27. 全消し
私にとって扇動とはパズルの様な感覚だった。
人は刺激に対して反応を示す生き物だ。しかもその反応のパターンは単純で、どの角度からどう刺激してやればどういった反応を示すか容易に想定出来る。
だからと言って単発単発で小突いて遊んでもいても面白くない。……だから私は積み上げ、組み上げるのだ。
私はまず、SNS上から10代~20代の若い世代で尚且つ日頃から攻撃的な発言をしている者を何人かピックアップした。
攻撃的な発言をする人は刺激に対して簡単に釣られ、その反応も単純な為に扇動が容易い。
私はピックアップした人達にDMを送り、工作員の闇バイトに誘う。それも単純に誘うだけでなく『仲間を募って騒いで遊ぶ』という意識を植え付けながら話を持って行く。
ちなみに支払いは匿名送金が出来るサービスを使ってやっている。
――まずは積み込み一つ。
次に、今回炎上している非営利団体の問題について解説しているSNS投稿に対し、注釈機能によって偽情報を張り付ける。
この注釈機能とは誤情報の拡散を防止する為の機能で、その投稿内容に誤情報がある場合に他者がその投稿に注釈をつける事が出来る機能だ。
ただし、その注釈が正しいかどうかを調べるような事を運営はしていないので、逆に正しい情報の投稿に偽情報を注釈として張り付ける事も出来る。
例えば、最近色々と問題になっているワクチン関連で言うと、とある医療系の学会法人が新型ワクチンに対する懸念を示す緊急声明を出し、インフルエンサーがこの情報を取り上げSNSで投稿した。……が、その投稿には『学会の一覧を調べたがそんな組織は存在しなかった』と注釈が打たれたのだ。
多くの者はそれを調べる事もなく受け止め、そのインフルエンサーをデマ情報配信者だと攻撃し、緊急声明に共感する投稿をする者に対して『そんな学会は存在しない』『情弱』『陰謀論者』と絡みだした。
けれど、少し調べればその学会が普通に存在し、しかもその活動経歴も長い事はすぐに分かった。だが、多くの者は調べず疑わず飲み込むのだ。
現在のそのSNS上では同じような事が至る所で起きている。
真実には嘘の情報を上塗りし、無かった事にする。『デマ』と『陰謀論』は真実を嘘に変える魔法の言葉なのだ。
私は非営利団体に対する様々な疑惑情報に対して偽情報を付加し、真実を嘘に塗り替えていった。
――積み込み二つ。
次に私は非常に攻撃的な自称フェミニスト達を先兵にすべく情報を仕込み扇動してく。
過去の偉大なフェミニスト活動家達は男女格差問題に対して果敢に挑み、時に国としての体制を大きく変える事もした。勿論、現代を生きる私もその偉大なフェミニスト達が起こした事の恩恵の中で生きているのは確かだ。
だがしかし、現代においてそのあり方は大きく変質し、今では歪んだ思想の元に大暴れする者達へと成り果ててしまっている。
先日の漫画家に対する炎上騒ぎの時もそうだ。
あの炎上を起こした者にとって理論は必要なく、必要なのは倫理的強者になって攻撃する事だった。
今回もそんな者達を扇動し、気持ちよく人を攻撃出来る立場を用意してやれば、彼ら彼女らは喜んで扇動されてくれるだろう。
――積み込み三つ。……さぁ、仕上げだ。
私は積み上げた仕掛けを連鎖させて全てを消し去るべく、仕上げ作業を開始した。
……
…………
………………
「ご機嫌だね、玲子」
「まぁ、全て狙い通りに動きましたからね」
「考える脳を持たず、条件反射だけで動く彼らは愚かしくも可愛いだろう。私もその感覚がよく分かるよ」
「……」
ニタニタと話しかけるオリビアを無視して、私は報道番組を観続ける。
番組内では金銭を支払い人を扇動し、女性支援の為に活動する非営利団体を妨害する暴徒達について報道していた。
その報道番組曰く、彼らはネット上に多くのデマ情報を流し、金銭で人を集めて非営利団体に対する妨害活動をしていたそうだ。
現在ネット上でもこの話題で大荒れし、トレンドランキング3位という記録を叩き出している。
「テレビ側がこの非営利団体の問題点について一切報道しないのも予想通りでしたね」
「彼らのバックに付いている者達にとって、そこは触れられたくない部分だからね。そこら辺は無視してこの問題について指摘する側を悪と印象付ける事に全力を尽くすだろうさ」
「知られたくない真実は徹底的に無視。印象付けたい事に関しては誤情報でも何でも使って報道。放送倫理の欠片もありませんね」
「物語では悪が最後にしっぺ返しを食らうのが常だが、現実ではそうじゃない。基本的にやりたい放題やれる者の方が強いからね」
最近とある製薬会社が出しているサプリで健康被害が起きたとメディアと政府組織が大騒ぎする事件があった。
けれどその騒ぎには不審な点が多く、長年使われて来たサプリなのにも関わらず突然多数の健康被害報告が出てきて、しかもそれら問題が出てきている殆どは、とある医者と政府組織が調べた1ロットだったのだ。
更に、とある新聞社がこの製薬会社のインタビュー記事を出してこの製薬会社を非難していたのだが、後日そのインタビュー記事を書いていた記者が本当はインタビューをしておらず、完全な捏造記事である事が発覚した。
けれどその事が発覚した後も、新聞社は小さな謝罪文一つで済ませて尚もその製薬会社への非難記事を出し続け、テレビもこの捏造記事について一切触れず、一連の不審な点にも触れず製薬会社についての責任追及の報道をし続けた。
今の日本の報道は本当にやりたい放題で、しかもその責任を問われる事もない。
……ちなみにこの製薬会社は大きく株価を落とし、その後とある国から株の大量購入をされている。
「法律やルールって本当に何の為にあるんでしょうね」
「ルールは公平性を保つ為という一面も持つが、それとは別に『守る必要がある立場の者を縛る』という一面も持つ。つまりはルールを守らなくて良い立場に居る者はルールによって絶対的な強者になれるという事さ」
何のことは無いようにそんな事を言うオリビアに、私は深く溜め息を吐いた。
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