三章 良いことなんて簡単!
三章 良いことなんて簡単!
「あぁ〜美味しかったぁ」
夕ご飯は、わたしの大好きな鳥のからあげだった。今日は走って帰ってきたし、抱きまくらのアイルに振り回されたからお腹が空いてしまって、いつもより多く食べちゃった。けど、サラダもしっかり食べたんだもの、大丈夫だよね。
「琴葉、遅い! まちくたびれた」
「えー、そんなにまたせたかなぁ。急いで食べてきたんだけど」
部屋へ入ると、抱きまくらにプリントされた幼い男の子のイラストは、ほおをふくらませて怒っている。けど見た目のせいで、まったく怖くないし、それどころか可愛くて心が癒されちゃう。もちろん、キララちゃんには負けるけどね!
床にあるクッションの上に座ると、アイルがピョンピョン跳ねながら目の前まで寄ってきた。
「それにしても琴葉の部屋は、同じものがたくさん並べてあるけど、これがキララちゃんだろ? 間違えて買ったのか?」
「失礼ね! キララちゃんのものは何個でも欲しくなるの!」
「ふーん。そうなんだ」
「そうよ」
アイルはまったく興味なさそう。キララちゃんの良さがわからないなんて本当にアイドルを目指しているのかしら?
「まぁ、いいや。琴葉、さっそく良いことする作戦について話し合おう」
「なんかムカつく……」
「なんだよ?」
「なんでもないわよ。ほら、作戦を考えるんでしょ!」
抱きまくらのアイルが返品されてしまうまで残り三日。それまでに良いことを三つ探して行動にうつさないといけない。
でも、よく考えたらそんなの簡単だよね? 良いことをすればいいだけなんだから、今すぐにでもクリアできそう。
「うーん。とりあえず、なにをするかだな……」
「それなんだけど、すぐにでも行動にうつせると思う」
「本当か! どうするんだよ」
「簡単だよ。アイルは部屋でまっていて、すぐにクリアしてみせるから」
アイルにピースサインをしてみせるとリビングに向かった。わたしの考えた良いことはお母さんへの親孝行。
お父さんは仕事で帰りが遅いから、お母さんはリビングでテレビを見ているはずだし、今が声をかけるチャンスだ。
「お母さん!」
「なーに、琴葉」
お母さんはいつものように優しく笑顔をくれた。
「ねぇ、お母さん。疲れてない? 肩もみしてあげる」
「あら? それじゃあ、お願いしようかしら」
ソファに座るお母さんのうしろに立つと、指先にやさしく力を入れて肩をもんであげる。
肩もみをされているお母さんの姿は、いつもより小さく見えた。
「お母さん、気持ちいい?」
「そうね。琴葉は肩もみが上手ね」
しばらく続けているとお母さんはウトウトして、眠っちゃったから起こさないように近くにあったカーディガンをそっと肩にかけてあげる。
とりあえずこれで良いことクリアだよね?
わたしは足音を立てないように、その場を離れ、抱きまくらのアイルがまっている部屋へ戻った。
「アイル、良いことしてきたよ! どう?」
「どう? なにが?」
ベッドの上にいるアイルへ報告をすると、なんだか思っていたのとちがう返事をされた。
せっかく良いことをしてきたんだから、少しは嬉しそうな反応とかできないのかな?
「なにがって、なんかないの? 夢に手が届きそうな気分とかさ」
「なにも。良いことしてきたって言うけど、ちゃんと三つしてきたか?」
「ううん。まだ一つだけど」
「ならダメだよ。三つ良いことをしないと、ぼくの夢は叶わないんだから」
「わかった……まっててね!」
なによ! べつに回数を忘れていたわけじゃないけど、もしかしたらなにか起きるのかなと思ったんだもの。でも、あと二つでしょ? すぐにクリアしてみせるんだから!
