3(完)

 それから僕たちは、学校、風呂、トイレ、食事、睡眠以外の全ての時間を、留守番電話の音声の解析に使った。麗香ちゃん曰く

「音声に混じる小さな雑音が、特定の鍵になるかもしれないわ」

 とのことだ。何度も音声を聞き、雑音の箇所を切り取り、電話の音声や関係のない音を消し去る作業を、ひたすら繰り返していく。僕も麗香ちゃんもデジタルにはあまり詳しくないため、作業は困難を極めた。それでも諦めずに解析を続けていると、ついに、約束の土曜日の夕方17時、事態が進展したのだ。

 すぐさま麗香ちゃんを家に呼び、発見した音を聞いてもらう。それは小さな、短い音楽だった。人々の喧騒にかき消され、消え入りそうだった音が、僕たちの行先を照らしてくれたのだ。その音楽を聞いた麗香ちゃんは、目を丸くして、蚊の鳴くような声で呟いた。

「これ……、私たちの最寄駅の発車メロディーじゃないの……」

「そうなんだよ!この発車メロディーを使っているのは、全国で一箇所しかない。つまり、電話の女性は僕たちのすぐ近くにいたんだ!」

 僕の言葉を聞いて、麗香ちゃんはすぐさま地図アプリを開き、僕に見せてくれた。

「そこまでわかれば後は簡単よ!女性の発言を聞くに、キーポイントは花火、バーベキュー、遊泳。この周辺で花火といえば、河川敷の花火大会しかないわ。小規模な大会だから、花火が綺麗に見える場所はそんなに広くない。バーベキューができる場所は条例で決められているし、遊泳できる区域もかなり狭かったはずよ。その全てが重なり合う場所を探すと……」

 そう言って、麗香ちゃんが見せてくれた場所は、家からせいぜい三分ほどで到着できる場所だった。小さい頃、僕と麗香ちゃんでよく遊んだ河川敷。かくれんぼをしたり、おままごとをしたりした、僕たちの思い出の場所。

「まさかこんな近くだとは……。しかも、僕たちもよく行った場所だ」

 僕が言うと、麗香ちゃんも頷いてくれた。

「なんだか色々思い出しちゃうわ。……まさか悠真くんの浮気相手じゃないでしょうね?」

「そんなわけないでしょ!だったら麗香ちゃんに相談しないよ!てかまずいないし!」

「ふふ、わかってるわよ。冗談冗談」

 麗香ちゃんはそう言ってイタズラっぽく笑うと、僕に手を差し伸べてきた。

「まだ少し時間があるけど、早めに河川敷に行かない?少し散歩したいの」

 僕も頷いて、麗香ちゃんの手をとる。

「いいね。一緒に行こう」

 そうして二人手を繋いで、ロマンチックに河川敷に行けるかと思いきや、玄関先で例の兄に邪魔をされた。

「二人してどこいくんだ?暇だから俺も連れてけよ!麗香ちゃんとデートしたい!」

「デートとかじゃないし、邪魔しないでくれ!同窓会の人と行けばいいだろ!」

 僕がそう言うと、兄は不服そうな顔をする。僕が必死に解析作業をしている間、兄は同窓会で連絡先を渡した子からデートの誘いが来たと言って、出かけていたのである。

「いやー、実はさ、すっかり忘れてたんだけど、その子五股かけてた内の一人だったらしくてさー、ガチギレされたんだよね。その上字が汚いとか余計なお世話だっつーの!数打ちゃ当たる戦法マジでよくないわ。で、そんな嫌な記憶を払拭するため、新しい出会いを求めてるってわけ!」

「最っ低……。マジで家に引っ込んでろ!」

 僕はそう言って、麗香ちゃんの手を引いて家を後にした。

 あっという間に到着した河川敷。川の近くは腰の高さまで草が生えていたので、少し離れた、比較的整地された場所を歩く。

「昔はもう少し綺麗だった気がするのだけど、今は草ぼうぼうね」

 風に揺れる長い髪を押さえながら、麗香ちゃんがしみじみと言った。

「そうだね。もうすぐ花火大会だから、それまでには綺麗にするんだろうけど、今は子供が遊べる状態じゃないね」

 僕も、かつてのことを思い出し、感傷に浸りながらそう言う。二人の思い出の場所では、いつまでも話題が尽きなかった。気づくと時刻は17時55分。約束の時間まで残り五分だ。日が傾きだし、辺りは茜色に染まっている。僕は麗香ちゃんの手を握ると、

