八章 大切なキーホルダーと友情
八章 大切なキーホルダーと友情
三人でこれからのことを考えていたら、ピンポーンとインターホンの鳴る音が聞こえてきた。ときどきお隣に住んでいるお母さんのお友達が遊びにくるので、それかもしれない。
「琴葉、インターホンが鳴ったけど出なくていいの?」
「普段はわたしが出ること多いけど、今はキーちゃんもいるし、お母さんが出てくれると思う」
廊下をパタパタと歩くスリッパの音が通りすぎていく。
「ほらね」
「本当だ」
気にせず話を続けていると、コンコンとドアを叩く音がしてお母さんが顔をのぞかせる。
「琴葉、ちょっといい?」
「なに? お母さん」
「今、お隣の川村さんがきていて、ケーキをいただいたの。食べるかしら?」
「ケーキ! やった! キーちゃんはケーキ大丈夫?」
「うん。大好きだよ」
「お母さん、キーちゃんも食べれるって!」
「それじゃあ用意するわ……きゃっ! 大変!」
「え?」
お母さんが部屋から出ようとすると、子犬が突然ドアの隙間から飛び込んできた。
「わわわっ! なになになにー!」
子犬は見たところヨークシャーテリアという種類だったと思う。このあいだ動物番組で見たばかりだから覚えている。どうして、わたしの部屋に?
「琴葉! その子犬、川村さんの家の子なのよ! 捕まえてくれる?」
「う、うん」
「あたしも協力するよ!」
キーちゃんは言うと、部屋のすみでじっとしている子犬に、そーっと手を伸ばす――と、子犬はその手をすばやくよけて部屋をグルグル走りまわる。
「ぐはっ!」
子犬が抱きまくらの上にとびのった瞬間、アイルの口から声がもれた。
「あら? 今、男の子のような声がしなかった?」
「してないしてない! ね! キーちゃん」
「う、うん! あ、あたし驚いて声が出ちゃったかも!」
「あら、そうなのね。びっくりしたわ」
ふぅ……なんとかごまかせたみたい。とりあえず子犬をどうにかしないと! このままじゃ部屋の中がめちゃくちゃだよ。
「琴葉! うさまるがっ!」
「えっ! あぁあああっ!」
キーちゃんの指さすほうを確認してみると、子犬がわたしの赤いうさまるのキーホルダーを口にくわえていた。
「ちょっと! ウソでしょ!」
ベッドの前にいる子犬はうなりながら、わたしを見つめている。興奮させないようにそっと近づかないといけない。
「いい子だから、じっとしててね」
ゆっくり前に……あと少し……落ち着いて……。
「いい子だねぇ……よしよし」
今だっ!
「あぁああっ!」
素早く両手を伸ばすと子犬は真横に向かって走り出し、お母さんの足のあいだを抜け、部屋から出ていってしまった。
「まてー!」
子犬を追いかけて部屋を出ると、なんどか顔を見たことのあるおばさんが『あっちにいったわ』と指をさし言ってきた。お隣に住む川村さんだ。
リビングへ入ると子犬はソファの上でうさまるをくわえたまま、ブンブンと頭を振りまわしている。
「やめて! 壊れちゃう!」
うさまるのキーホルダーは布製の小さなぬいぐるみだから激しく扱うと切れてしまうかもしれない――どうしよう……。
「琴葉! これ!」
キーちゃんが目の前にアイルを差し出してきた。
「つれてきちゃった。はいどうぞ!」
「琴葉はぼくを使って、子犬をできるだけ部屋の角に追い込んでくれ」
キーちゃんから受け取ると抱きまくらのアイルは耳元でささやくように言ってきた。ぼくを使えって……これで押さえつけろってことぉ?
