五章 謎の女の子
五章 謎の女の子
商店街なら人も多いし、なにか人助けができると思っていたけど、なかなか上手くいかない。
よく考えてみたら困っている人がいても、アイル自身が動かないとダメなわけだから、それって動く姿をみられちゃうってことだよね? そうなったら助けられた人もびっくりして逆に困らせてしまうかも……もう! それじゃあ良いことどころか悪いことになっちゃうじゃない。
「そんなの絶対にダメ!」
「うわっ、琴葉! いきなり大声を出さないでくれよ。びっくりしたじゃないか!」
「あ、ご、ごめんね」
「どうしたんだよ?」
「良いことを探すのって、難しいなぁって思っていたの」
「それは、そうだな」
「そうだなって、アイルは気楽ねぇ……明後日には返品されちゃうんだよ?」
「言われなくても、わかってるさ」
本当にわかっているのかな? 困ったなぁ……アイルにできる良いことを、どうやって探したらいいのか、ぜんぜん思いつかないし、少し疲れてきたせいか急にのどが乾いてきちゃった。
朝からずっと歩き続けているものね。このあたりは自動販売機も多いし、ジュースでも買おうかな。
「アイル。のど渇いちゃったから、なにか飲みものを買うね」
「ぼくも、ほしいなぁ」
「アイル飲めるの?」
「できれば色がついていないものを選んでくれ。しみになるから」
本当に飲めるのかしら? しみ込んでいくだけのような気がする。
たしか、この先の角を曲がったところで自動販売機を見かけた覚えがある。記憶を頼りに塀の角を曲がろうとする――と、女の子がいきなり目の前に飛び出してきた。
「「きゃっ!」」
お互い避けきれなくて、女の子は地面に尻もちをついてしまった。
「ごめんなさい! 大丈夫ですか!」
「痛ったぁい……」
女の子はお尻をさすりながらゆっくりと立ち上がり、地面に落ちていたキャップを手に取って、それを頭に深く被った。
背中まである髪は綺麗に手入れをされている。まっしろなキャップにカットソーとパーカーをかさね着した姿はボーイッシュな感じだけど、ミニスカートの組み合わせが可愛らしい。わたしも今度、ためしてみようかな。
ショルダーバッグが、パンパンに膨らんでいるけどなにが入っているんだろう? それにしてもマスクはともかくなんでサングラス? どんな顔をしているのかまったくわからないけど、なんだろう……この子どこかで見たことがあるような……。
「気をつけてよね!」
女の子はそのまま走りさってしまった。
「なによ! 突然、飛び出してきたのはあっちなのに、ごめんなさいくらい言えないのかしら!」
「まぁ、けがをしなくてよかったじゃないか」
「それはそうだけど! あれ?」
「どうした?」
地面に見覚えのあるキーホルダーが落ちている。しゃがんで確認すると、やっぱり知っているうさぎの形をしたキーホルダーだった。
「このキーホルダーって……」
「ん? そのうさぎのキーホルダーは琴葉がつけているものと同じじゃないのか?」
アイルはキーホルダーをのぞき込むようにして言った。
「うん。これは、うさまるって言ってキララちゃんのファンクラブでしか買うことができない、うさぎをモチーフにしたキーホルダーなの」
「へぇー」
でも、どうしてこのキーホルダーがここに落ちているんだろう。この青いうさまるは、世界で一個しかないはずなのに……。
「あ、でも琴葉がつけているのは赤い色だけど、それは青い色をしているんだな」
「そうなの! これ……キララちゃんしかもっていないはずなんだけど……」
「おかしいじゃないか。どうしてそんなものが、ここに落ちているんだよ」
言いながらアイルはキーホルダーが落ちていた場所までピョンピョンと跳ねていった。
「あぁああっ! 抱きまくらがしゃべってるぅうう! 動いてるぅううう!」
突然の大きな声――。
「えっ!」
びっくりして思わず声のほうへ振り返ると、そこにはさっきぶつかったサングラスにマスクの女の子が立っている。
ウソでしょ? アイルが動いているところを見られた!
どうしよう……なんとか上手くごまかさないと。
「ねぇ! 今、その抱きまくらと会話してたよね?」
「か、会話? し、してないよ?」
「ウソ! あたし見たんだから! 間違いなく、そこの抱きまくらと会話していたわ!」
女の子はアイルを指さし、言ってきた。
「まくらが話したりするわけないじゃない」
「それなら、どうしてあの抱きまくらは自立しているの? おかしいわ!」
お願い、アイル! 倒れて!
わたしの心の叫びが届いたのか、アイルはその場でパタンと倒れた。
「た、倒れてるよ?」
「え! そんな!」
もうこれ以上は、ごまかすのは難しそう。すぐにでもここから離れなきゃ! ジュースは諦めよう。
急いでアイルを抱き上げようと手を伸ばした瞬間――女の子にアイルを取られてしまう。
「あっ! 返して!」
「逃げようとしてもダメよ! 正体をあばいてやるんだから!」
女の子は、抱きまくらのアイルに話しかけた。でも反応しない。
その調子よ、アイル。絶対に動いたり、話したりしないでね……。
「むー! 意地でも正体を見せない気ね。いいわ! こうなったら……」
「ちょっと! なにをする気なの?」
「みてなさい……えい! こちょこちょこちょぉぉぉぉっ!」
女の子は抱きまくらを地面に置いたかと思うと、くすぐるような動きをはじめた。
「こちょこちょこちょぉぉぉぉ!」
手の動きがどんどん激しくなっていく――と、抱きまくらのアイルの口が開きはじめた。このままじゃアイルの正体が……。
「あははは! ちょっとやめてくれぇぇぇぇ! くすぐったい! あはは!」
「ほらぁ! やっぱりしゃべったじゃない! ついに正体を現したわね!」
あぁああ! アイルのこと、完全に気づかれちゃった!
「やめてくれぇぇぇぇ! くすぐったい!」
アイルは声を出しながら激しくあばれると、女の子の顔に目掛けて勢いよく手から飛び出す。
「わわっ!」
女の子はおどろいた声を上げながら頭を傾けたけど、アイルを避けきれなくてぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「だ、大丈夫?」
尻もちをついた女の子に駆け寄ると、ぶつかった勢いのせいなのか帽子とサングラスが地面に落ちてしまっていた。
「もー! びっくりしたぁ!」
女の子は顔を上げると口元のマスクを下へずらして言った。けど、びっくりしたのは、わたしのほうだ。
だって、目の前で尻もちをついている女の子は……わたしがよく知っている子なんだもの。
間違いない。この女の子はわたしの推し――。
「
「あ……もしかして気づいちゃった? あたしのこと知ってるんだね。でも、みんなには内緒だよ」
キララちゃんはとびっきりの笑顔とウインクをして見せた。
えぇええっ! ウソでしょぉおおお! どうしてキララちゃんがこんなところにいるのぉおおお!
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