七章 キーちゃん

七章 キーちゃん


 商店街を抜けていつもの坂道を上ると、わたしの家が見えてきた。

「キララちゃん。あの青い屋根がわたしの家だよ」

「綺麗な色だね! あたしのもっている、うさまるの色と似てるかも」

「うん。わたしもあの色が好きなんだ」

 色の中だと青が一番に好きだから、キララちゃんがもっている青いうさまるのキーホルダーがうらやましかった。でもあれは、キララちゃんのために作られたものだから手に入れることはできない。

 手先が器用なわけでもないから自分で作ることはできないし、少しくらいちがう青色でもいいから発売してくれないかな。

「キララちゃんついたよ! ドア開けるね」

「ちょっとまって、琴葉」

 ドアノブに触れるとキララちゃんの手が止めてきた。

「どうしたの?」

「あたしの名前だけど、呼びかたを変えたほうがいいと思うの。キララはまずくない?」

「あ、そうか! なんて呼べばいい?」

「うーん。それじゃあ、キララのキをとってキーちゃんでどう?」

「いいかも! それなら呼び間違えることはなさそうだし」

「じゃあ決まりね! アイルくんも、よろしくね」

「ぼくは、そもそも話したらまずいでしょ」

「あ、そうだったね」

「キララちゃ……」

 ちがった、今からはキララちゃんじゃなくて、キーちゃんって呼ばないと!

「琴葉、キーちゃんね!」

「ごめん。それじゃあキーちゃん、もう入っても大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ」

 キーちゃんはウインクをしながらグッドマークを出してみせた。さすがアイドルはウインク一つでも可愛さの破壊力が高い。わたしが同じことをしても、たぶん人をドキドキさせることはできなそう。

 玄関に入って奥の部屋まで聞こえるように、ただいまのあいさつをする――と、お母さんがリビングから姿を見せた。

「おかえりなさい、琴葉。うしろにいる子がメッセージに書かれていたお友達ね」

「うん。キーちゃんっていうの」

「はじめまして琴葉ちゃんのお母さん! キーちゃんです」

「いらっしゃい。どうぞ上がってちょうだい」

「はい。お邪魔します」

 キーちゃんはお辞儀をすると脱いだ靴を綺麗にそろえている。こういうところも、きちんとしているんだなぁ……。

 でも、そうかと思うと自分のことをキーちゃんです、だなんて自己紹介しちゃったりして、そんな幼い感じも可愛くてもっと好きになっちゃった。

「琴葉。さっきから、なに笑ってるの?」

 耳元でささやくようにキーちゃんがたずねてくる。

「だって、キーちゃんですって……言いかたが、可愛くて」

「仕方ないでしょ! ほかに思いつかなかったんだもの。琴葉はいじわるね!」

「ごめんなさい。でも、本当に可愛かったよ?」

「もう!」

 わたしの背中がポカポカとグーの手でやさしく叩かれる。振り返るとキーちゃんは恥ずかしそうな表情をしていてキュンとしちゃった。


 アイルをソファに置いて、キーちゃんと横並びにダイニングテーブルの席につくと、三人ぶんのオムライスが並べられた。一瞬、アイルのぶんも用意されているのかと思ってしまったけど、一個はお母さんのぶんだ。

「わぁ! おいしそう! 琴葉のお母さんって料理が上手なんだね」

 キーちゃんはものすごくテンションが上がっているし、もしかしたらオムライスが好きなのかもしれない。わたしもお母さんの作るふわとろなオムライスが大好きだ。

「オムライスにしてしまったけど、大丈夫だったかしら?」

 お母さんはサラダを用意しながらキーちゃんに声をかけた。

「すごくおいしそうです! あたしオムライスが大好きなんです。だからテンションあがっちゃいます!」

「うふふ、それならよかったわ。お口に合えばいいけど」

「それなら大丈夫だよ! おかあさんのオムライスは最高だもん!」

「ありがとう琴葉。それじゃあ食べましょうか」

 お母さんも席に座ったので、三人で『いただきます』と食べる前のあいさつをした。わたしはオムライスを口に入れる。

「「おいしいぃいいい!」」

 キーちゃんと食べたタイミングが同じだったみたい。二人の声がかぶってしまったけど、なんだかそれが少し嬉しく感じた。


 お昼ご飯も食べ終わったので、キーちゃんと一緒にわたしの部屋の前まできた。でもよく考えたら、部屋の中はキララちゃんのグッズであふれているんだよね。それを本人が見て引かれたりしたらどうしよう……そういえば、わたしがキララちゃんの大ファンだってことは、まだ言っていなかった気がする。

