22. 悪魔の視点
これはどちらが正しいかの戦いでは無かった。そう、これは……どちらがより多くの人を扇動出来るかの戦いだったのだ。
それに気が付いた時、私の視界が開けて目の前が明るくなるのを感じた。
視界が開けて目の前の事をしっかりと見る事が出来るようになると、考えるべき事が明確になっていく。
この戦いがより多くの人を扇動出来るかを競う戦いであれば、執るべき手段は大きく分けて2つだ。
扇動する為には人を酔わせる必要がある。であれば『理想論者の環境で酔えなくする』か『理想論よりも酔える環境を用意する』かのどちらか、もしくはその両方を行えば良い。
具体的な手法を考えるには情報が少なすぎると感じた私は、まず過去にあった炎上騒ぎについて調べた。
炎上は多くのアクセス数を生み出すネタの為、それをまとめるブログや動画チャンネルは数多くあり、炎上ネタを探す事には事欠かない。
様々な媒体から大きな炎上騒ぎの情報を収集し、その中から今回の火消しに使えそうな情報は無いかと精査していく。
「はは、上手く行くかどうか分からないけど……これ、面白そう」
……
…………
………………
――あぁ、人は何て滑稽で可愛いんだろう。
方策を変えて活動を開始してから早一週間。火消し作業を開始して最初の数日間の停滞が嘘のように事は上手く行っていた。
「玲子、火消し作業は上手く行っているようだね」
「そうですね。過去の事例を元に罠を仕掛けてみたんですが、思っていた以上に食いついてくれて良かったです」
過去の事例を元に仕掛けた罠……それは『根底を覆すスキャンダル』だった。
これはとある国の議員が起こしたスキャンダルから着想を得た物で、その議員は女性の地位向上をスローガンに活動し、それにより多くの支持者を集める人気の高い議員だった。けれど、その支持はとあるスキャンダルによって一瞬にして崩れ去ったのだ。
そのスキャンダルとは不倫と不倫相手への暴行、そしてその口止め料の支払い。
女性の地位向上を謳い支持率を伸ばしていた議員にとってそのスキャンダルは致命的な打撃となり、その後その議員への支持率は大きく減少する事となった。
その事件を知った時、私は『狂暴化した犬を愛で矯正すべしと唱える人が、裏で動物虐待をしていたら面白いだろうな』と考えた。
けれど、だからと言って都合よくそんな人が出て来る訳もない。……そこで私が行ったのは自作自演だ。
まずは、500文字程度短文記事を40記事程投稿したブログを用意する。その中の数記事は近隣のペットに対する悪態や、野良猫に対する陰湿な行為について詳細に書き記した。
ちなみにブログ記事の投稿日は自由に設定出来るので、投稿日を過去の日付にして、即席ブログだとはぱっと見では分からないようにしている。
次に、適当に新規SNSアカウントを作りそこで動物やペットを飼っている人に対する暴言を投稿し、それを画面キャプチャ。
画面キャプチャを撮った後はもう用済みの為、すぐにそのSNSアカウントは削除した。
その後、オリビアの持つ幾つかのSNSアカウントから一時的に拡散力が落ちても被害が少なそうな物を二つ選定し、理想論による攻撃的な投稿をさせる。
……そして仕上げだ。
「一つのSNSアカウントとブログを紐づけ。そしてもう一つのSNSアカウントは過去に別名に変えて投稿を全削除した事があり、以前の名前では動物やペットの飼い主に対する暴言を吐いていた事にしたのか。……なかなか面白いね」
「はい。その自作自演のスキャンダルを拡散させると、それは瞬く間にSNSで広がりました。あとはその広がり具合に応じて理想論者の攻撃的な発言や、ドックトレーナーに対しての悪質な行動に関しても晒し拡散させていった感じですね。正直、理想論者側は攻撃的だったり差別的な発言が多かったので、晒す内容には事欠きませんでした」
「倫理観にしても理想論にしても、それに酔うと思考が鈍ってしまい発言が極端になったり攻撃的になるからね。そりゃあ、晒すネタには困らないだろうさ。それに、以前までならそこまで痛手にはならなかっただろうが、このタイミングで晒されると影響は大きいだろうね」
そう、それも過去の炎上から学んだ事だった。
芸能関係などでよくある手法なのだが、普段の状態なら「え、別に良いんじゃない?」レベルのスキャンダルでも、大きなスキャンダルで印象が悪くなっている状態で追加公開されると「うわ、やっぱこの人最悪」と受ける印象がガラリと変わってしまうのだ。
だから有名人が大きなスキャンダルでそのイメージに大きな打撃を受けた際は、多くの記者が大小問わず様々な醜聞を集め客寄せ記事として利用する。
最初に自作自演の捏造情報という大きな角砂糖を蟻達の居るど真ん中に置くと、大量の蟻達が角砂糖へと群がり、それを砕き持ち運びながら拡散させていく。
その後、小さな角砂糖を目的地に向かって一つ一つ置いて行くと、大きな角砂糖で興奮していた蟻達は小さな角砂糖へと群がり面白いように扇動されていった。
小さな角砂糖によって扇動する先のゴール……それは、最初に理想論によってドッグトレーナーを炎上させた者だ。
「最後は炎上を起こした親玉のスキャンダルか」
「はい。場は温まっていましたので、ここまで来ると今回の件以外の事でも燃えそうでしたからね。ですので、この方の投稿を過去まで遡って調べあげ、晒すのに丁度良さそうな内容の投稿を集めて記事にしました」
私は最後に粉砂糖を炎上を起こした者へと盛大に振りかけた。
その人は理想論に酔い、他者を攻撃する事に悦を覚える人物で、過去の投稿を調べてみると今回の件以外にも様々な事に対して上辺だけの理想論を並べ立て攻撃的な投稿を繰り返していた。
その中には人格否定や差別的な発言も多かった為、それらをブログ記事と動画にして公開し、各種拡散用SNSアカウントから拡散させたのだ。
私に扇動された蟻達は最後に親玉へと群がり、その体に撒かれた砂糖と一緒にその者を食い散らかしていった。
以前までは『理想論と現実論、それぞれ一理ある』という印象を持つ第三者も多かったが、今では理想論を唱える者の民度の低さを多くの者に印象付ける事が出来た。
それにより、理想論に酔って気持ち良くなっていた者達が理想論で酔えなくなり、その勢いは日に日に小さくなっていった。
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