十一章 涙の理由は知っている
十一章 涙の理由は知っている
商店街の先にある自動販売機の前に到着したけど、キーちゃんの姿は見当たらない。
「いないね……」
「残りは公園だな。そこにもいなければ、もうぼくらには見当がつかないぞ」
「そうだね。ここからなら遠くはないし、急いで向かおうよ」
「そうしよう」
「あっ、ちょっとまってアイル」
「どうしたんだよ」
「キーちゃん朝からなにも食べていないと思うの。だからジュースだけでもと思って」
「ぼくも食べてないけどね」
「アイルはもともと食べられないでしょ」
ここで出会ったときに、キーちゃんが飲んでいたオレンジジュースのボタンを押した。あのとき、わたしはキーちゃんに、どうしてこの場所にいるのかを質問したんだっけ……たしか、お休みをもらっているって答えていた。もしかすると、この町で心をいやせる場所を探していたのかもしれない。
あのときは気づいてあげることはできなかったし、今のわたしに、なにができるかわからないけど……キーちゃんの力になってあげたい。
スマホの画面を見る――さっき送ったメッセージへの返事はきていなかった。
時間はまだ九時前……このまま公園に向かってキーちゃんを見つけられたらアイルの良いこと探しもなんとかなりそう。
「アイル! キーちゃん見つけたら、すぐに良いこと二つクリアしようね!」
「もちろん!」
自動販売機をあとにして塀の角を曲がる――。
「あっ!」
突然、目の前に現れた人と激しくぶつかってしまった。
「おっと、ごめんよ。けがはないかい?」
見ると、お父さんと同じくらいの年齢の男の人だった。心配そうに声をかけてくれたけど、わたしは一言だけ謝って先を急いだ。
公園の中へ入ってすぐ、ベンチに座ってうつむいているキーちゃんの姿を見つけた。名前を呼びそうになったけど、思いとどまってゆっくりとアイルを抱きしめたまま近づく。
正面に立つと、キーちゃんはうつむいていた顔をゆっくりとあげた。目と鼻がほんのり赤くなっている。きっと、今まで泣いていたんだ……。
「こんなに早く見つかっちゃうなんて、あたしかっこわるいね」
「……大丈夫?」
「ごめん……」
「となり……座ってもいい?」
コクンとうなずくのを確認して、ベンチに腰をかけた。
きっと傷ついているんだ……笑顔でいてほしいのに、なんて言葉をかけたらいいの? わからない。
「なんだか疲れちゃった……もうアイドルやめちゃおうかな」
「そんな! ネットでキーちゃんのことを悪くいう人たちなんて気にすることないよ!」
「琴葉、知ってたんだ……」
「あ……ご、ごめんなさい。キーちゃんが寝ているとき、スマホの画面がついたままで、消そうと思ったら……気になって読んでしまったの」
「べつに謝らなくていいよ……なんかアレ見てたら、言われても仕方がないのかな? なんて思うこともあるし。あたし、なんでアイドルやってるんだっけ」
――そんな悲しいことを言わないでほしい。
「さっきから黙って聞いていればなんだよ! アイドルやめる? なんでやってるかだって? なにか大切なことを忘れているんじゃないのか?」
「アイル! ちょっと言いすぎ!」
ずっと静かにしていたアイルが、突然まくしたてるように声を出したことに、わたしは黙っていられなかった。
「なによ……アイルくんはまだアイドルを経験したことがないから、わからないんだよ」
「わからないね。ぼくはアイドルになってみんなに笑顔を届けることしか考えてないからな。応援してくれているファンの笑顔を忘れたのか? そこに喜びを感じたことはないのか?」
「忘れてないよ! みんなが応援してくれて! 喜んでくれて! 嬉しくないわけないじゃない! でも悲しいことだって……あるの……」
キーちゃんの気持ちはわかる気がする。きっといろいろなことを我慢してきて今日まで頑張ってアイドルをしている。知ったように陰口を叩かれたら悲しくだってなっちゃうよ。
わたしならすぐにやめてしまうかも知れない……でもキララちゃんは、今日までそれに耐えて、みんなに笑顔を与え続けてくれたんだ!