「僕は待ち合わせ場所に行くから、麗香ちゃんは隠れて見守っていて欲しい。ないとは思うけど、何か危険なことがあったら、その時はよろしくね」

 と言った。麗香ちゃんも深く頷き、ポケットから防犯ブザーを出して見せ

「任せておいて」

 と短く答えると、僕からは見えない場所に走っていった。

 麗香ちゃんがいなくなったことで若干の心細さも感じつつ、約束の時間を待つ。落ち着いていられず、何度も腕時計を確認し、ソワソワと辺りを見回してしまう。自分を落ち着かせるため、大きく息を吐いた時、コツコツと誰かが近づいてくる音が聞こえてきた。音の方角を向くと、僕より一回り小さい女性がこちらに向かって歩いてきていた。僕の姿を確認し、足を早めた女性は、僕の目の前でぴたりと動きを止めた。

 女性は一言も声を出さず、僕の顔をじっと見つめている。腰まである長い髪が風でなびく。動きを見せない女性に痺れを切らした僕は、意を決して言葉を投げかけた。

「あの、初めまして。今日は人違いであることを伝えるためにここに来たんです。だから……」

 僕の言葉を、女性はあの電話の時のように遮った。

「そんなはずない。あなたが私の会いたかった人。私を捨てた人」

 女性がぐいっと顔を近づけてくる。黒い瞳が僕の姿を捉えて離さない。そのまま僕の体に手を回し、抱きしめるような姿勢になる。

「やっと連絡が取れて嬉しかった。あなたの方から教えてくれるなんて、また私を好きになってくれたと思ったのに。それなのに、他人のふりをするの?」

「だから人違いなんです!僕はあなたの想い人じゃない!あなたの想い人は、電話番号の前の持ち主で……」

 必死に言葉をかけるが、女性には全く届いていない。僕を抱きしめる腕とは逆の腕をカバンに突っ込みながら、さらに話を続けてくる。

「そう、電話番号。私とあなたを繋ぐ魔法の番号。きっと運命だったの。それなのに、否定すると言うのなら……」

 そう言った女性は、カバンから勢いよく腕を引き出す。その手には、鋭く研がれた包丁が握られていた。

「今すぐ死んでもらうわ!」

 言葉と同時に振り下ろされた包丁を、片腕の拘束を力任せでとき、間一髪後ろに下がって避ける。麗香ちゃんの言っていた通り、話が通じる相手ではない。

 少しだけ距離はできたが、まだ十分攻撃が届く間合いだ。睨み合いの硬直状態を壊したのは、突如聞こえてきた巨大なサイレンの音だった。女性が一瞬、そちらに注意を向けた隙に、背の高い草の中に走って逃れる。おそらくこのサイレンは、麗香ちゃんが鳴らしてくれたものだ。心の中でお礼を言いつつ携帯を取り出すと、麗香ちゃんからメッセージが来ている。

「警察に通報したけど、十分くらいかかるらしい」

「女が探し回っている。今は見失ったみたいだけど……」

 それを最後に、連絡は途絶えていた。女性の様子や、麗香ちゃんの無事を確認したいが、少しの動きから生まれる音が女に居場所を伝えてしまうかもしれない。恐怖で高鳴る鼓動すらうるさくて、必死で胸を押さえる。時計で時間を確認しながら、強い後悔が波のように押し寄せる。最初から着信拒否にすれば。電話に出なければ。場所を特定できなければ。思ってもどうしようもないことが、次から次へと溢れて止まらない。

 時間はまだ三分しか経っていない。いつもの何倍も時間がゆっくり進んでいる。その時、少し遠くで女性の声が聞こえた。

「そこにいたんだ。やっと見つけた」

 それと同時に、草をかき分ける音が聞こえる。しかも、だんだんと近づいてきている。ああ、終わった。ここで死ぬんだ。包丁を振り上げる女性が視界に入る。次に来る痛みに備えてぎゅっと目を瞑った。

