十二章 大切なもの
十二章 大切なもの
キーちゃんとバイバイしたあと、お母さんには一人で家に戻ってもらった。だってアイルの良いことをまだクリアしていないから。もうお昼の時間になるけど、不思議とお腹は空いていない。たぶんさっき飲んだオレンジジュースのせいかも。
「ようやく良いこと探しに集中できるな! 琴葉は夜に行動できないだろうからタイムリミットは夕方までだろ? 急がないと」
「うん、さすがに夜は怒られちゃうしね。だいぶ人も増えてきたけど、この公園で、できそうなことある?」
「うーん。まぁ、気分はのらないけどキーちゃんが言っていた座布団の代わりかな?」
「座ってくれるかな?」
「わからないな。正直、ここよりバス停とかのほうが座ってくれるかもしれないぜ?」
「それじゃあ移動してみる?」
「そうだな。正直、時間もないしどんどん行動していこう」
「そうだね!」
アイルを抱きしめるため、スマホをポシェットにしまう――と、出かけるときにつけたはずの青いうさまるのキーホルダーがなくなっている。
「え? ない! どこ!」
「琴葉、どうしたんだ?」
「ないの! キーちゃんからもらった青いうさまるが!」
「え! ポシェットの中に落ちてるんじゃないのか?」
アイルに言われて、あわててポシェットの中を確認してみても、どこにも見当たらない。一瞬、家に置いてきたのかも? と思ったけど、間違いなく出かけるときに取り付けたのを覚えている。
「どうしよう……キーちゃんからもらった大切なものなのに……」
「ここへくる途中に落としたのかもしれないな。なにか思い出せないか?」
「そんな……どこだろう……」
公園にくるまでに、よった場所……はじめてキーちゃんと出会った商店街にある自動販売機の前……。
「そうだ! アイル! 自動販売機のところで、わたし人にぶつかった!」
「それだ、琴葉! そのときに落としたのかもしれない!」
「早くいかないと! アイル急ごう!」
「琴葉! ちょっとまってくれ!」
走り出そうとしたら、アイルは少し強い口調で言った。
「どうしたの? 急がないと、だれかに拾われちゃうかも!」
「落ち着けよ、琴葉。そこには、きみ一人でいってくれ」
「え? どうして?」
「ぼくはまだ良いことを残り二つもクリアしないといけない。正直、自動販売機まで移動する時間でさえ今のぼくには貴重なんだよ。だからぼくは、ここのベンチで座布団としてまっている」
「でも、アイルを一人にするなんて心配だよ。もし誰かにもっていかれでもしたら」
「大丈夫、いざとなればジャンプして逃げるさ。それに、うさまるのキーホルダーが目的の場所に絶対あるとは限らない。そうなれば再びそこから探すことになる」
「うん……」
「琴葉にとって大切なものだろ? ここはべつ行動にしたほうがいい」
「アイル……」
「うさまるが見つかったら、ここに戻ってきてくれ。それまで、ぼくは座布団になって誰かが座ってくれるのをまつ」
「もし見つけることができなかったら、どうしよう……」
「大丈夫さ、見つかるよ! でもそうだな……念のため、保険をかけておくとしよう。公園の時計は……十二時三十分か。それなら十四時三十分になっても琴葉が戻らなければ、ぼく一人で行動をする」
十四時三十分ということは、ちょうど二時間後だ。それなら往復しても余裕で戻ってくることはできるし、上手くいけば、わたしが戻ってきたときにはアイルが良いことを一つクリアしているかもしれない……そこから一緒に残りの良いことを探し出せばギリギリ間に合いそう。
「わかったわ、アイル! 見つけたらすぐに戻ってくるからね!」
「ああ、気をつけていけよな!」
「うん!」
アイルをぎゅーっと抱きしめてベンチに寝かせる――急がないと!
公園を出てから休まず、できるだけ早く走った。またすぐに戻らなくちゃいけないし、そのあともアイルを連れて歩き回ることになるだろうから、本当は体力をできるだけ残しておかないといけないんだけど……。
「もう少し……」
ここまでの道のりで、うさまるは見当たらなかったから、間違いなくあの自動販売機の近くに落ちているはずよね。あとは、だれかに拾われていないことを願うしかない。
塀の角を曲がる――と……。
「あった!」
青いうさまるのキーホルダーは自動販売機から少し離れたあたりに落ちていた。拾って確認してみたところ、壊れてないみたい。
「よかったぁ」
すぐに見つかって本当によかった。もしかしたら、だれかにもっていかれていたかもしれないものね。
「今の時間は……」
スマホの時間を確認すると、もうすぐ十三時になろうとしていた……アイルのほうはクリアできているかな。
青いうさまるのキーホルダーをしっかりとポシェットにつけたのを確認して、公園へ戻ることにした。ここまで休まずに走ったこともあって正直くたくただけど、アイルのことが心配だし、早く戻ってあげないと。
「はぁ、はぁ、ちょっと……つらいかも……」
こんなことなら商店街でパンでも買えばよかったかな……お昼はオレンジジュースしか飲んでいないし、走り続けてくたくた。
「ん? 今、一瞬だけ冷たかったような……もしかして……」
手のひらを上に向けてみる――と、ポツリポツリと水滴のようなものが当たる。
「ウソでしょ? 雨?」
手のひらに当たる水滴は次第にはげしくなり、あっという間に足元のアスファルトを水しぶきが跳ねるほどの大雨になった。
「きゃー! 信じられない!」
商店街から離れてしまっているので、この辺にはお店もないし、雨宿りができる場所もない。家が少し並んではいるけど、どこも門は閉まっているし、知らない人のお宅で勝手に雨宿りするのは気が引ける。
とにかく公園に急ごう……あそこなら公衆トイレや大きな木もあるし、雨から身を守ることができそう。
「はぁ、はぁ、はぁ」
髪や服も、ずぶ濡れだ。地面に足がつくたびに、シューズの中が気持ち悪い。アイルもずぶ濡れになっていなければいいんだけど……でも、さすがにこの雨じゃ、人もいなくなっているだろうから、アイルも人に見られることなく雨宿りのできるところに移動してるよね?
