六章 変装はカンペキ!

六章 変装はカンペキ!


 まさか本物のキララちゃんが、わたしの目の前にいるなんて! これって夢じゃないよね?

「ねえ。名前を聞いてもいい?」

 キララちゃんは地面に落ちた帽子とサングラスを拾い上げ、わたしの顔をまっすぐと見つめてきた。なんだか緊張しちゃう。

「え、えーと……わたしは、日向琴葉っていいます」

「かわいい名前だね。ねね! 琴葉って呼んでもいい?」

「え? は、はい!」

 ウソでしょ……キララちゃんがわたしの名前を呼んでいる。しかも呼び捨てなんて特別感があってキュンとしちゃうよ!

「ところで琴葉は、なんで敬語なの? あたしとそんなに年齢は変わらなそうだしタメ語でいいよ!」

「そ、そんな! ムリです!」

「いいから、いいから。お互い秘密をもっているみたいだし。ね?」

 本当にいいのかなぁ……でも本人がそうしてほしいって、言っているんだもんね。断るほうが失礼かも? よし! ちょっとドキドキするけど……。

「あ、あの。キララちゃんはどうしてこんなところにいるの? 体調がよくないって聞いたんだけど……」

「キララでいいよ」

「そ、それは……なれてきたらで」

 そんな日は、一生こない気はするけど……。

「じゃあ、なれてきたらね! えーと、どうしてここにいるか? だよね」

「うん」

「そうだなぁ……なんて説明したらいいんだろう。ちょっとお休みをもらってる感じ?」

「お休み?」

「そう。お休み」

 やっぱりどこか具合が悪いのかな? でも見た感じ、元気そうだけど。あまりこれ以上は聞かないほうがいいのかもしれない。

「ねぇ、今度はあたしから質問してもいいかな?」

「えっと、はい。じゃなかった! あわわ! ……う、うん!」

「うふふ。琴葉って本当にかわいいね。キュンとしちゃう」

 うわぁ! 本人の生声ではじめて聞いた! キュンとしちゃうはキララちゃんがよくテレビとかで言う口ぐせ。クラスのファンじゃない子でも口にするほどで、流行語のようになっているもんね。それをすぐそばで聞けるなんて……しあわせすぎてキュンが止まらないよぉおおお!

「琴葉、ぼーっとしてどうしたの?」

「だ、大丈夫! なんでもないから!」

「ふーん。あっ、それで質問なんだけど、琴葉はそこの抱きまくらと、どういう関係なの?」

「え? えーと……」

 どういう関係って言われても、そんなこと考えたこともなかった。友達? なんて答えたらいいんだろう。

「あ、ごめんね。聞きかたが悪かったかも。琴葉たちはなにをしていたの?」

「それは……」

 どうしよう……キララちゃんの抱きまくらを取りもどす話を本人の前でするって、恥ずかしすぎない? それに夢を叶える手伝いのことだって、アイルの断りもなく話すわけにもいかないよね。

「なにをしていたかは、ぼくが説明するよ」

 え! アイルが説明するの? もしかして、わたしが困っていたから助けてくれたのかな?

「わぁ! 抱きまくらと会話をするんてはじめて! こんにちは抱きまくらちゃん」

「ちゃんはやめてくれないかな。こう見えても、きみより歳は上だと思うんだよね」

 それはちょっと無理があるかもしれない。白黒でプリントされているアイルの姿はだれがどう見ても幼い男の子だもの。

「ぷっ……あはは、ウソでしょ。どう見ても幼い男の子よ?」

 ほらね。

「なんだよ! そんなに笑うなら教えてやらないぜ」

「えぇええ! そんなこと言わないでよぉ。ねね! じゃあなんて言えばいいのかな? 抱きまくらくん?」

「キララちゃん。その抱きまくらにはアイルって名前があるから、そう呼んであげて」

「そうさ! ぼくにはアイルって名前がある」

「わかった! それじゃあアイルくんでいいかな? 話を聞かせてくれる?」

「仕方がない。特別だからな!」

「やった! あ……そうそう、琴葉が手にもっている、うさまるのキーホルダー返してもらっていい? じつはそれを探しにここへ戻ってきたんだよね」

「う、うん」

 わたしは差し出された手のひらに、青いうさぎのキーホルダーをそっとのせた。


 キララちゃんはジュースを片手に夢中でアイルの話を聞いているけど、わたしには退屈。だって、話の内容はすべて知っていることなんだもの!

 しかもアイルったら、わたしがキララちゃんの抱きまくらを取り戻すためにがんばっていることまで話しちゃうから、なんだか聞いていて恥ずかしかったし……。

「……まぁ、ぼくがアイドルになるための話はこんなところかな」

 キララちゃんと一緒に買ったオレンジジュースが最後の一口になった。ちょうどアイルの話は終わったみたい。

「話はだいたいわかったわ。アイドルになる夢かぁ……それじゃあアイルくんはあたしの後輩になるんだね」

「そうなるのかな? まぁ、ぼくがアイドルになったらサインくらい書いてあげてもいいよ」

「本当? 楽しみにしてるね」

 キララちゃんは、やさしいなぁ。わたしはアイルのサインは正直いらない。

「でも、アイルくん自身が良いことをしないといけないって難しいよね。だれにも見られちゃダメなんでしょ?」

「そうなの。正直どうしたらいいのか、わからなくて」

「今日が土曜日だから、あと二日かぁ……わかった! あたしでよければ協力する!」

「え? 本当に? でもキララちゃん、体調は大丈夫なの?」

「それは大丈夫なんだけど……あのさ、協力するかわりっていったらなんだけど、あたしのお願いを一つ聞いてくれる?」

 なんだろう……わたしがキララちゃんにしてあげられることなんてあるのかな?