 しかし、痛みを感じることはなく、代わりに女性の悲鳴が響き渡る。そして聞きなれた声が聞こえてきた。

「おい悠真!大丈夫か!」

「兄、貴……?」

 そこにいたのは、軽々と女性を押さえつける兄と、両手を胸の前で組み、心配そうな顔を見せる麗香ちゃんだった。

「なんで、兄貴がここに……?」

 状況が理解できない僕の質問には、麗香ちゃんが答えてくれた。

「私、何かあった時のために、一馬さんからもらった連絡先を一応持っておいたの。それで、警察がすぐ来られないってわかったから、一馬さんに連絡して……」

「俺が駆けつけてやったってわけ。可愛い麗香ちゃんと弟のピンチだからな!間に合ってよかったぜ」

 憎たらしい兄の勝ち誇った顔と、大好きな麗香ちゃんの顔を見て、完全に力が抜けた僕は、膝から崩れ落ち声を上げて泣いていた。麗香ちゃんが寄り添って、そっと肩を抱いてくれる。兄に押さえつけられながらその様子を見ていた女性は

「本当に人違いで、私……、ごめんなさい……。本当にごめんなさい……」

 と、消え入りそうな声で謝り続けていた。


 その後、警察に話を聞かれたり、終わっていなかった課題を進めたりと、忙しい日々を送っているうちに、いつの間にか一週間が経過していた。今日は土曜日。一週間ぶりに麗香ちゃんと家で遊ぶことになっており、ワクワクしながら部屋の掃除をしていると、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい。いらっしゃーい」

 元気よく迎えた僕と対照的に、麗香ちゃんはどこか浮かない顔をしていた。

「どうしたの?なんかあった?」

「……お部屋で話すわ」

 麗香ちゃんの様子に若干の不安を覚えながらも、ジュースとお菓子を持って部屋に向かう。今日は珍しく道中で兄の妨害に遭わなかったので、きっと大安吉日だろう。

 部屋でいつものように座ると、麗香ちゃんはおもむろに口を開いた。

「この前、いとこが携帯ショップに勤めていて、番号を調べてもらえないか頼んだって言ったの、覚えてる?」

「うん。覚えてるよ。守秘義務があるって断られたんだよね?」

「そうだったんだけど、あの件があって、どうやらこっそり調べてくれたみたいなの。そしたら……」

 そこで、麗香ちゃんの話が止まる。相当言いにくいことなのだろうか。僕は心の中で覚悟しつつ、麗香ちゃんの目を見て、話し出すタイミングを待つ。麗香ちゃんは大きく深呼吸をすると、僕の方を見返して、続きを教えてくれた。とてもじゃないが、信じられない事実を。

「悠真くんの番号は新しい番号だから、前に使ってた人なんていないって……」

「え……?」

 あまりの動揺に、それしか言葉が出なかった。前の持ち主がいない?もしそれが本当なら、僕たちの推理は根底から覆されてしまう。間違い電話がかかった理由も、女性が人違いをした理由も、前の持ち主の存在によって支えられていたピースが、次から次へと外れていく。唖然としている僕をおいて、麗香ちゃんは話を続ける。

「それでね、実は私の親戚の人が警察にいて、その女性、七海ななみさんの証言を色々教えてくれたのよ。犯行の動機は、かつて浮気をした上に自分を捨てた男への復讐。本当はすぐにでも復讐したかったけど、男が番号を変えていたのと、七海さん自身が引っ越さなくてはならなくなって叶わなかった。諦めかけていたところ、今から三週間前、悠真くんに電話がかかり始めた日に、千載一遇のチャンスが到来した。参加した同窓会で、男の連絡先を手に入れることができたの。帰って早速男に、正体がバレないよう非通知で電話をかけたつもりが、間違って悠真くんにかかってしまったんだって。そこからは、私たちが目撃した通りよ」

 麗香ちゃんの話を、回らない頭で必死に理解しようとする。そして、聞き覚えのある単語が脳内に浮かび上がってくる。

「三週間前の同窓会って……」

 僕の言葉を最後まで聞かずとも、麗香ちゃんには発言の意図が分かったようだ。そのまま次の話に移る。

「少し話は変わるけどね。私、悠真くんが襲われたあの時に、初めて一馬さんの連絡先を見たの。×××-6349-7711。私は一馬さんの暗号を解読できる目になっていたから、すぐに正しい番号にかけることができたけど、そうじゃない人はどうかしら。1が7に、6が8に、9が0に見える文字を見て、正しい番号にかけることができたのかしら。あと、悠真くんは嫌がるかもしれないけど、悠真くんと一馬さんって、結構顔が似ているのよね。暗いところだったら、私も間違えちゃうかもしれないわ」

