文字虫

花 千世子

文字虫

 見返した日記には、一ページだけ意味のわからない箇所がある。


「またか……」


 俺はそうつぶやいて、ため息をつく。

 それから日記の一ページ――意味のわからない箇所を、ふっと息で吹く。

 すると、紙の上で文字がもぞもぞと動き始める。

 文字はあちこち動いたあと、蜘蛛の子を散らすようにノートの上から飛び出す。

 そして壁の隙間、カーペットの下へ隠れてしまった。


「今年は一カ月以上も早いんだな……」


 俺はそう言って、スマホのカレンダーに視線を向ける。

 五月二十九日。

 例年よりも、一カ月以上も早い。



 俺は淹れてきたコーヒー片手にソファに座り、テレビをつける。


『今年は例年よりも一カ月以上早く発生しそうです』


 ニュースキャスターが深刻な顔でそう告げていた。


「そうだろうよ。こっちはもういるんだ、あいつらが」


 無意識のうちに、テレビ相手についつい話しかけてしまう。


『それじゃあ、南の方はもういるんですね』


 女性ニュースキャスターが心底嫌そうな顔でそう言った。


『一部地域では、ハナゾノノミアリ――通称・文字虫をあちこちで見かける時期になりました』


 男性キャスターがなぜかにこやかに言う。

 なんだかその顔に妙に腹が立った。

 こいつはきっと、あいつら――文字虫に悩まされてなんかいないんだ。

 いや、俺もついこの間まではあまり気にしなかった。

 だが、今は事情がちがうのだ。



 ハナゾノノミアリ。

 数年前に突然発生した昆虫で、花園博士が発見したことによりその名がつけられた。

 アリとノミの中間くらいの大きさで、黒くて丸っこい体をしている。

 人を噛んだり刺したりすることはない虫なのだが、こいつらの習性が非常に厄介なのだ。


 ハナゾノノミアリは通称、文字虫という。

 その理由は、文字に擬態するからである。

 集団で行動する習性があり、人間に見つからないようにするために、文字に擬態することを覚えたとか。

 先ほど日記に意味不明な文字があったのは、文字虫の仕業だ。

 こいつらは、インクが主食。

 つまり、紙の本や日記なんかに文字に擬態して張り付き、インクを全部吸って、それから逃げていくのだ。


 コーヒーを飲み終えたところで、電話が鳴る。

 彼女からだ。

 俺は急に機嫌が良くなり、電話に出る。


「はい。もしもし」

『もしもし。蛍? 明日のことだけど――』


 彼女の言葉にどきりとする。

 またキャンセルとかじゃないよな……。

 明日はただのデートじゃないんだ。

 特別なデート。

 だけど、そんなこと、彼女には言えない。


「ああ、なに?」

『13時からでもいいかしら? 急な仕事が入ってしまったの』

「大丈夫だよ。13時だね。待ち合わせは駅前のカフェでいい?」

『ええ。大丈夫よ。本当にごめんなさい』

「いや、いいんだ」


 俺は、「君の顔が見られるだけで幸せだよ」という本音を飲み込んだ。

 さすがにキザすぎる。


『ふふっ。ありがとう。蛍は優しくて大好きよ。明日が待ち遠しい』

「俺もだよ」

『仕事なんか放りだして、朝からううん、今から会いに行っちゃおうかしら?』


 それは最高の提案だ。

 そう思ったけど、俺はまだまだ準備ができていないことを思い出す。


「ははは。嬉しいけれど、でも仕事があるんだろう?」

『そうね。仕事を放りだせないわ』


 彼女はひどく残念そうな声でそう言った。

 なんて愛しいのだろう。

 俺は今すぐ彼女の元に行って、抱きしめたい衝動を抑えるのに必死だった。

 電話を切ると、勢いよく立ち上がった。


「文字虫を、なんとかしないと」


