落陽
ゆきのつき
落陽
彼女は今日も 僕の顔をのぞき込む
水槽にただよう 透明でうつくしい色合いの海月を
興味深く追っている 少女のように
すきな香りも
お気に入りの毛布の手触りも
きらいな人間の種類だって知っているのに
僕をのぞき込む瞳の奥に
いったいなにが宿っているのか
僕は導き出すことができない
「私はあなたのことを傷つける。
あなたも私のことを傷つける。
ねえ、それでも、私たちは一緒にいるの?」
速足で 泣きながら前をあるく彼女を
無言で追いかける
冷たい風が 正面から吹き上げる
ああ
僕はなんで 此処にいるのだっけ
顕微鏡で自分のこころをのぞこうとする
分厚いかさぶたで覆われたこころは
自分でもその正体を見ることができない
それはごつごつとした
かたくて
必死な
いまにも泣き出しそうな
かたまり
僕の断片も 彼女の断片も見当たらない
共感って どういう意味だったのか
あるく彼女が 座り込んだ
うずくまる彼女の首筋には 産毛が生えている
僕はとなりに座り ひざを抱えて
彼女をのぞきこむ
あと数分で 陽が沈む
どこかの家から つたないモーツァルトのピアノソナタが
聴こえてくる
名前のわからない 花の香りがした
落陽 ゆきのつき @yukinokodayo
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