「えっと、お願いってなに?」

「あのね、あたしを数日でいいから琴葉の家に泊めてくれないかな」

「なんだぁ、そんなことなら……って、えぇええっ!」

 キララちゃんがわたしの家に泊めてほしいだなんて、ウソでしょ? そんなことってある? キララちゃんとまだまだ一緒にいられるなんて嬉しすぎる。

 でも――いきなり有名人なんて家につれて帰ったら、お母さんやお父さんも驚くだろうなぁ……。

「やっぱり無理そう?」

「大丈夫だとは思う。けどキララちゃんは有名人だし、みんな驚いちゃうかなって思ったの」

「あー……。だったら、あたしがキララってことを気づかれないようにしたらいいのよ!」

 なんだか自信たっぷりに言っているけど、本当にそんなことができるのかな?


 わたしとアイルはキララちゃんと一緒に小学校の近くにある公園までやってきた。人通りの多い商店街でずっと話しているのも目立つし、キララちゃんのことを考えたら正解だと思う。あの場所では良いことを見つけることはできなそうだったしね。

「琴葉。キララ遅くないか?」

「うーん。でもメイクするって言ってたし、多少は仕方ないと思うけど」

「どうして女の子って、準備に時間がかかるんだ? ぼくなんて、一秒もかからない。おしゃれをしたって三分もあれば、じゅうぶんだしな」

 抱きまくらのおしゃれって、なにをするのかしら? 花柄のまくらカバーをつけるとか? なんだか想像したら可笑しくなっちゃった。

「琴葉、なにをニヤニヤしてるんだよ」

「べつになんでもないよ? あはは」

「二人ともおまたせー!」

 キララちゃんが手を振りながら、わたしたちの座るベンチに向かって走ってきた。

「じゃーん! 見て! ペンシルライナーでそばかすを描いてみたの! あとはチークも使ってみた!」

 自信ありげに両手でピースサインをしながら、顔を近づけ見せてくる。鼻スジとほおの上あたりにたくさんの点が描かれ、赤いチークも大人っぽい――けど、なにかが足らない。

「琴葉どう? これであたしだって、わからないでしょ」

「うーん。ど、どうかなぁ……アイルはどう思う?」

「あと一歩って感じだな」

 アイルの言うとおり、まだキララちゃんに見えてしまう。

「えー! 完璧だと思ったのになぁ……うーん……あ! ちょっとまってね」

 キララちゃんはショルダーバッグの中をガサゴソと探しはじめた。いったいなにが始まるのだろうと思っていると、手にもったメガネを顔にかけてみせる。

「あとはこうやって髪をひとつ結びにして……どう? これであたしがキララってわからないでしょ?」

「うん! すごくいいと思う!」

 メガネのフレームが厚めの黒ぶちのせいか、それだけでも印象がだいぶちがう。これならだれもキララちゃんとは思わなそう。

「琴葉から合格をもらえたし、あとはアイルくんね。どう思う?」

「ぼくも合格かな。だいぶ印象が変わった」

「やった! ねぇ、これからどうする?」

「それなんだよねぇ……あ! ちょっとまって! スマホに着信きた」

 スマホに届いたメッセージを確認する――お母さんからだ。

「お母さんがお昼ご飯どうするのって聞いてきた」

 スマホの時間はもうすぐ十二時になろうとしている。そういえば家を出るときにお昼をどうするのか連絡しなさいって言われていたんだった。

「本当だ! なんだかお腹が空いてきたかも」

 キララちゃんは自分のスマホを確認しながら言ってきた。とりあえず、家に帰って食べるかどうかを決めないとだよね。キララちゃんはどこで食べるのかな?

「キララちゃんはお昼どうするの?」

「うーん。コンビニとかでパンでも買おうかなって思ってたけど、琴葉は家で食べる感じ?」

「どっちでもいいんだけど……あ、またメッセージきた」

 メッセージには『お友達と一緒なの? 連れてくる? お昼、用意できるわよ』と書かれていた。キララちゃんを家に泊めても大丈夫かお母さんに許可を取らないといけないし、いいタイミングなのかも。

「ねぇ、キララちゃん。よかったら今からわたしの家で、一緒にお昼を食べない?」

「本当? いく!」

「それじゃあ、お母さんに返信するね」

 わたしはお友達を連れていくことをスマホで入力すると、すぐに既読がつき、お母さんから『わかったわ。気をつけて戻ってきなさいね』と返事が届いた。

「それじゃあキララちゃん、わたしの家まで案内するね」

「うん、お願い。よかったぁ……正直、この町に来たのも初めてで、どこになにがあるのかさっぱりだったし、泊まる場所も悩んでいたの」

「そうだったんだ。わたしもキララちゃんにこうして会えてすごく嬉しいよ!」

 なんだかキララちゃんを家へ連れていくことにドキドキしてきた……わたしの胸の音が抱きしめているアイルに聞こえてしまいそうで恥ずかしい。

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