「はぁ、はぁ、はぁ……着いた……もうほんと、無理……」
ようやく公園内にあるトイレの中に逃げ込むことができたけど、もう全身がずぶ濡れで少し体が冷えてきた。早く家に帰りたい……。
「アイルどこにいるんだろう……」
ねんのために女子トイレの中を確認してみても、抱きまくらは見当たらない。男の子だし、男子トイレのほうへいるのもしれない。
すぐとなりだし、入り口の前まで移動してみる。
「さすがに中には入れないよね……入りたくないし」
仕方がないので名前を呼んでみるけど、なんど声をかけても反応がない。トイレじゃないのかもしれない。あと、雨宿りができそうなのはキーちゃんと記念写真を撮ったベンチ近くにあった木の下……どうせもう、ずぶ濡れだし見にいこう。
公衆トイレからベンチのある広場へと移動する――と、すぐにアイルの姿を発見した。でもそれは、想像もしていない状況だった。この雨の中、ベンチへ置かれたままになっている。
「どうして!?」
アイルを抱きあげると、雨に濡れてしまっているせいでずっしりと重い。急いで近くの木の下へ移動する。完全に雨をふせげるわけじゃなかったけど、なにもない場所よりはましだった。
「アイル! アイル!」
呼びかけても返事がない。
「そうだ……」
ずっしりと重いアイルを見て、もしかしたらと思い、抱きまくらをぎゅっと絞るようにひねると、ぼたぼたと水分が地面に落ちた。
「う、うーん……」
「アイル! 気がついた? しっかりして!」
「や、やぁ、琴葉……」
よかった……ちゃんと反応してくれている。
「大丈夫? どうしてベンチの上から動かなかったの!」
「あはは……公園から人がいなくならなくて、移動しようと思ったときには水分をたくさん吸ってしまい、動けなくなってしまったんだ」
「そんなの気にしないで移動したらよかったのよ!」
「そうだな……それより、うさまるのキーホルダーは見つかったのか?」
ポシェットについている青いうさまるを見せると、アイルはやさしく微笑む。
その表情はわたしの心をキュンとさせた。
二つめの良いことはできたのかしら……抱きまくらにプリントされている幼い男の子は洋服にしか色がついていない。
「良いことをクリアできなかったのね」
「残念ながらね。でも、琴葉のキーホルダーが見つかって本当によかった。ぼくはそれが嬉しいよ」
「アイル……」
アイルが愛おしくなってぎゅっと抱きしめる――と、気のせいか次第に胸のあたりがほんのり温かくなってきた。違和感に抱きまくらを離して確認してみる。
「あ……アイル……肌の部分に色がついてる!」
「な、なんだって!」
さっきまではプリントされた男の子のイラストは洋服にしか色がついていなかったのに肌の部分に色がついていた。
あと色がついていないのは髪だけ……最後の一つをクリアすれば、ここにも色がつくんだよね? どんな色をしているんだろう。
「色のついた場所が増えたってことは、クリアしているってことだよね……」
「そうだな、でもどうして突然……」
アイルは気がついていないようだけど、わたしには理由がすぐにわかった。それはアイルが自分のことよりも、わたしのなくしたキーホルダーが見つかったことを心から喜んでくれたやさしさが良いこととして認められたんだということ……。
「とにかくこれで二つクリアだね! おめでとうアイル! ……アイル?」
さっきまで普通に話をしていたのに急にアイルが黙ってしまった。ゆすっても反応がない……。
たぶん、濡れたままで元気がなくなっているのかもしれない。さっきだって水分を絞ったら気がついたもの……なんとかしないと……でも、どうしたらいいの?
「そうだ! たしか商店街にコインランドリーがあった! あそこにいけばアイルをもとに戻せるかも!」
ポシェットの中に入れていたお財布を確認すると千五百円あった。これだけあればコインランドリーの洗濯乾燥機を使えるかもしれない。
わたしはアイルを抱きしめたまま、商店街のほうに向かって、やまない雨の中を走る決意をした。
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