 俺はそうつぶやいて、棚の奥から袋を引っ張り出した。



 袋の中には小さな箱が入っている。

 箱を開ければ、ダイヤモンドの指輪がきらりと光っていた。

 指輪のサイズは、彼女が寝ている間にこっそりと測った。

 そう、明日はサプライズで彼女にプロポーズをするのだ。

 付き合って一年。

 俺も彼女も今年で二十九歳。

 ちょうどいい頃合いだし、何よりも俺は彼女以外とは絶対に結婚したくない。

 穏やかで優しくて俺にはもったいないくらいの美人だ。


 ただ、問題が二つある。

 一つは、プロポーズをOKしてもらえるかどうか。

 もう一つは、俺が極度の緊張しいだということだ。

 プロポーズの言葉を噛む自信しかない。

 でも、さすがにプロポーズくらいは口頭で、「結婚してください」と言いたい。

 だけど、うまく言葉にする自信がない。


 そこで悩んだ挙句、友人にも相談に乗ってもらっていいアイデアをもらえた。

 それは、花束を用意し、そこにメッセージカードをつけること。

「愛してる」とか、「一生そばにいよう」とメッセージカードに書けば、それで勢いがついてプロポーズも口頭でできるのではないか。

 先にメッセージカード付きの花束を彼女が見て、嬉しそうにしたところで「結婚しよう」これならいけそうだ。

 彼女は古風なところがあり、アナログの手紙などを喜んでくれるタイプだし。

 もし、花束のメッセージカードを彼女が見て、困惑していたらプロポーズはやめてもいい。

 後者のパターンはあってほしくないが……。


「ああ、あった」


 俺はメッセージ用に買ったカードを取り出す。

 それから、いつも手の届くところに置いているスプレーを手に取る。

 これは対文字虫用のスプレーだ。

 文字虫は、殺虫剤が効かない。

 そのため、文字虫の被害に遭わないためには、先にスプレーをして紙などをバリアしておくしかないのだ。

 先にすべての紙などにこのスプレーをしておけば、文字虫に悩まされないと思ったのだが。

 文字虫に張り付かれない効果のあるスプレーを先にかけてしまうと、文字も書けなくなってしまうのだ。

 本当に厄介な虫だよ。

 逆に言えば、文字を書いたあとでスプレーさえしておけば、文字虫の被害には遭わない……いや遭いにくい。


 最近では、ブランドの紙袋や箱なんかは、対文字虫用のスプレーがびっしりとかけてある。

 俺が買った婚約指輪の紙袋も箱もそうだ。

 だから指輪は心配いらない。

 問題は、メッセージカードなのだから。


「ま、スプレーをかければいいだけだ。賢い人類の勝ちだな」


 そうつぶやいて、スプレーをかける。


「ん?」


 おかしい。

 スプレーをかけようとしても、プシュッと音が出ない。

 嫌な予感がする。

 スプレーを振って中身を確認。

 嫌な予感が的中した。

 スプレーは空だった。


 そうだ、一昨日の日記で使い切ってしまったんだ、

 だから昨日の日記にはかけられなくて被害に遭った。



「タイミングが悪すぎる」


 俺が日記を書いているのは、彼女との思い出を記したもの。

 彼女が多忙でなかなか会えないので、電話でのやりとりなんかも書いているのだ。

 これも俺にとっては大事な思い出だ。

 文字虫に食わせるわけにはいかない。


 いずれ、彼女と結婚して何年も経過したらこの日記を読み返すのもいいだろう。

 そんなことを考えて書いている大事な日記だ。

 それに加えて、メッセージカードにかけるスプレーがないのは痛い。

 どうせ必要になるのだから、スプレーを買いに行こう。

 そう思って時計を見る。

 午後六時。

 まだドラッグストアは開いている。



 ドラッグストアに着くと、出入り口に視線が止まる。 


