十章 怒らせてしまった?
十章 怒らせてしまった?
お風呂を出て、洗面所で髪の毛を乾かしてから部屋へ戻ると、ベッドの横にお布団が敷かれていた。アイルはそのお布団の上で目を閉じているみたいだし、たぶん寝ている。
お揃いのうさぎ柄のパジャマを着ているキーちゃんが、わたしに気がつきスマホから目を離した。
「おかえり琴葉。もうすぐ二十三時になるけど、そろそろ寝る?」
「そのほうがいいかもね。明日は、歩き回ることになるだろうし」
「賛成だな。明日はついにボクが人間の姿になってアイドルデビューをする日だからね。たくさん寝ておかないと」
「アイル起きてたの? いつもよく寝てるけど、そんなに眠いの?」
「寝る子は育つって言葉があるんだぜ? 知らないのか?」
いつのまにか目を覚ましていたアイルはそれっぽいことを言ってきたけど、抱きまくらがどう育つのか、ぜんぜん想像ができない。
「じゃあ寝ようか。キーちゃんはお布団でいいの? わたしのベッドと交換してもいいよ?」
「ううん、こっちで大丈夫。それにお布団のほうが旅館にきたみたいで嬉しいかも」
「それ、わかる気がする。アイルはどっちで寝るの?」
「ぼくはベッドにするよ。でも琴葉、ぼくを抱きしめて寝るのはやめてくれよな」
「はいはい、アイルは抱きまくらじゃないんだもんね」
「そのとおり!」
「それじゃあ部屋の電気を消すね」
アイルとキーちゃんが横になったのを確認して部屋の明かりを消した。
ベッドに入って目を閉じる――けど、なかなか眠れない。今日はいろいろなことがあったし疲れているはずなのに不思議と目が冴えている。
「琴葉……起きてる?」
キーちゃんのいるほうへ寝返りをうつと、わたしを呼ぶ声がした。キーちゃんも眠れないでいたのかもしれない。
「起きてるよ。寝れないの?」
「うん……なんだかいろいろ考えちゃって……」
「そうなんだ……」
「眠くなるまで、このまま少し話さない?」
「うん。いいよ」
そういえばずっと気になっていたけど、キーちゃんなにかあったのかな? イベントも中止になるかもなんてネットで流れていたし、お母さんの話だと体調がよくないってテレビでは言われていたみたいだけど……もしかしてわたしの家に泊まりたい理由もそれに関係している?
「あのさ……琴葉はなんで、あたしを推してくれているの?」
「えっ? だってキーちゃんは可愛すぎるし歌も上手いし、憧れちゃうこといっぱいあるけど、なんていうかお仕事を大切にしているなって感じがして……心の底からアイドルを楽しんでるキララちゃん……キーちゃんがすてきだから大好きなんだと思う」
「そっかぁ……心の底から楽しんでるかぁ……本当にそうなのかな……」
「どういうこと?」
なんだかキーちゃんの様子がおかしい。
「いつからだろうね……期待に応えなきゃとかさぁ……結果を出さなきゃってことばかり考えるようになってしまって、仕事が増えるのは嬉しいんだけど……なんかどんどん自分じゃなくなっていくような……だからいろいろなこと言われ……ううん、なんでもない。上手く言えないや」
「そんな……キーちゃんは頑張ってるよ! だから自信もってもいいと思う!」
「ありがとう。でも、たぶん琴葉にはわからないよ」
「でも、キーちゃんは本当にすごいって、わたし思うの!」
「もういいよ!」
「キーちゃん……」
キーちゃんの言うとおりかも……わたしはアイドルでもないし働いたことだってない。だから心の底から理解してあげることはできないかもしれないけど……ずっと応援してきたんだもん、元気づけてあげたい! けど――なんて声をかければいいのかわからない。
「もうこの話はやめるね……」
「キーちゃん……怒ってる?」
「ごめん。もう寝よ」
「……うん」
キーちゃんは今のアイドル活動になにかしら不安をもっているのもしれない。テレビの中では、ぜんぜんそんな感じはしなかったけど、きっとわたしの知らないところで、いろいろなことを抱えているんだ――……。
――お手洗いに、いきたくなって目が覚めた。