ふたたびリビングへ戻ると、お母さんはまだソファで眠ったままだった。寝かせたままにしてあげたいけど、良いことをしないといけないし……ごめんね、お母さん。
「お母さん、起きて」
正面から声をかけてみても起きないので、軽く肩をゆらしてみる――起きない。
「ねぇ、お母さんってば!」
今度は、両手で肩をつかんで強くゆらしてみると、お母さんはうっすらと目を開いた。
「琴葉? ごめんなさい。眠ってしまったみたいね」
「ううん、いいの。それよりなにか、お手伝いできることない?」
「あら、今日はどうしたの? うーん、そうねぇ……」
お母さんは大きなあくびをすると、リビングのかべ時計を見た。
「もうすぐ十九時になるのね。そういえば牛乳をきらしているから近くのコンビニで買ってきてもらえると助かるかな」
「わかった! 買ってくるね」
「今、お金を用意するわ」
お母さんは立ち上がると、キッチンに置いてあったお財布から五百円を取り出し、わたしの手に握らせた。
「これで足りると思うから、お釣りはお小遣いにしていいわよ」
「やった! ありがとうお母さん。それじゃあ、いってくるね!」
急いでシューズにはき替えてコンビニへ走った。すぐ近くだし、歩いてもいいけど、三つめの良いこともしないとだもんね。ゆっくりなんてしていられない。
コンビニへ入って、牛乳のある棚までいくと残り一本しかないので、慌てて手を伸ばした。
「よかったぁ……」
牛乳は税込みで二百五十七円だから、わたしのお小遣いは二百円ちょっとになる。ここでお菓子も買うか悩むけど、もう夜だし、キララちゃんグッズを買うために貯金しよう。
レジで支払いをして家に帰るとお母さんはリビングで本を読んでいるようだった。
「ただいま! お母さん、買ってきたよ!」
「ありがとう琴葉。冷蔵庫に入れておいてね」
言われたとおりに、いつもの位置へ置く――これで二つめもクリアだよね。
残り一つ……このままいけば今日中に全部クリアできそう。
わたしは、続けてお手伝いをするために、お母さんに聞いてみることにした。
「ねぇ、お母さん。まだなにかお手伝いできることない?」
「琴葉ったら、今日は本当にどうしたの? でもそうねぇ……もうお願いできそうなことはないわ」
「えー! なにかないの?」
「また思いついたらお願いするわね」
「そっかぁ……それじゃあなにかあったら、すぐに声かけてね!」
「はいはい、わかったわ。今日はありがとう」
残念だけど、仕方がないので部屋へ戻ることにした。
部屋に入ると、よほど気に入ったのかアイルはベッドの上にいた。やっぱりまくらだからベッドの上が落ち着くのかな?
「ただいま。ごめんアイル、今日は二つまでしかクリアできなかった」
反応がないので近づいてみると、アイルは目を閉じている。
もしかして寝てる? 抱きまくらって寝るんだ……まちくたびれちゃったのかな?
コン。コン。
ドアをノックする音がしたので、わたしは慌ててアイルを隠すようベッドの前に立つと、お母さんが部屋に入ってきた。
「琴葉、そろそろお風呂に入りなさい」
「う、うん。わかった」
「どうかしたの?」
「え! な、なんで?」
「……ん。なにもないのならいいのよ。早くしなさいね」
「はーい」
お母さんの足音はリビングのほうへ消えていった。びっくりしたぁ……アイルのこと見られてないよね?
「琴葉!」
「わわっ!」
「大きな声を出すなよ。びっくりするだろ」
「びっくりしたのは、こっちなんだけど。アイル起きてたの?」
「お母さんの声で目が覚めたよ。ねんのため、じっとしていたんだ」
アイルが空気の読める子でよかった。もし動いているところなんて見られたら大騒ぎになりそうだもの。
「そういえば、良いことクリアできたのか?」
「あ、そうだった。ごめんね、二つしかクリアできてなくて……」
「まぁ、二つクリアできてるなら余裕だな。そんなに急がなくても大丈夫じゃないか?」
それもそうだ……あと一つでクリアだしね。
「それじゃあ続きは明日にする? わたし、お風呂に入らないといけないし」
「それでいいよ」
「じゃあ、またおとなしくまっててね」
「わかってるよ。ぼくはまた寝る」
また寝るんだ……でも、ちょうどいいかも。アイルは目を閉じてしまったので、わたしはお風呂に入る用意をして、ベッドの上で眠る抱きまくらに、おやすみを言って部屋を出た。
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