「琴葉? 入らないの?」

「えーと、心の準備がまだかも……あはは」

「なにそれ? あたし部屋が散らかっているとか、そういうの気にしないよ?」

 そっちのほうがマシかも……でも、自分のことを大好きに思ってくれているファンを嫌だなんて思わないよね? わたしだったら嬉しいもの。

「あのね、キーちゃん。部屋の中を見ても驚かないでね」

「大丈夫だと思うけど、なにか猛獣もうじゅうでもいるの? あっ! 虫とかだったらゴメン! 無理かも」

「ちがうちがう! それ、わたしも無理だし!」

「だったら問題ないよ」

 仕方ない。ここでずっと立っているわけにもいかないし……キーちゃんを信じよう。

「じゃ、じゃあ入って」

 ドアを開けてキーちゃんを部屋に入れる。

「わわっ、琴葉の部屋めっちゃかわいい! 女の子って感じ! あたしの部屋と大違い」

 あれ? なんだか想像していたのと反応がちがう。キララちゃんグッズに気がついていないのかな? そんなことある? だってアクスタだって同じの十個は並んでいるし、そのほかにも缶バッチやポスターだって貼ってあるから目立つと思うんだけど。

 キーちゃんが部屋に入ったとき、視線を向けていたような気がしたんだけどなぁ……あえて無視をしているとか? そうだとしたら悲しい。

 こんなことなら、片付けるまで外でまっていて貰えばよかった。

「あのさ、琴葉」

「え? な、なに?」

「えーと、商店街で会ったときに、赤いうさまるのキーホルダーつけてたでしょ?」

「う、うん」

「あれってさ、ファンクラブの会員番号が十番までの人しか手にいれることができないんだよね」

「あ……うん」

「だから琴葉はきっとあたしのこと、めっちゃ推してくれている子なんだろうなって、ずっと思っていたの。だから部屋へ入ったときにグッズがたくさん並んでいるのを見て、やっぱり! って思ったよ」

 キーちゃん、部屋のグッズに気がついていたんだ! ていうか、はじめて会ったときから、バレバレだったってこと? よく考えたら、あのときキララちゃんの抱きまくらのこともアイルが話してしまっていたし、わたしがキララちゃんを強く推しているのはわかって当たり前だよね。

「あの……わたしのこと嫌いになっちゃった?」

「え? なんで?」

「その……わたしキーちゃんのことが、めっちゃ推しだし、引かれたかなって……」

「引かないし、嫌いになんてならないよ! こんなにも、あたしのことを応援してくれていて嬉しい!」

「本当に?」

「うん。もちろんだよ!」

 たくさんのグッズを見て引かれなくてよかった。なんだかキララ……じゃなくてキーちゃんがわたしの部屋にいるなんて本当に夢みたい。お昼を食べてお腹もいっぱいだし、このあとも、まだまだ一緒にいられるなんて幸せすぎない?

「ねぇ、キーちゃん。このあとどうしようか? ゲームとかする?」

「ゲーム! やるやる!」

「あのさ、盛り上がっているところ悪いけど、二人とも大切なことを忘れてないか?」

 アイルはベッドの上で口を尖らせたような表情をしている。なぜだかわからないけど、機嫌がよくないみたい。

「大切なこと?」

「おいおい……良いこと探しはどうなったんだよ」

「あ……」

「あ、あたしは覚えて、い、いたよ?」

 キーちゃんずるい……。

「とにかくこれからどうするか考えようぜ。ゲームをするならそのあとにしてくれよな」

「そ、そうだね! えーと、どうしようキーちゃん」

「え! いきなりあたしにふる?」

「ごめん! どうしても思いつかなくて」

「でも実際、難しいよね。アイルくんが動いているところは見せたらダメっていうのが、一番の問題だし」

 たしかにそれが一番の心配なんだよね。商店街へいっても、なにをしたらいいのか思いつかなかったし……。

「ねぇ、ふと思ったんだけど、アイルくんってなにができるの?」

「なにがって? ずいぶんと大雑把な質問だな」

「あたしたちってアイルくんの得意なものとそうでないものを理解していない気がするのよね。そういうの、わかっていたほうがいいと思ったから」

 キーちゃんの言うとおりだと思った。アイルにできることを考えたほうが、むやみに動かないで済みそう。そうじゃないと商店街のときみたく、ただ歩いているだけで終わってしまいそうだ。

「ぼくの得意なことか……まぁ、ぼくはアイドルを目指しているからね。みんなに笑顔を届けることだ! 苦手なのは、そうだなぁ……抱きまくらとして扱われることかな」

「なんだかアイルくんの話を聞いていたら余計にわからなくなってきた……」

 キーちゃんは両手で頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。ちょっと大袈裟なうごきでも、なぜか自然に見えてしまうのは、やっぱりアイドルだからなんだと思う。

「ねぇ、アイル。笑顔を届けるのはわかるけど、抱きまくらとして扱われるのが嫌だって、おかしくない?」

「なにを言ってるんだよ琴葉。ちっともおかしくないさ! ぼくは抱きまくらとして生きていくつもりはないんだから当然だろ」

「えー、それじゃあ寝るときは抱きしめて使っちゃダメってこと?」

「当たり前じゃないか」

「そんなぁ……」

「なにをそんなに残念がっているんだよ。それはキララちゃんの抱きまくらを手に入れてからでいいだろ」

「なによもう! アイルは冷たいなぁ」

「とりあえずキララちゃんの抱きまくらのためにも、今は残り二つの良いことをどうするかを考えないとな」

「そうだけどさぁ……」

 なんだか、ぜんぜん話が前に進まない。こんな状態で残りの二つをクリアすることなんてできるのかなぁ……。

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