『文字虫に困っていませんか?!』


 そんな文字がデカデカと表示されたディスプレイ看板。

 看板に下には、スプレーありとスプレーなしと書かれた紙が貼られてある。

 スプレーありには、「文字虫対策バッチリ!」という文字。

 スプレーなしには、「文字虫天国最高」という文字。

 俺が看板を見ているのに気付いた店員が、スプレーなしのほうの紙をバンと叩く。

 すると、ゴソゴソと文字虫が一斉に散っていく。

 スプレーなしの紙の、「文字虫天国最高」は消え、白紙に戻っていた。


「これ、スプレーなしのほうはなんて書いてあったんですか?」


 俺が店員に聞くと、店員は答えた。


「文字虫対策なし、ですね」

「なるほど」


 つまり、「文字虫天国最高」という文字は、文字虫が擬態して勝手に作り出した言葉なのだ。

 あいつらは、文字に擬態するだけではなく、時折ちゃんとした文章になっていることがあるから質が悪い。

 それが意図的なのか、偶然なのかはまだ分かっていないらしいが……。

 どちらにしても、文字虫に食われないインクやペンは、まだ開発途中だとニュースで聞いた。

 個人的には、そちらの開発を急いでほしいものだが、それだと何年先になるかわからない。

 実は、彼女は「文字虫アレルギー」らしく、個人的には文字虫そのものの撲滅を願っているのだが、それこそいつになるのやら……。


 なにはともあれ、まずはスプレーだ。

 そう思ってスプレー売り場を見る。

 棚は空っぽだった。

 先ほどの店員に在庫がないか確認したが、「もう在庫もないんっすよ」と返された。


 そんな馬鹿な。

 毎年、文字虫対策のスプレーは大量に入るじゃないか。

 そう思ったが、今年は文字虫発生の時期が例年より早い上に、文字虫が大量発生する予報も出ている。

 それなら買い占める人間がいてもおかしくない。

 俺は、別のドラッグストアを回ることにした。



「なんでどこもかしこも売り切れなんだ……!」


 俺は頭を抱えた。

 近くのドラッグストアを三軒回って、どこも完売(在庫切れ)だという。

 精神的に疲れて今は、カフェで休んでいる。


 時刻は午後七時を過ぎていた。

 どうせならここで晩ご飯も食べてしまおうと、電子メニューを開いた。

 ナポリタンが届くまでスマホで調べたところによると……。

 どうも今年は、文字虫除けのスプレーがあちこちで在庫切れを起こしているらしい。

 理由は、スプレーの原材料の植物の生育が遅れていること。


「そりゃあスプレーがどこもないわけだよな」


 そうぼやいて、コーヒーを飲む。


 それなら、これからどこのドラッグストアへ行っても売り切れの可能性しかなさそうだ。

 もう、メッセージカードはあきらめようか。    

 そう思ったが、俺はふと思い出す。

 彼女に告白した時、口では言えなくてラブレターにした。


『ラブレターなんて初めてもらうから、感動しちゃった』


 そう言って、彼女は涙まで流したのだ。

 口頭でのプロポーズをするきっかけになるからメッセージカードを渡したい。

 それも理由の一つだが。

 やはり、彼女を喜ばせたいからメッセージカードを書きたいのだ。


「やっぱりメッセージカードは必須だな」


 俺はそうひとりごとを言いつつ、ネットでスプレーが買えないか調べる。

 やはりこちらも完売ばかり。

 その時、チラッとニュースが目に飛び込んできた。

 結婚詐欺の男を逮捕。複数の女性から金銭をだまし取った疑い。

 俺は、ふーっと息をつく。

 こっちは、プロポーズの準備だけでもオロオロしてるってのに……。

 結婚詐欺だなんて、よくやるよ……。

 俺は苦笑いをしながら、運ばれてきたナポリタンをフォークに巻いた。

 