 先ほど外れたピースが、新しい形となって綺麗にはまっていく。綺麗な真相が形になっていく。あの時、七海さんが僕に言った言葉の意味も、今なら理解できる。

「七海さん、『電話番号は私とあなたを繋ぐ魔法の番号』だって、運命だって言ってたんだ。1177は、七海さんにとって、自分とアイツを繋ぐ、大切な数字だったんだ……」

 七海さんの憎しみの相手が、電話番号の前の持ち主なら、どれだけよかっただろうか。それか、七海さんが番号を間違えなければ……。いや、仮に復讐を完遂していたとしても、この結末がハッピーエンドになることはなかっただろう。誰が死んでも、誰が死ななくても、誰かが傷ついてしまうのだから。

 そう思った瞬間、いつものように勝手に扉が開けられ、軽快な声が聞こえてくる。

「よう麗香ちゃーん!来てたんだったら声かけてくれればいいのに!」

「またか……。ほら、さっさと出てけ!」

 僕が兄を部屋から押し出そうとすると、麗香ちゃんが立ち上がって、兄の正面に立った。そして、鋭い視線を向けると

「あの、鈴川すずかわ七海さんってご存知ですか?」

 と問いかけた。それに対して兄は、一瞬たりとも考える素振りを見せず、

「知らね。誰それ?麗香ちゃんの友達?可愛い子だったら紹介してよ!」

 と笑いながら答えた。麗香ちゃんは深くため息をつくと、もう一度兄の目をしっかりと見て、強い語気で言い放った。

「周りの人は大切にしたほうがいいですよ。あなたが襲われても、きっと誰も助けてくれませんから」

「……ハハハ、ご心配ありがとう、麗香ちゃん」

 兄はそう言うと、珍しく自分から部屋に戻っていった。それを見届けた麗香ちゃんは、一度だけ髪をかきあげると、僕の方を向いて笑った。

「さっ、話も終わったし、一緒にゲームしましょ」


 あれから十年、僕と麗香ちゃんは社会人になった。今日は休日。出かける準備をする麗香ちゃんを横目に、僕は兄からの電話を取る。

「もしもし。何の用?」

「今月マジでヤバくてさー、残金1200円しかないんだよ。ちょっと貸してくんない?」

「自分で何とかしろ!既婚者に手出すからそうなるんだろ!」

 僕がそう言うと、兄は不満げに黙りこくった。相変わらず女にだらしなかった兄はついに既婚者の女性に手を出し、かなりの金額の慰謝料を請求されたようなのである。さすがに懲りたようで、それ以来女性関係の問題は耳にしていない。これまで兄に泣かされてきた人たちのためにも、このまま落ち着いていてほしいものだ。

「で、それだけならもう切るけど。これから出かける予定あるし」

 言うと、兄はまたいつもの軽快な口調に戻り、勝手なことをべらべらと喋り出した。

「あとさ、来月麗香ちゃんの誕生日だろ?プレゼント渡すついでに食事でもしたいなーって。あ、悠真は来なくていいからな」

 前言撤回。多少反省はしたようだが、麗香ちゃんを狙うのはまだまだ諦めていなかったようだ。

「弟の妻に堂々とちょっかいかけようとするなよ!まあ、僕も同席していいなら本人に聞いてもいいけど」

「おっ、よろしくな!」

 満足げに電話を切った兄にため息をつきつつ、僕は麗香ちゃんに駆け寄る。ちょうど準備も終わったようだ。

「兄貴が麗香ちゃんと食事に行きたいんだってさ」

 僕の言葉に、麗香ちゃんは肩をすくめる。

「またぁ?……悠真くんがいるなら行ってもいいわよ」

 麗香ちゃんも、僕と同じくお人よしだ。呆れ気味の返答に、僕も苦笑するほかなかった。

 そんな空気を変えるように、麗香ちゃんは明るい声を出す。

「準備もできたことだし、そろそろ行きましょ。待ち合わせに遅れちゃうわ」

「もうそんな時間か」

 腕時計を見ると、時刻は19時30分。河川敷の花火大会は20時からはじまるので、あと30分しかない。と言っても、僕らの家は河川敷から3分の場所にあるので、そう慌てる必要はないのだが。

