新しく始める昼部門に誘われたらしい。

 昼間にキャバ嬢をし、夜に学校に通う。まさに昼夜逆転の生活だ。


 そんな夜も昼もナンバー1のまゆだが、元々夜の世界の人ではなかった。

 小学生のころから千花のご当地アイドル、ピーナッツシスターズの最年少メンバーとして人気を集め、東京の大手芸能事務所からスカウトが来た。

 しかし加入が決まっていたアイドルグループのセンターが未成年の喫煙飲酒で活動休止となり、そのままグループも解散、まゆをスカウトしたチーフマネージャーは監督不行き届きとして、退社。デビューの話は立ち消えとなり、まゆは行き場を失った。

 一応高校には通っていたのだが、当てにしていた給料が入ってこなかったため生活に困ったまゆはプリンセスコンカフェでバイトをしていたが、ピーナッツシスターズ時代のファンがSNSにチェキ写真を載せて学校に発覚、無期停学処分となり結局そのまま退学した。

 そのままコンカフェでバイトしていても良かったのだが、全国デビューという目的を失ったまゆは地元に帰りたくなり、キャバ嬢に転身した。

 しかし、客と話を合わせるために新聞やニュースに目を通すうちに、自分は勉強が足りないと気づき、学校をドロップアウトしたことを悔やみ始め、この磯二十歳を目前にこの磯浜高校に入学したのだという。

 赤裸々な半生、これはすべて小鹿まゆが新入生自己紹介で自ら公にしたものだ。

 皆、ぽかーんとしていたが、小鹿まゆ本人はすっきりしたような顔でにこにこしていた。

 ドロップアウトせざるをえなかったが、天性のアイドル性はやはり備わっていたのだ。


 花田よりえ、日陰まどい、そして小鹿まゆ、これが現在進行形で通っている磯浜高校夜間部一年一組女生徒の全てだ。

 元々は全生徒三十名の半数の十五名在籍していたのだが、初日だけ来て翌日からフェイドアウトしてしまった生徒が三名、通信制に転校した生徒が四名、全日制を受けなおすため辞めた生徒が四名、そして冬休み中に妊娠が発覚して休学した生徒が一名で残るはこの三人となってしまった。


 冬休み前、一年一組の生徒は入学時の半数の十五名残っていた。

 しかし、冬休み中に妊娠が判明した一人以外に、銀虎がバイトする寿司屋の大将の持田さんも夜に通うのが無理があったとして休学状態から通信制に転校、その他も海外留学やもろもろの事情で休みの間に退学しており、一年一組の生徒は今や銀虎を含めて男子三名、女子三名の六名きりとなってしまった。

 なんと入学時の五分の一まで減ってしまったのだ。

 退学者の多い定時制の夜間部とはいえ、二年生、三年生は二ケタの生徒数を維持している。

 磯浜高校始まって以来の緊急事態だ。

 そう悩んでいた一クラスのみだが教頭兼学年主任の数学の権田教師は、銀虎の暫定保護者である碧の言葉に飛びついた。


「そうですか、十鬼銀虎君のはとこが海外からね、えぇ、えぇ、ウチは外国にルーツを持つ学生さんもバンバン受け入れていますからね。留学生となると難しいですが、お身内が日本にいてお父様が日本人ならね、定住者なら受け入れが可能ですよ。実際昨年度の卒業生にもご両親とともに来日されてわずか三年で磯浜高校に入学したのに立派な成績で卒業して東京の大学に推薦入学した学生もおりますからね」


 まさにじゃんじゃんウェルカム状態だ。


 そんな大人たちの会話の内容もいざ知らず、ビビアーナを連れていった反応がどうなるかドギマギ状態で心臓をバクバクさせながら、十鬼は皆より少し遅れて後ろにビビアーナを隠すようにして第二校舎にある学食へと恐る恐る足を踏み入れた。


 そして、真っ先に花田が銀虎とビビアーナに気づいたその瞬間、花田の目とそして体の動きがはたと止まった。まるでその瞬間凍り付いてしまったように。

 それは銀虎らに気づいた他の生徒も同じだった。


【やっぱりこの見た目だろうか、一応ここら辺にもたまに外国人の観光客来るし、住んでる人もいるはいるけどほぼアジア系だもんなー俺もビビ以外で見た目外国人なんて中学の時の英語の補助教員のカナダ人のジョン先生くらいだし、しかもヘローしか口利いたことねぇ】


 自分の不安は的中してしまったのか、足が竦む銀虎だったがその後の皆の反応は最近よくあるまさに予想外の展開だった。


「あらー銀虎君、ずいぶんかわいい子連れてるわね、転入生?なんだか初めて会った気がしないわー」


 花田さんはにこにこしているし、いつの間にか銀虎とビビアーナの後ろに回り込んでいた火葬場勤務の甘粕さんも「我々のクラスもインターナショナルになりますな、銀虎君、既に仲良くなっておられるとはあなたもやりますな」などと聞こえるか聞こえないかくらいのぼそぼそ声で話しかけてくる。

 彼らと銀虎は特別親しいわけではない、けれど銀虎銀虎名前呼びするのは、フード剥ぎ取り事件以来銀虎を「銀虎」呼びする小鹿まゆの影響が大きい。


 給食の時間でありながら参考書片手に持参した弁当を食べている榊君と日陰まどいは上下関わらず名前を呼ばず、今もビビアーナに無反応だが。


「我は青池美々、十鬼の母方のはとこじゃ、ビビちゃんと呼ぶがよい」

 銀虎に教わったそのまま、ではなく勝手なアレンジを加えたビビアーナのその物言いにも少しも引くような態度は見せない。

「へー、そっかー、ビビちゃんはハーフなの?きれいな髪ねぇ、そういえば銀虎君と少し似ているかもしれないわね、ほら、唇が薄いところとか」

「ふむ、そうですね…目が二つ、鼻が一つのところとか…」

 ビビアーナはすっかりこの学校に馴染んでいた。そう、不思議なまでに。


 碧に挨拶に行くようにと言われて向かった教頭先生も、生徒の皆のように一瞬凍り付いた後ではあったが、「青池君をすぐに一般生徒として受け入れることはできないが、特別聴講生としてなら可能だ。保護者の青池さんに書類を書いてもらいなさい」とただの見学者だったはずのビビアーナを受け入れてくれた。


「みんな一瞬固まるのにすぐに受け入れてくれるんだよなーあの硬直は謎だけど、まぁ外国人風なのが珍しいだけか、しかしアオちゃんの交渉術はすごいなー流石行動派のオタクだぜ」

 感心して独り言ちる銀虎の背後で、ビビアーナの二つ目の瞳孔がぎらりと怪しく光っていた。






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