だから――。
「わたしはね、キーちゃん……キララちゃんの笑顔が大好き! 歌も好き! ぜんぶ好き! 誰よりも応援してるの! だからキララちゃんを大好きなわたしの、ファンのみんなを信じて!」
「琴葉……」
「ほら、琴葉のような熱心なファンの夢や想いに、今までだって心を動かされたことがあったんじゃないのか? そのときの気持ちを思い出せよ。きっとそれが、きみの支えになってくれるはずだぜ」
「アイルくん……」
アイルの言葉がわたしの心に響いた。そうだ、キーちゃんには多くの人が味方をしてくれている! だからそれだけを見ていてほしい!
「あの……すみません」
突然、女性が声をかけてきた。幼い女の子を連れているから、きっとその子の母親だ。
「は、はい。なんですか?」
「いきなり、ごめんなさいね。となりに座っている女の子、もしかして
「え?」
そうか……今は変装もしていないし、どこから見てもキララちゃんだ。ファンならすぐにわかってしまう。どうしよう……うまくごまかしたほうがいいよね?
「はい。あたしは星志野キララです」
「キーちゃん……いいの?」
わたしの言葉にコクンとうなずいてみせる。正体を明かしてしまって少し心配だけど、本人がいいと言うのなら、きっと大丈夫なんだよね。
「あたしにご用ですか?」
言うとキーちゃんはニコッと輝くような笑顔をして見せた。とてもさっきまで泣いていたとは思えないその表情は、普段テレビで見るキララちゃんそのものだ。
「ななこちゃん! よかったわねぇ。実はこの子が大ファンなんです。お散歩をしていたらベンチのほうを指さして、キララちゃんがいるなんて言い出したものですから」
母親は、女の子の手を引く――けど、恥ずかしがっているのか母親のうしろに隠れてしまった。
「わぁ、かわいい。ななこちゃんって言うのね! キララだよ。ほら、おいでぇ」
キーちゃんは地面にしゃがんで女の子に向かって両手を広げる。その姿があまりにも可愛くて、わたしがその腕の中に飛び込みたくなっちゃう。
「あら、いいわねぇ。ほら、大好きなキララちゃんよ」
「ななこちゃん。キララと遊んでほしいな!」
キーちゃんの呼びかけに、恥ずかしがっていた女の子は母親の脚から静かに手を離して歩き出した。
女の子のまっすぐな瞳はきらきらと輝いていて、キーちゃんに憧れているのが伝わってくる。
「こんにちは。ななこちゃんは、なんさい?」
「……五さい」
「それじゃあ幼稚園生かな? キララのファンでいてくれて嬉しいな!」
「あのね。キララちゃん大好き、頑張ってね!」
「……う、うん。頑張る……頑張るね! ありがとう」
「ほら、ななこ。お姉ちゃんたちのご迷惑になるから、そろそろいきましょうね。家に帰ってテレビ見るんでしょ?」
母親は軽くお辞儀をすると、ななこちゃんの手を引いて歩き出す。女の子は途中、なんども振り返り、わたしたちに向かって大きく手を振ってくれた。
「琴葉、アイルくん……あたし頑張るよ」
「ほんと?」
「ななこちゃんから、あんな純粋に見つめられたら頑張らないわけにはいかないもの……あたし、アイドルやっていてよかった。ずっと忘れてしまっていたのかも知れない……あの瞳に心を動かされてきたこと」
キーちゃんの目はうるんでいるように見えるけど、この涙は悲しいときのものじゃない……もう心配はなさそうだ。
「琴葉、もう大丈夫そうだな」
「うん」
わたしの胸に飛び込んできたアイルが、ささやくように言ってきたので小声で言葉を返した。
「あっ……スマホが鳴って……お母さんからだ! 通話だなんて、どうしたんだろう」
「急用かもしれないから、早く出たほうがいいんじゃない?」
キーちゃんに言われてあわててスマホを耳に当てる――もしもし、とお母さんの声が聞こえてきた。
「お母さん、なにかあったの?」
『琴葉。キーちゃんは見つかった?』
「え? うんって、お母さんどうしてキーちゃんと一緒にいること知ってるの?」
