26. 覚醒
私は昔から、とある特技の様なものを持っていた。
それは相手の仕草や言動、文章などから相手がどんな人なのかやその行動に込められた意図を何となく察する事が出来るという事。
幼い頃の私はその特技の所為で人と上手くコミュニケーションが執れず、よく人とトラブルを起こしては母に泣きついていたのを覚えている。
人には本音と建て前という物があり、更に言えば人によって自分の本音に気が付いていない場合もある。
幼い頃の私はその事がよく分かっておらず、察した事と言動がチグハグで上手く相手との会話に合わせる事が出来なかったのだ。
「私がまだ幼い頃、人とのコミュニケーションが上手く行かず泣いていると、その度に母がとても辛そうな顔をして慰めてくれたのを今でも覚えています」
「そうか。……まぁ、彼女も色々見て来たからね。思う所があったんだろう」
「彼女ですか。今更呼び方を変えなくてもいいですよ。そんな他人行儀な呼び方をしたら母が悲しむんじゃないですか?」
「どうだろうね。死者の気持ちなんて想像は出来ても本当の所は分からないものさ」
そう軽く答えるオリビアは、嘘は吐かないが真実を話す気もないという態度だった。……だから私はもう一歩踏み込む。
「この課題を終えたら母の事やオリビアの事、全部教えて貰えませんか?」
「今更聞く意味があるのかい? まぁ、今はまだ教えられない事もあるから答えられる範囲でなら教えても良いよ。条件付きでね」
「条件ですか?」
「そう、条件。一つはこの課題を見事完遂してみせる事。……そしてもう一つは、不登校になったクラスメイトの女の子の話を聞かせて欲しいな」
「……本当にオリビアは何でも知ってるんですね」
それは両親が他界する前の話。
何のことはない、『悪魔が悪魔に食われた』という只それだけの話……。
「……分かりました。交渉成立です」
交渉が成立した以上、私がやるべき事は決まった。
――まずは……レシピ探しですね。
オリビア曰く、情報という観点からいると人は3種類に分類する事が出来る。
まずは2割の賢者。彼らは情報を絶対視せず、結論を出す際に現在持っている情報を再度調査し、時に情報を更新する事にも躊躇しない。
そしてもう2割の愚者。彼らは情報よりも自身が抱える考えを絶対の真実として扱い、それを否定する情報がいくら出ようと一切考慮しない。
そして最後の6割、扇動される者。彼らは情報の真偽を調べる事はせず、与えられた情報を真実として受け入れ扇動されていく。
これはつまりどういう事かと言うと、6割の人間は真偽を調べる事なくその情報を飲み込んで反射で動くため、民衆を扇動する事はとても容易いという事だ。
そしてそれを知っている悪魔達は、テンプレート化された手法で何度も何度も民衆を騙し扇動していく。
であれば話は簡単だ。情報の海から今回の事例に酷似した例を探し、その際行われた扇動手法を探し出して同じように使えば良い。
そこで私は同じように正当な根拠と論理の元に組織化し、声を上げる集団が陥れられた事例を探した。
そしてそれは簡単に見つける事が出来た。
「オリビア、この依頼でオリビアが受け取る報酬が幾らか知りませんが、この依頼を遂行する為の経費は認められますか?」
「う~ん、依頼難易度を高くする為には金銭を掛けずにという条件の方が面白そうだけど……まぁ、今の玲子にとってこれは消化試合みたいな物だろうから別に問題はないか」
「ちなみに幾らまで掛けて良いですか?」
「そうだね、じゃあMAX30万という所でどうだろう?」
「了解です。……それなら短期決戦で方が付きそうですね」
私はパソコンの画面に映る二つの事例を眺め、笑みを零した。
……
…………
………………
組織に深刻なダメージを与えるのは簡単だ。
内部分裂を起こし、噂を立てるだけで良い。
現在日本には移民問題や国を破壊する制度について声を上げる者達を募って組織化された保守政党が存在する。
その政党は破竹の勢いで党員を増やし、地方議員を増やし、そして遂には国会議員まで輩出する事になった。……が、現在その政党は数年たたず虫の息となっている。
至る所から真偽不明の噂が立ち昇り、次々と生まれて来る自称保守政党がその政党を攻撃し始めたのだ。
そして仕舞にはその政党が内部分裂を起こし、離党した者が生まれたばかりの自称保守政党の者の共に党首を悪しざまに罵り始めた。
現在の国会は本当に面白い事になっている。
答弁の時間ではとても保守然とした態度で正論を吐くが、いざ審議に入ると態度を180度変えて売国法に賛成を出す議員が多くいるのだ。
だがメディアやインフルエンサーは国会での発言しか取り上げず、その議員がどの新法開設や法改正に賛成しているのかを報道しなかった。
そして破竹の勢いで国会議員にまで上り詰めた政党はその逆をされた。……つまりは徹底的な無視。
どの新法開設や法改正に対しての審議で反対したかは勿論、国会での発言も取り上げられる事はなく、そして党首討論会からも排除されるという徹底ぶり。
内部分裂を起こし、噂を立てられ、メディアからはその活動を無視される。その徹底によって一つの組織が潰されようとしていた。
そしてもう一つの事例。それは今回とは別件のデモ運動で起きた出来事……闇バイトだ。
デモ運動や署名活動という不特定多数の者達を集める活動では、その中で工作活動を行うのは容易い。
そのデモ運動はかなり大規模な物となったが、それは主催者が思い描いていた事とは違う形で炎上する事となった。SNS上で『お金を払って人を集めている』という噂が立ったのだ。
その投稿は実際にお金を渡している風景を撮影した物と一緒に投稿されており、その写真を根拠に裏で闇バイトが発生していた事や、このデモが仕組まれた物である事を力説していた。
だが、少し考えみれば闇バイトでその規模のデモ運動を起こすのに一体いくら掛かるのか、その非現実さが分かるはずなのだ。
……だが、多くの者は考えることなくその投稿を鵜呑みにし、デモ運動は不本意な形で炎上する事となった。
「一度騙された人は同じやり方で何度でも騙される。私は過去の事例を参考に角砂糖を配置していくだけでいい」
きっと蟻達は角砂糖へと群がり、私が望む通りに動いてくれるだろう。
私はその光景を想像し……ゾクリと身震いした。
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