18. 初仕事達成祝い
一つ目の課題を完遂した日の夜、初仕事達成のお祝いとしてオリビアと共にレストランへと来ていた。
「レストランって聞いてたのに、躊躇なく民家のインターホンを押してたのにはビックリしましたよ」
「はは、玲子の驚く顔が見たくてね。こういう秘密基地の様な場所も中々テンションが上がるだろ?」
「……まぁ、正直結構テンションが上がってますね」
そこは一般的なレストランとは全く違っていた。
まず外観が完全に鉄筋コンクリート造の戸建て民家なのだ。お店の看板などもなく、知らない者でここがレストランだと気付く人は居ないだろう。
オリビアは何の躊躇もなくその家のインターホンを押し、家主からの返事がスピーカー越しに聞こえてくるとインターホンのカメラに向かってカードをかざすと、ガチャリと音が鳴り自動的に玄関の鍵が開いた。
そんなスパイ映画のワンシーンの様なやりとりを見て、これからこの建物の中に入る事に少しの恐怖と強い好奇心を抱いた。
「ここは完全会員制の完全予約制のお店でね、しかも全室個室で料理も美味しい。私一押しの店さ」
「こんなお店があるなんて知らなかったです。探せば他にもこんなお店があるんですか?」
「探しても見つからないだろうけど、こういった店舗は普通にあるよ。大体は一見様お断りで、紹介者が居ないと会員になれないシステムになってるけどね」
建物の中へと入ると、中で待っていた店員に案内されて地下へと向かう。
思っていた以上に中は広く、そして案内された部屋は外観からは想像出来ない程豪華だった。
料理のメニューは事前に決めていた様で、席に着くとすぐに前菜が運ばれてきた。
お皿の上には食材が何なのか一切分からない手毬寿司の様な料理と、封のされた小袋がちょこんと置かれている。
二人の店員によって私とオリビアの前に料理が運ばれてくると、その後ろから更に二人の店員が入れ替わるように入ってきて小袋の頭の部分をハサミでチョキリと切った。すると、袋の中からブワッと芳醇な香りが広がり、もうそれだけで幸せな満足感に包まれてしまう。
袋を切った二人の店員が下がると、今までの人達と服装が少し違う店員が入ってきて料理の説明を始めた。
どうやらこの小袋の中身はソースだったようだ。……と言うか袋を切る為だけに二人の店員を使うのか。
――どうしよう、予想以上にちゃんとした所だ。私マナーなんて知らないんだけど。
何を隠そう私は極一般的な家庭の生まれなのだ。
高級レストランでのマナーなんて学ぶ機会はこれまでの人生において一度も無かったのである。
「そう緊張しなくても良いよ。ここにはマナーを咎める者なんて一人も居ないし、もし店員が玲子の食べ方を見て顔を顰めようものならその店員は即日クビになる。もし感に触る者が居たら言いなさい。私がその者をどうとでもしてあげよう」
そんな事を平然と言ってのけるオリビアを前に、料理の説明をしていた店員はすまし顔である。
与えられた仕事以外では空気に徹している様だ。
最初こそ緊張してしまっていたが、運ばれてくる料理に舌鼓を打っているとそのあまりの美味しさに緊張なんて物は吹き飛んで行った。
そうして私の緊張がほぐれた事を見計らってか、オリビアが話を振って来る。
「そう言えば、玲子にとって姉さん達はどんな親だったか聞かせてはくれないかい?」
「突然ですね。……と言うか、母の事を姉と呼ぶのは止めないんですか?」
「私は玲子の叔母であり、そして玲子の母親の妹だからね、姉さんは姉さんさ。少なくとも書類上の上ではね」
それはあくまで書類上の上であり、既にオリビアから叔母ではないとカミングアウトを受けているので、その書類上の呼び方を続ける事に何か意味があるのか分からないが、オリビアの事で考えても切りが無いのでひとまずスルーする事にした。
「どんな親だったかといきなり聞かれても漠然とした事しか答えられないんですけど……。そうですね……母は明るくて、ちょっとおっちょこちょいで、少し潔癖症な所があって、そして人を信じている人でした」
「人を信じているとはどういう意味だい?」
「性善説って言うんですかね? 人にはちゃんと良心が備わっていて、そこを信じて接して行けば、相手はきっと応えてくれる。そんな事を本気で信じている人でしたね」
「はは、何ともロマンチストな人だね。けれど、その口ぶりからすると玲子はそれを信じていないのかい?」
「私のこれまでの経験を振り返っても、そのロマンチズムを無垢に受け取る事なんて出来ませんよ」
「まぁ、そうだろうね」
私は今までに人の持つ醜い部分や攻撃的な部分をまざまざと見せつけられてきた。その上で人の良心を信じる事など出来るはずもない。
「父はちょっと真面目過ぎるぐらい真面目な人で、そして家族をとても大切にする人でした。……世界中の家族と比較しても、私はとても幸せな家庭の中で過ごしてきたんだと思います」
「私はあまり情報による裏付けがない憶測は好きではないんだけどね……私もそう思うよ」
何時もの飄々とした態度とは違い、少ししんみりした様な雰囲気を纏ったオリビア。
そんなオリビアの様子に少し驚き、そして以前から思っていた疑問がポロっと口から出てきてしまった。
「オリビアは何で私の所に来たんですか? それに何で私にこんな教育を施しているんでしょうか?」
オリビアは以前、
『私達は紙面上正式な親子になった。だから私は君の幸せを願い、その為に必要な物を提供する義務がある』
『お察しの通り、私は碌な人間ではないからね。姉さんの大切な娘にあげられる物なんてあまり持っていないのさ。だから私の持つ一番の力を玲子にあげよう』
などと言って人を扇動する為の技術を教え込まれている。
けれどオリビアが私の叔母ではないと分かった今、オリビアには別の本当の理由があるはずなのだ。
「……私はね、玲子がどんな選択をするのかに興味があるのさ」
「選択って何の選択ですか?」
「それはまだ言えない。けれど、何時か私は玲子に選択を迫る時が来る。その時の為に、玲子には知っていて欲しいのさ……人の醜さと醜悪さと滑稽さをね」
「その為の教育ですか」
「そう、そしてその上で玲子がどんな選択をするのかに興味がある……似た者同士としてね」
あぁ、やっぱりそうか。
……オリビアは、私を知っているのだ。
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