『琴葉も一緒でよかったわ。あと少しで着くからおとなしく公園でまっていてちょうだい』
「もうすぐ着くって……えぇえええ! どうしてぇえええ!」
『とにかく、そこにいてちょうだいね』
「う、うん。わかった」
返事をすると通話は切れてしまった。
「琴葉、驚いていたみたいだけど、なにかあったの?」
「それが、お母さんこっちに向かってるらしいの」
「え! どうして? 琴葉が連絡したの?」
「ううん、なにもしてないよ。なんでわかったんだろう……」
「とりあえずお母さんがきたら、ぼくはおとなしくしているよ」
「うん。そうだね」
それにしても、どうして公園にいるってわかったんだろう……家を出るときに行き先は伝えないで出てきたと思ったんだけど。
「ねぇ、琴葉。ずっと気になってたんだけど」
「なに?」
「ベンチに置いているジュース、開いてないみたいだけど、飲まないの?」
「あ……」
そうだった! キーちゃんにあげようと思って買ってきたんだった。
「えっと……飲む?」
「いいの?」
「うん、これキーちゃんにあげようと思って買ったの。だから飲んで」
「ありがとう、正直お腹が空いてたんだ。ねね、一緒に飲もうよ」
「うん!」
キーちゃんとかわりばんこで飲んだオレンジジュースは、ぬるくなっていて少し残念だったけど、冷えているときよりも甘く感じて美味しかった。
しばらくすると、うしろからわたしの名前を呼ぶ声がしたので振り返る――と、そこにはお母さんともう一人、知らない女の人が立っていた。
見た目はお母さんと同じくらい? スーツ姿のすらっとした綺麗な人だ。
「「お母さん!」」
言葉が重なった。なぜかキーちゃんまで、一緒に驚いている。
「キララ……みんな心配してたのよ」
お母さんのとなりに立つ女の人はキララちゃんの名前を口にした。
「ごめんなさい……お母さん」
「もしかして……キーちゃんの?」
「うん、あたしのお母さんなの」
「わわっ! あの、
「知っているわよ。キララのお友達になってくれてありがとう琴葉さん」
「い、いえ。そんな!」
もうびっくり! でも、なんでわたしのお母さんと一緒にいるんだろう?
「ねぇ、お母さん。どうしてキーちゃんのお母さんと一緒なの?」
「ふふ。おどろいた? じつはね、キーちゃんのお母さんとは同級生でお友達なのよ。琴葉は覚えていないでしょうけど、赤ちゃんのときに一度だけ二人は会ったことあるのよ」
「えぇええー! ウソでしょ!」
キーちゃんもびっくりしたようで、目を丸くしている。
そんなの聞いてないよぉ。
「ねぇ、お母さん。もしかして最初からキーちゃんのことキララちゃんって、気がついていたの?」
「そうね。気がついていたわ」
「そんなぁ」
「だから琴葉たちが部屋にいったあと、すぐにキーちゃんのお母さんへ連絡をして、家に泊まる許可をいただいたの」
「そうだったんだ……でもどうして、わたしがキーちゃんと公園にいるのがわかったの?」
「琴葉さん、それはね。キララは人気アイドルってこともあるし、危険に巻き込まれる可能性もあるから、スマホで位置情報がわかるようにしていたのよ」
わたしの疑問にキーちゃんのお母さんが答えてくれた。
「今朝、琴葉はキーちゃんが自宅に帰ることを知らなかったみたいだし、気になってキーちゃんのお母さんに連絡してみたのよ。そうしたら戻っていないって聞かされてね。あなたたちを探していたの」
「それで、キララのスマホの位置情報を確認したのよ。それを琴葉さんのお母さんに伝えたら、もしかしたら二人が一緒にいるかもしれないって」
「それでお母さん、わたしのスマホに連絡してきたんだ……」
「そうね。琴葉もちゃんと話さないとダメよ。なにかあってからじゃ遅いんだから」
「う、うん。ごめんなさい」
今になって思うと、すんなりとキーちゃんのお泊まりの許可が出たのは、ぜんぶ知っていたからなんだ。見たこともない女の子を連れてきて、なにも聞かないわけないものね。
「琴葉ちゃん、ごめんなさい。少しキララと二人でお話をさせてくれる?」