 もっと早くに動くべきだった。

 いや、むしろ先月中にストックを含めてたくさん買っておくべきだった。

 俺はレジの会計で、スプレーを見ながら思った。

 対文字虫用スプレーは、買えた。

 ここらではスプレーを扱ってる店は、このドラッグストアのみ。

 しかも最後の一本だった。

 スプレーを大事そうに男がカバンにしまう。

 ありがとうございましたー、という機械音声特有の甲高い声が辺りに響く。


 そう、スプレーを買えたのは俺ではない。

 タッチの差で、別の男が買っていったのだ。

 俺はさえない男の後ろを歩いた。


 もう午後十時を過ぎている。

 街中で光をともしているのは、コンビニと自動販売機くらいだ。

 ドラッグストアはどこも閉まっている。

 コンビニにはスプレーは売っていないし、売っていても完売だった。

 そういう意味では、田舎はやはり不便だ。

 俺はそんなことを思いつつ、男のあとをつけた。


 何も男に文句を言ってやろうってわけじゃない。

 本当のことを言えば、声をかけたいのだ。

 どうか倍、いや三倍の値段で譲ってくれないか、と。

 スプレーごと譲ってくれなくてもかまわない。

 メッセージカードにかける分くらいでいいから譲ってほしい、と。

 そう声をかけたい。


 スプレーを買ったのは、どこにでもいる雰囲気の中年のおじさん。

 チラリと見えた顔は、優しそうに見えなくもない。

 もしかしたら、譲ってくれるかもしれない。

 しかし、見知らぬ人間に声をかけるのは勇気がいる。

 その時ふと、彼女の笑顔が浮かぶ。

 そうだ。

 俺は明日、プロポーズのために必要なんだ。

 そう自分にいい聞かせ、拳をぐっと握る。


「あの、すみません」


 静かな住宅街に、俺の声はやけに大きく響いた。

 男が振り向いた。

 冴えない雰囲気の――よく言えば、人の良さそうな感じだった。

 もしかしたら本当に譲ってもらえるかもしれない。

 そう希望を抱いて、俺は勇気を出して次の言葉を続ける。


「先ほど、対文字虫用のスプレーを購入されましたよね?」

「ああ、そうだが」

「あの……それ、譲っていただけませんか?」

「は?」

「金額はこのスプレーの……倍は出します」

「それは無理だな」

「じゃあ、三倍」

「金の問題じゃないんだよ」


 男は諭すように続ける。


「私はこれを、あちこち探し回ったんだよ。一時間くらいかな」

「そっ、それなら俺は、三時間ほど探し回って、隣の隣町のここまで来て……それで買えなかったんです」

「だから同情しろとでも?」


 男はそう言って、冷たい視線を向けてきた。

 なんだか嫌な感じの言い方だな。

 まあ、突然、スプレーを譲ってくれと頼んでくる俺に言われたくないだろうが。

 男が再び歩き出そうとしたら、俺は最強のカードを出すことにした。


「明日、彼女にプロポーズをするんです!」

「ほう」


 男が面白そうに言って足を止める。


「その時に、そのスプレーがどうしても必要で……」

「プロポーズは婚約指輪を渡すとか、そういう感じじゃないのか?」

「そうです」

「それならいまどきはどこの店でも、対文字虫用のスプレーで袋を覆ってくれている。問題ないよ」

「違うんです! 花束にメッセージカードを添えたいんです」

「それでか……。そんなこと言われても知らんよ」


 男は続ける。


「私はね、明日は妻との結婚記念日なんだ。結婚して一年。大事な日だ」

「結婚記念日」

「そうだ。ちょっとしたプレゼントと手紙を用意した。明日は妻の仕事の都合で、午前中しか時間がないからね」

「手紙に、スプレーをかけるということですか?」

「ああ」

「それなら、その、スプレーごと譲ってくれとは言いません。少しだけメッセージカードにかけさせていただきたいのですが……」


 俺の提案に、男はにっこりと笑う。


「嫌だね。私の手紙にまんべんなくスプレーをかけたいんだよ。妻は文字虫が大嫌いでね。アレルギーもあると言っていた」

「文字虫アレルギー?」

「そうだ。だからスプレーも渡せない」


 男はなぜかニコニコしたまま続ける。


