迷い猫
あ
第1話
なにもうまくいかない、本当に自分が嫌になる。そんなことを考えながら、今日も帰路につく。
私は昔から勉強ができる方だ。それ故、親からの期待や失敗への恐怖など、様々な重圧に押しつぶされそうな毎日を送っている。しんどくて、思わず周りに冷たく当たってしまう日々だ。もう心を許せるような友人はいないし、最近は家族とも喧嘩ばっかりだ。
家に帰ると、いつも通りキッチンからお母さんが夜ご飯を作っている音が聞こえてくる。
「ただいま。」
「おかえり、少し早かったね。」
「雨降りそうだったから急いで帰ってきた。」
「傘持っていきなって朝言ったじゃない…風邪ひいたら大変なんだから。」
「べつに大丈夫だって、ていうか雨降る前に帰ってきたんだからいいじゃん。」
ほらまた嫌な返し方をしちゃう。言われることなにもかもがめんどくさく感じる。
「あんたはいつも分かってない。体調崩して困るのは自分でしょ。」
「そんなんどうだっていいから。」
「最近ずっとそう、こっちは心配して言ってるのよ。」
「うるさいな、こっちはずっと家にいるお母さんとは違って忙しいの。毎日毎日楽しくもない学校に通って勉強ばっかり。もう高校生なんだし、いちいち口出してこなくていいから。もう放っておいてよ。」
そう言って勢いよく家を出る。また酷いことを言ってしまった。とにかく遠くへ行きたくて、無我夢中に走っていると大雨が降ってきた。雨宿りができそうな屋根を見つけたので、その下に腰をかける──
『あれ…寝ちゃってた』
目を覚ますと暗かったはずの空が明るくなっていた。けれど何かがおかしい、茶色いダンボールのような箱の中にいるのだ。
近くの水たまりに反射した自分の姿を見て息をのんだ。
『猫…?』
そこに映ったのは、少し汚れた、白い毛の生えた小さな猫だった。どうして、どういうこと…?状況を呑み込めずに困惑していると綺麗な女子高校生が目の前で足を止めた。
「捨て猫?可哀想に…」
そう言って私を撫でる、それはそれは優しく。そうして、彼女は私を抱いて彼女の家に連れていってくれた。引き取ってくれるのだろうか。
彼女の家はすごく心地よかった。汚れた私を優しく綺麗に洗い、美味しいキャットフードを食べさせてくれた。彼女の手はすごく暖かくて、撫でられるたびに心が安らぐ。そんな彼女は同い年くらいだろうか?私とは違って心に余裕がありそうで、家族とも団欒を楽しんでいる。私も、こんな風になれたらなあ…なんて思いながら見てしまう。同時に、母に酷いことを言ってしまったことを深く反省した。
「あれ、大丈夫?どっか痛い?」
彼女はそう言いながら私を撫でた。私はすごく険しい顔をしていたのかもしれない。彼女の優しさに触れる度に、自分の心まで穏やかになる感覚がした。閉ざされた、氷のように固まってしまっていた心が溶けていくような…
久しぶりに一息つくことができ、暖かく包み込まれた大きな安心感に身を預けながら日々を過ごした。1週間くらい経った頃だろうか。その日はものすごい雨で、あの日の夜を思い出す。雷が鳴り響いて、たくさんの雨粒が音を立てる度に自分の心臓が痛くなった。お母さんに謝りたい、仲直りしたい。友達とも、家族とも、楽しく過ごしたい…そんなことを考えて泣きそうになっていると、優しい彼女は私を太ももの上に乗せて優しく撫でてくれた。なんて心地良いんだろう…暖かくて気持ち良くて、気づいたら眠りについていた──
起きると、あの日雨宿りした屋根の下だった。
「戻ってる…」
2本の足でしっかりと立つことができ、指は5本ある。持っていたスマホで自分の姿を確認すると、それは人間である自分だった。今までのは一体何?夢だった?色々なことが頭を駆け巡るのとともに、スマホに大量の通知が届いていることに気づく。私は走って家に帰った。
ドアを開けるとすぐにお母さんとお父さんが飛びついてくる。
「どこ行ってたのよ…心配したんだから……」
「ごめん…あの日も酷いこと言ってごめんなさい。お母さんは私を心配して言ってくれてたのに…上手くいかないことが多くてイライラしちゃってた。」
「朝ご飯用意してるから、食べなさい。」
お母さんは微笑んで言った。ご飯はとても暖かくて、美味しかった。
そしてまた、いつも通り学校へ行く。けれど、今までよりも世界が明るく見えた。少しずつだけれど、前よりも人に優しく、上手に関われるようになって、家族と言い合いになることもほとんど無くなった。
月日が経ったある日、欠席したクラスの友達のプリントを家まで届けに行くことになった。その道中、見覚えのある家と見覚えのある猫のポスターが目に入った。
『猫を探しています』
それはあの時の、真っ白で小さな猫、紛れもない『私』の姿であった。あれは夢じゃなかったんだ…
本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。今の私があるのはあなたのおかげ。
迷い猫 あ @riolls__
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