いつのまにか眠ってしまったみたい……。
キーちゃんに目を向けると手元からスマホが落ちていた。画面が表示されたままだから、きっと見たまま眠りについてしまったんだ。
画面をオフにしてあげようとスマホを手に取る――と、そこに表示されていた文章が目に入ってしまった。
「なに……これ……」
スマホの画面にはキララちゃんにたいする誹謗中傷の言葉が書かれていた。そこにはつくり笑顔だとか、いい気になっているだとか、読んでいて気分が悪くなるものばかりで、とてもファンが口にするようなものとは思えないものばかり。
こういうサイトがあるのは知っていたけど、正直いい気分じゃないし、今まで見ないようにはしていた。ここに書き込みをしている人たちはキララちゃんのことをなにも知らないくせに、勝手なことばかり書いてひどい……。
こんなの見せられたら……。
はっとしてキーちゃんの顔をみる――部屋は薄暗くてよく見えないけど、悲しそうな表情をしているように感じた。
「キーちゃん……」
キーちゃんはずっとこういった心ない人たちの言葉に耐えながら頑張っていたんだ……イベント中止のこともこれが原因? 明日アイルのほうが解決したら、今度はキーちゃんの力になってあげたい。
わたしはスマホをそっとキーちゃんのまくらもとに置いてお手洗いへと急いだ。
二日目の朝……スマホのアラームが鳴るより先にアイルが起こしてきた。今日中に残り二つ、良いことをクリアしないとダメなのだから気合いが入るのはわかるけど、七時になる前だなんて、わたしには早過ぎる。
「ねぇ、アイル。まだ朝ご飯だって用意されてないよ? わたしもう少し寝るから」
「なに言ってるんだよ! 早く準備をしておかないと! 今日しか残されていないんだぞ?」
「まだ頭が、ぼーっとしちゃって無理だよ」
「しっかりしてくれよな! キーちゃんを見習えよ。ほらっ! 布団だって綺麗にたたまれてるじゃないか」
本当だ……もう起きていたの? 芸能人は朝の早い時間からお仕事をすることもあるみたいだから、早起きにもなれているのかもしれない。
「ねぇ、アイル。キーちゃんどこへいったの?」
「さぁ、ぼくが目を覚ましたときには見かけなかったからね。お手洗いにでも、いったんじゃないのか?」
「ふーん。じゃあせめてキーちゃんが戻ってくるまでは寝かせてよ」
「仕方ない。戻るまでだぞ」
「はーい」
アイルの許可が出たのでベッドの中にもぐる。
キーちゃんが戻るまでってことは、あと二分くらいは目を閉じていられるよね。それにしてもアイルは早く起きすぎだよ。いったい何時から起きている……ちょっと、まって――わたしがアイルに起こされたのは六時を二十分すぎたくらいだった。たしかアイルはそれより先に起きていたんだよね? だとしたら、おかしい……。
「ねぇ! アイルが起きたのって何時?」
「いきなりなんだよ! 寝るんじゃなかったのか?」
「いいから質問に答えて!」
「なんなんだよ。よくわからないけど、琴葉よりもずっと早く起きていたけど」
「わたしを起こすまでキーちゃんの姿は一度も見てないの?」
「ああ、ぼくが目を覚ましたときは、部屋にいなかったし布団もたたまれてたね」
スマホの時間は六時三十分を表示している。アイルが起きてから、もうだいぶ時間が経っているよね? いくらなんでもキーちゃん遅くない? なんだか嫌な予感がする。
わたしはベッドから飛び起きてキーちゃんを探しにお手洗いへ走る。
「いない……」
洗面所にも見当たらないのでリビングを確認すると、お母さんが朝食の準備のためキッチンに立っていた。
「あら、琴葉おはよう。早いのね? キーちゃんと一緒に起きていたのかしら?」
「お母さん! キーちゃんどこにいるの?」
「どこって、キーちゃん自宅に帰ったんじゃないの?」
「え?」
「今朝、トイレの前で会ったとき、そう言って出ていったわよ? 朝食をとってからにしたらって言ったんだけど断られちゃったのよ。なにか急ぎの用事でも、できたのかしら?」