「私の妻は、とても綺麗なんだよ」

「はぁ」

「君は見たところまだ若そうだが、どうにもマヌケな顔をしているね。どうせ君の相手も大した女じゃないんだろう」

「は?」

「そんな君と女にくれてやるスプレーなんかないってことさ」


 男はそれだけ言うと、「じゃ」と立ち去った。

 俺は怒りで拳が震えた。

 今すぐに殴ってやりたい気持ちを抑える。

 男が立ち去って見えなくなってからも、そこに動けないでいた。


 先ほどの男の言葉を反芻する。

 男が言った、妻の特徴を思い出す。


 文字虫アレルギー。

 手紙を喜ぶ。

 明日は午前中しか時間がない。


 そういえば、この町は彼女が住んでいる町だっけ。

 いやいや、そんなまさか。

 彼女の家には一度も行ったことがない。

 普段は仕事が忙しいと言って、なかなか会えない。

 デートを前日にキャンセルされたことも一度や二度ではない。

 特に土日は会えない。


 いや、そんな、まさか。

 そう考えて、ひとり笑ってみる。

 だが、頭の中はモヤモヤと霧がかかっているようだ。

 俺の中に、言葉にできない違和感があった。


 結局、俺はスプレーなしでメッセージカードに文字を書いた。


『愛する君へ』と。


 文字虫が来ないように祈って。

 その日はなかなか眠れず、ベッドであれこれと考えているうちに朝が来てしまった。

 いそいそと支度をする。

 午後になるとカフェで彼女と待ち合わせ。


 予約したレストランで事件は起きた。

 彼女が、大騒ぎしたからだ。

 なぜなら、僕が用意したメッセージカードには文字虫が擬態していた。

 それを見た彼女は、急に怒り出したのだ。

 幸いなことにアレルギーは出なかったらしいが。


 彼女は、ありとあらゆる罵詈雑言を俺に浴びせてきた。

 もうプロポーズどころではなかった。

 指輪も花束も受け取らず、彼女は逃げるようにレストランを出て行ったのだ。

 文字虫に怒るのは分かるが、どうも彼女が怯えているように見えたのが気にかかった。

 俺は、昨日からの違和感で彼女を追いかけることができなかった。

 そもそも、もう俺たちは終わりだろう。



『昨日、A市の民家で男性の遺体が発見されました。男性の頭には何者かに殴られたようなあとがあり、殺人事件として――』


 次の日の朝。

 俺はテレビのニュースを見て一気に目が覚めた。

 殺害された男性の写真が画面に映っているのだが……。


「あの男だ……」   


 一昨日、最後の一つだったスプレーを買い、俺に嫌味を浴びせてきた男だったのだ。

 なんだか複雑な気持ちになり、コーヒーをすすったその瞬間。


「第一発見者である男性の妻に事情を聞き――」


 その時に画面に映ったのは、なんと彼女だった。

 思わずコーヒーを吹き出す。

 他人の空似じゃない。

 これは彼女だ。

 ニュースキャスターは続ける。


「殺害された夫には多額の保険金がかけられており、また妻は過去にも別の男性に保険金をかけて殺害した疑いで――」


 保険金殺人?!

 その言葉を聞いた瞬間、顔から血の気が引いていく。

 じゃあ、俺も彼女と結婚していたらこの男のように……。

 そう考えるだけで、震えが止まらない。


 ふとテーブルの隅に視線が止まる。

 そこには昨日、彼女に渡して突き返されたメッセージカードがあった。

 カードには、俺が書いた、「愛する君へ」という文字はすっかり消えている。

 その代わり、文字虫の擬態した姿が見える。


「裏切者」


 文字虫は、そう擬態しているのだ。

 あの時、彼女はこの文字を見て、ひどく動揺し、怒った。

 きっと午前中の殺人のことを見抜かれているようで、怖くなったのかもしれない。

 俺はメッセージカードの上の文字虫に向かって、ぽつりとつぶやく。


「おまえら、本当にただの虫なのか?」


 了

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文字虫 花 千世子 @hanachoco

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