「あたしは部屋から出ないようにドア閉めてくる!」
「う、うん」
抱きまくらを盾のようにして、ゆっくりと近づく――と、子犬はソファからとびおり、キッチンのほうへと走っていった。あっちは行き止まりだ! チャンスかも! キッチン台と冷蔵庫のあいだをキーちゃんと横並びに隙間をふさぎ、奥の行き止まりの壁に少しづつ追い込む。
子犬はうさまるをくわえたまま動かない。
「琴葉、アイルで距離を縮めて動けなくして。あたしが子犬を捕まえるから」
「わかった」
二人で、そーっと抱きまくらで逃げ道をふさぐように距離を縮めると、子犬はほとんど自由に動けなくなっていった。
「えい!」
キーちゃんは素早く両手を伸ばすと、いき場を失っていた子犬を捕まえた。
「やった! 琴葉、捕まえたよ! うさまるを口から取って!」
くわえられた赤いうさまるを取ろうと引っ張るけど子犬は離そうとはしない。
「すごい力……どうしようキーちゃん。離さないよ」
「二人ともこれを使ってみてちょうだい」
うしろからの声に振り返ると、そこにはお隣さんの川村さんが手にクッキーのようなものをもって立っていた。
「これワンちゃん用のクッキーなんだけど、その子の好物なのよ。これを見せたらきっと、口を開くと思うわ」
クッキーを受け取り子犬の口元に近づけると鼻をクンクンする――と、口が開いてうさまるは床に落ちた。
「琴葉! 早く拾って!」
キーちゃんの声に、わたしはうさまるを拾い上げる。
「やった!」
手にしたうさまるを確認してみると、うさぎの耳の部分が今にもちぎれそうになっていて、中の綿が出てしまっていた。
「ウソ……わたしのうさまるが……」
きっと激しく振りまわされていたときに……どうして? 手元のうさまるがぼんやりしてきてハッキリと見えない……わたしの大切なうさまるが、こんなにもボロボロになってしまった……。
「……琴葉」
キーちゃんはうさまるをもつわたしの手を握って一緒に泣いてくれた。
川村さんは本当に申しわけなさそうに、なんども謝ると子犬をつれて帰っていった。
お母さんはケーキを用意してくれたけど、今はそういう気分にはなれなかったからキーちゃんには悪いと思ったけど、あとで食べることにして部屋に戻った。
「琴葉、少しは落ち着いた?」
「……うん」
うさまるを部屋のテーブルの上に置く。お母さんはあとで縫い直してみると言ってくれたけど、完全にもとの形にもどすのは難しいと思う。
「これ、もう新しいのは手に入らないよね……」
「うん……とくに会員番号十番までのうさまるは、もう作られることはないと思う」
キーちゃんは申しわけなさそうに答えてくれた。べつにキーちゃんが悪いわけじゃないから、わたしのほうこそ謝らなくちゃと思った。
「ごめんね、キーちゃんに気を使わせちゃって」
「ううん。大丈夫」
机の上に置かれたうさまるを手にして眺めていると、また目の前がぼやけてきた……鼻もぐしゅぐしゅする。
「うぅ……」
「琴葉、こっち向いて」
うさまるをじっと見つめていると、キーちゃんがわたしの肩をやさしくトントンと叩いて呼んだ。キーちゃんのほうを見たいけど、涙がボロボロ落ちてきているし、きっとすごい顔をしている。こんな顔を見せたくない……。
キーちゃんは気を使ってくれたのか、それ以上は声をかけるのをやめ、今度はそっとわたしの手からボロボロになったうさまるのキーホルダーを抜き取ると、替わりになにかを握らせてきた。
「琴葉、手を開いてみて」
やさしくキーちゃんが言った。
言われたとおりに、手をゆっくり開いてみる――。
「これ……」
わたしの手のひらには、青いうさまるのキーホルダーがあった。え? なんで? どういうこと?
「琴葉にあげるよ!」
「え……だ、ダメだよ! これはキララちゃんのためだけに作られた大切なものじゃない!」
「いいの! もらってほしいの!」
「でも……」
「もらってくれないなら、琴葉と絶交だからね!」
「え! そんな強引すぎるよ……」
「いいから……わたしが琴葉にプレゼントしたいの。だから遠慮しないで受け取って!」
キーちゃんの表情は真剣だ。こんな顔をされたら断れない……それに絶交だなんて嫌だし……でも、嬉しい……。
「キーちゃ……キララちゃん、ありがとう」
「こら、今はキーちゃんでしょ!」
「エヘヘ、そうだった」
キララちゃん……ありがとう。わたしは心の中でだけ彼女の本当の名前を呼んだ。
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