 僕は麗香ちゃんの手を握ると、河川敷に向けて歩き出した。麗香ちゃんは手を握り返しながら赤面する。

「手を繋ぐなんて、何だか恥ずかしいわ。もう結婚して三年も経つのよ」

「三年なんてまだまだ新婚だよ。それに、十年前は麗香ちゃんの方から繋いでくれたけどな」

「そういえば、そんなこともあったわね」

 懐かしい話をしながら、玄関の扉を出る。両親は海外に移住しているし、兄は家を出て一人暮らしをしているので、誰かが引き止めてくることはもうない。

 二人で河川敷まで歩いて行くと、待ち合わせ相手の男女が手を振ってくれる。麗香ちゃんが駆け寄ると、女性は麗香ちゃんをぎゅっと抱きしめた。

「七海さん!久しぶり!待たせちゃったかしら?」

「ううん、今来たところ。麗香ちゃんも悠真くんも、久しぶり」

 七海さんは僕たちに優しく微笑みかけてくれた。

 あの事件の後、僕と麗香ちゃんは少しでも七海さんの罪が軽くなるよう働きかけていた。その甲斐あって、七海さんは不起訴で終わり、僕たちに直接謝罪と感謝を伝えてくれた。その後も色々と連絡を取っているうちに三人で食事に行く仲になり、特に気が合った麗香ちゃんとは週一で遊びに行くほどの友達になったのである。今も久しぶりと言っているが、二人は先週もカラオケに出掛けていた。

 仲良しな二人はしばらく和気あいあいと話し込んでいたが、その後の話題は自然と七海さんの連れの男性に向けられた。僕と麗香ちゃんが頭を下げて挨拶をすると、その男性も優しげに微笑んで挨拶を返してくれた。麗香ちゃんは七海さんの方を向くと

「もしかして、この方が五年付き合っている彼氏さん?すっごくいい人そうじゃない!」

 と満面の笑みを浮かべる。それには七海さんも輝くような笑みを返した。

「そうなの!それで実はね、三日前にプロポーズされちゃったの!」

「えー!すごいわ!おめでとう!」

 女子二人が盛り上がっている様子を遠目で見ていると、彼氏さんが僕に話しかけてくれた。

「初めまして。悠真さんと麗香さんのことは、七海ちゃんからよく聞いていました。七海ちゃんを救ってくれた恩人だそうで、ぜひ一度直接お礼を言いたかったんです。本当にありがとうございました」

 あまりにも丁寧なお礼に照れくさくなって、ぶんぶんと首を横に振る。

「そんな、こちらこそ七海さんには仲良くしてもらってありがたいです」

 そう言っていると、麗香ちゃんと七海さんも会話に入ってきた。七海さんは僕らの方を見て目を細める。

「あの時は本当にどうかしていて……、悠真くんと麗香ちゃんがいなかったら、きっと取り返しのつかないことになっていたと思う。いや、すでに二人には大変なことをしてしまったけど……。それなのに、二人は私を助けてくれて、その上友達にまでなってくれて。おかげで、また前を向いて生きようと思えたの。本当にありがとう」

「改めて感謝されると、ちょっと照れちゃうわね。私たちはただお節介を焼いただけだから」

 麗香ちゃんはそう言って、僕にアイコンタクトを送る。僕も深く頷き、言葉を続けた。

「でも、そんなお節介で、七海さんが前を向けたんだったら、僕たちも嬉しいです」

 言うと、七海さんは

「ありがとうー!」

 と言って、僕たちを抱きしめてくれた。あの時とは違う、暖かくて優しい抱擁。

 その時、パンッと花火が鳴る音が聞こえる。河川敷に座る観衆が感嘆の声をあげ、拍手の音も聞こえてくる。

「花火、はじまりましたね。僕らも座って見ましょう!」

 僕は麗香ちゃんの手を、七海さんは彼氏さんの手を取って、綺麗に刈りそろえられた草の上に並んで座る。

「ね、麗香ちゃん。来年もこうやって、一緒に花火見ようね」

 僕が言うと、麗香ちゃんも笑って返してくれる。

「当たり前でしょ。来年も再来年も、ずっと先もね」

 空には一際大きな花火が咲き誇る。歓声をあげ、笑いあったこの瞬間は、僕たちの中で永遠に続いていく。

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Wrong Number Love Call 鶏=Chicken @NiwatoriChicken

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