「えっと……」
「琴葉、こっちにいらっしゃい」
「う、うん」
お母さんと一緒に少し離れた木の下へ移動した。そういえばアイルを連れてくるのを忘れてしまったけど、真剣になにかを話し合っている様子を見ていると、今は近づくことができそうにない。
「ねぇ、お母さん。キーちゃん大丈夫かな? 怒られちゃう?」
「そうね、でも大丈夫よ。それとイベントも中止にはならないと思うわ」
「え? ほんと? どうして?」
「きっとすぐにわかるわよ。あら、キーちゃんこっちに走ってきたわ。お母さんは向こうにいってるわね」
キーちゃんがアイルを抱きしめてわたしの前にきた。
「琴葉!」
「キーちゃん! 大丈夫だった?」
「うん。心配かけてごめんね……」
「琴葉、ぼくのことを忘れていっただろ?」
「あ……ごめんアイル。うっかりしちゃった」
「まったく」
アイルは少し不機嫌そうだけど、本気で怒っているわけじゃなさそう。
「琴葉、聞いてほしいの!」
「は、はい。聞きます」
キーちゃんがあまりにも真剣な顔で言ってくるから、思わず丁寧な言葉で返しちゃった。ちょっと恥ずかしい……。
「……あたしいろいろと悩んでしまってアイドルが嫌になりかけてたの……それでね、本当は昨日もお仕事が入っていたんだけど、そこからも逃げてしまって、家出みたくなっちゃった……でも琴葉やアイルくん、さっきのファンの子と話をして思い直したの。だからもう大丈夫だから……その……二人ともありがとう。えっと……上手く伝えられたかな」
「うん……伝わったよ。わたし応援してるから!」
「同じく応援してるよ。まぁ、いずれ、ぼくの人気に嫉妬して悩んでしまうかもだけどね」
「ふふ、アイルくんには負けないわよ!」
「それじゃあキーちゃんは、今からお仕事がんばらないとな。ぼくは琴葉と残りの良いことをクリアする」
「え? なにを言ってるの、アイル。キーちゃんも一緒でしょ」
「琴葉、ごめんなさい。あたし、一緒にはいけないの……」
「え? どうして?」
「昨日お仕事から逃げてきちゃったって話、したでしょ? その仕事、お母さんが今日までスケジュールを伸ばしてくれていたの。あたしのためにたくさんの人に迷惑をかけてるし、これ以上わがままを言うわけにはいかないわ。それにファンのみんなのために頑張りたいの! だから、ごめんね……琴葉、アイルくん」
キーちゃんは本当に申しわけなさそうな顔をして頭を下げた。両手がギュッと力強く握られているのが目に入る。きっと本音はわたしたちと一緒に行動をしたいんだと思う。でもアイドルとして多くの人のためにやることがあるんだ。キーちゃんにはキーちゃん自身の良いことをクリアしなくてはいけないんだと思う。
「大丈夫だよ! 残り二つの良いことは、わたしとアイルで頑張ってクリアしてみせるから! だから、わたしやファンの子たちのために頑張って!」
「琴葉……」
「キーちゃん」
わたしたちはアイルを挟むように、ぎゅーって強くハグをした。
「キララ、そろそろスタジオに向かうわよ。急いで」
ベンチのほうからキーちゃんのお母さんが呼んでいる。
「いかなくちゃ……」
「……良いことクリアしたら連絡するね」
「うん、まってるから」
キーちゃんは手を振りながらお母さんのところへいったかと思うと、なぜかわたしのもとへ戻ってきた。
「ん?」
「琴葉! 一緒に写真いい? 新たなスタートとしての記念に!」
「う、うん! もちろんだよ!」
キーちゃんはスマホの画面に入るよう、体をよせる。もちろんアイルも一緒。
「琴葉かわいいーね!」
「キーちゃんもめっちゃかわいいね!」
「ぼくは?」
「「かわいいね!」」
「それじゃあいい? 撮るよ!」
キーちゃんのかけ声のあと、カシャっとスマホからのシャッター音が公園に響き、最高のかわいいが記録された。
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