そんな……アイドルのお仕事をしにいったとか? ううん……そんなわけない。だって今日、一緒にアイルの良いことを探すって約束していたもの。
もしかして夜中に話していたことで怒って出ていってしまったのかな? あのときのキーちゃんは少し様子がおかしかったし……だとしたらどうしよう。お母さんにはキーちゃんの正体は秘密だから詳しい話はできないよね……まずはアイルにこのことを知らせなくちゃ。
「ごめんお母さん、わたし部屋に戻るね」
「もうすぐ朝食できるわよ?」
「すぐ戻るから。あ、そういえばお父さんは?」
「お父さんは、仕事の都合で帰れなくなってしまったらしいの。明日の夜には戻ってくるってメッセージには書いてあったわ」
「そうなんだ……それじゃあいくね。すぐ戻るから!」
「わかったわ。琴葉がリビングに戻ったらトーストを焼くわね」
部屋へ戻ると、アイルはまだベッドの上にいた。
「おかえり琴葉。あれ? キーちゃんはどうした? 探しにいったんだろ?」
「そうなんだけど……」
キーちゃんがもうこの家には、いないことを伝えると、アイルは不機嫌そうな表情を浮かべた。
「なんだよ。一緒に良いこと探しをするんじゃなかったのか?」
「うん……あのさ、もしかしたらキーちゃんがいなくなったの、わたしのせいかもしれない」
「どういうことだよ」
昨日の夜からキーちゃんの様子がおかしかったことや、そのことで少し気まずい雰囲気になってしまったこと、そしてネットに書かれていた誹謗中傷のことなど、わたしはすべてをアイルに話した。
「そんなことがあったのか」
「うん。わたしキーちゃんは自宅には戻っていない気がするの……まだ遠くへはいっていないかもしれないし、今から探しにいこうよ」
「うーん……ぼくのほう……」
「どうしたの? なにか問題ある?」
「いや、なんでもない。そうだな、キーちゃんを探しにいこう」
「うん!」
朝食を急いで食べて、クローゼットの中から動きやすそうなパンツスタイルのものを選んで着替える。
ポシェットにつけた青いうさまるのキーホルダーを確認したわたしは、アイルを抱きしめ玄関から飛び出した。
しばらく走ると突然スマホへメッセージが届いたことに気がつく――足を止めて画面を確認すると、それはキーちゃんからだった。
「アイル! キーちゃんからメッセージがきた!」
「本当か! なんて書いてあるんだ?」
「まって! 今、読んでみるね『琴葉、突然いなくなってごめんなさい。わたしを応援してくれている琴葉といるのがつらくなってきちゃったんだ。少し一人になりたいの。あたしのことは心配いらないから、アイルに協力できなくてごめんなさいって伝えておいて。本当にごめんなさい』……キーちゃん……」
そうか……アイルの良いこと探しもしないといけないんだ……でも、キーちゃんをほうってはおけない。心配いらないなんて言っているけど、夜のことを考えたら絶対に大丈夫なんかじゃないもの。きちんと会って話さないと!
『どこにいるの?』とメッセージを返す――既読はついたけど、返事は戻ってこない。
「この感じだとやっぱり自宅には戻っていないような気がする」
「そうだな。ところで、どうやってキーちゃんを見つけるんだ? こんなこと言いたくはないけど、ぼくのほうも返品の日がせまっているからな。そんなに時間はかけられないぞ」
たしかにアイルは今日のうちになんとかしないといけないから、早く見つけ出さないと時間がなくなっちゃう……でも、たぶん大丈夫。なんとなく居場所は見当がついている。
「ねぇ、アイル。キーちゃん、この町になれていない感じだったでしょ? だからあまり知らないような場所にはいかないと思うの」
「なるほどな……となると、キーちゃんが知っている場所か……」
「わたしとキーちゃんがはじめて出会った自動販売機の前と……」
「公園か!」
「うん!」
「いこう、琴葉!」
わたしはアイルを抱きしめて商店街へと急いだ。
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