15. 思考力の奪い方

「火消しですか?」

「そう、火消しさ。より具体的に言うのなら、今現在SNS上で起きている炎上騒ぎを鎮静化する事が今回の課題になるね」


 そう言うとオリビアはパソコンでWEBブラウザを立ち上げ、一件のSNS投稿を表示した。

 

「これが玲子にやってもらう最初の火消し対象だ。この炎上内容は、とある漫画の『父子家庭である中学生の娘が料理を作っているシーン』を抜粋して、『これは女が料理を作らないといけないという旧時代的な考え方の押し付けであり、中学生女児に対する虐待だ』という論調から始まった物だね」

「……その人は馬鹿なんですか?」

「全く持って同感だよ。でもね、何とこの馬鹿みたいな論調に共感し、この漫画を描いた作者のSNSアカウントや公式ブログに毎日嫌がらせのコメントやDMを送りつける者が後を絶たない状態になっている」


 そのあまりの状況に私は絶句した。

 無理やりな暴論を言い出した者もさることながら、そんな暴論に共感して毎日誹謗中傷を繰り返す者達の神経に私は戦慄する。

 ……けれど、私は知っている。人は簡単に思考する事を放棄し、ゾンビとなって扇動されてしまう事を。


「このパターンの炎上で厄介なのは、炎上させている者やそれに扇動されて誹謗中傷を繰り返している者も『自分は正義だ』『自分は正しい事を言っている』と勘違いしている事なんだ。その為、如何に正論で返そうともその者達の耳には届かないし、届いたとしても完全に思考を止めてしまっているのでほぼ会話にならない」


 そう言うとオリビアは、1つのタイムラインを表示した。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『この漫画ちゃんと読んだ事ある? これは幼い頃からバレエが好きで、大好きなバレエの世界に羽ばたきたいと願う少女と、母親の分まで娘を愛して、娘の夢を叶えて上げたいと毎日遅くまで働いている父親の物語なの。それを男女差別だの虐待だのとお門違いなの分かる?』

『あなたの様なレイシストが居るから、この世から女性被害が無くならないんです。あなたはこの世にいる全ての女性被害者に謝罪すべきです』

『お前何言ってんの? この漫画と批判内容が全く合って無いって言ってんのに、なんでそれがレイシストだの女性被害者への謝罪といかいう話になんだよ。少しは物事を考えてから喋れ』

『あなたの様な根っからのレイシストに何を言っても無駄なようですね。ブロックさせて頂きますのでもう関わらないで下さい。あなたの様な方からの女性被害者を1人でも減らせるように、私はこれからも声を上げ続けます』

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……凄いですね」

「だろう? 傍から見ればその発言の異常さがよく分かるが、本人はこれを本気で言っているからね。更に恐ろしいのは、この者に対しての批判コメントだけでなく、同調するコメントも多数見られる事だ。……だが、こういった炎上から学べる事も多い。特に、私の様に情報を扱い、民衆を扇動する者にとってはね」

 

 それからオリビアは、ここからが本題だとばかりに話を進める。


「以前玲子は扇動される者の事を『自分で思考する事が出来ないゾンビ』と例えたが、それは全く持ってその通りだ。扇動される者は総じて思考力を手放し、情報という刺激に対して反射的に動いているだけのゾンビなのさ。つまり、民衆を扇動する為に必要なプロセスとは……何なのか分かるかい?」

「……人から思考力を奪う、ですか?」

「流石玲子、その通りだよ。そして今回の課題である炎上からは『人は如何にして思考力を手放すのか』を学ぶ事が出来る。……時に玲子、この炎上騒ぎを引き起こした者はどんな感情を抱いていると思う?」


 オリビアのその質問に答える為、私は炎上騒ぎを引き起こした者の事を考えた。

 そしてその文章からその者の思考をトレースし、感情を読み取る。


「優越感……でしょうか」


 私の回答を聞いたオリビアはニタリと笑い、椅子から立ち上がると私の方へと近づき、私の頬を両手で包み込んだ。


「正解だ。人から思考力を奪い、そして効率的に伝染させるには優越感を植え付ける事が一番なのさ」


 オリビアは私の瞳を覗き込み、その笑みを更に深める。


「さぁ、玲子。人を醜く歪める、優越感について学んで行こうじゃないか」

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