【教えて、オリビア先生 】憲法改正 2

「さて、では早速今日も憲法の改正草案について解説して行こう」

「前回は『憲法の縛る対象が、権力者から全国民に拡大している』という話でしたね」

「そうだね。そして今日は具体的にどう憲法を変更しようとしているのか、特に危険度の高そうな物をピックアップして紹介しようと思う。ちなみに現在議論の争点になっている『憲法九条』と『緊急事態条項』については、話すと長くなるからまた明日へ持ち越しだ」


 ◇


「まずは前文についてだね。まずはこの前文を読んでもらいたい」


【政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する】


「主権が国民にある事と、政府の手によって戦争が起きないようにする事への宣言ですね」

「そう、所謂基本理念というやつだね。……そしてこの一文は改正案では完全に削除されている」

「……はい?」

「ん? 聞こえなかったかい? この国民主権についてと政府の手による戦争を起こさないようにする旨の宣言が消えているのさ」

「え、何でですかっ!?」

「さて、何でだろうね」


 ◇


「次は国民の安全保障についての一文だね」


【第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない】


「何とも頼もしい条文ではないか。そしてこの頼もしい条文がこうなる」


【何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない】


「憲法とは国の指針であり、本来憲法改正とは国にとって大きな変革なんだ。現在の政権与党はそんな大きな変革を起こしてまで、何故『いかなる奴隷的拘束も受けない』という文言を『社会的又は経済的関係において身体を拘束されない』に変更するのだろうね。玲子はどう思うかい?」

「……」


 ◇


「次は宗教団体への制限についての条項だね」


【第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない】

【国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない】


「宗教とは使い方次第では本当に怖いツールでね。過去の歴史において、宗教による戦争や侵略の例は数多くある。それを鑑みればこの条文は必ず入れなければいけない内容だ。私が憲法を1から作る立場ならまず確実に入れるだろう。そしてその国を守る為の条項がこうなる」


【信教の自由は、保障する。国は、いかなる宗教団体に対しても、特権を与えてはならない】

【国及び地方自治体その他の公共団体は、特定の宗教のための教育その他の宗教的活動をしてはならない。ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない】


「はは、この改正条項が通れば政治の世界においても宗教団体は力を持ち、更には日本人を日本人たらしめる礼節や文化は次第に破壊される事になるかもしれないね。……おっと言い方が間違ったね、これは最近流行りの言葉で言えば『多様性の受け入れ』と言うやつかな?」


 ◇


「次は表現の自由についてだ」


【第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する】

 

「国民が持つ表現の自由を保障する条文だが、改正内容ではそれに条件が追加される」


【前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない】


「一見良さそうに見えるこの条文だが、これには何を持って『公益及び公の秩序を害することを目的とした活動』と判断するのかという問題が出て来る。その判断基準によっては世界情勢や国内の腐敗について発信している者、そして場合によっては本作も憲法違反になるかもしれないね」


 ◇


「次は刑罰についての条項だ」


【第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる】


「これが改正されるとこうなる」


【公務員による拷問及び残虐な刑罰は、禁止する】


「一瞬何か変わったのか分かりませんでしたが、『絶対に』という文言が消えてるんですね」

「そうだね。拷問と残虐な刑罰を禁止するという事自体は変わらないが、『絶対に』という文言が消えている。先ほども言ったが本来憲法改正とは国の指針を変える大変革なんだ。そんな大仕事をしてまで何故この変更が必要なのかは不明だ」

「意味合いが同じだからとかもあるんでしょうか?」

「もしそんなしょうもない理由であれば、『憲法でチキンレースをして遊ぶな』と言いたくなるね。国と国民の事を思えばこういった条項の文言は重い方が良い。意味合いが同じだからという理由だけでより軽い表現に変えているのであれば、それは正気の沙汰ではないよ」


 ◇


「次は総理大臣を含めた大臣職についての条項だ」


【第六十六条 内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない】


「それがこうなる」


【内閣総理大臣及び全ての国務大臣は、現役の軍人であってはならない】


「……国のかじ取りをする人達を軍関係者にしたいって事でしょうか?」

「さてね、変更理由の1つに憲法九条の修正に関連した物であるというのも考えられるが……この部分に触れると、とある界隈の者達に盛大に噛みつかれそうだから解釈に関してはコメントを差し控えるよ」


 ◇


「次はよく話題に出て来る基本的人権に関してだね」


【第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである】


「何とも泣けて来るじゃないか。この条文を作った者の熱さを感じるね。さて、この条文に対する改正内容だが……全文カットされる」

「……はい?」

「全文カット、つまり削除され無くなるという事さ」

「……何故そんな事を?」

「さて、どうしてだろうね」


 ◇


「次は地方自治についてだね」


【第九十五条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない】


「これがこうなる」


【第九十七条 特定の地方自治体の組織、運営若しくは権能について他の地方自治体と異なる定めをし、又は特定の地方自治体の住民にのみ義務を課し、権利を制限する特別法は、法律の定めるところにより、その地方自治体の住民の投票において有効投票の過半数の同意を得なければ、制定することができない】


「えっと、よく分からないんですが、つまりどういう変更なんでしょうか?」

「簡単に言えば住民投票が必要になる地方での特別法の範囲が厳密に定められたという事さ。厳密に定められたという事は、裏を返せば今まで『一の地方公共団体のみに適用される特別法』という括りの中に入っていたであろう内容が、その範囲から漏れ出るという事でもある。……あと個人的には何気に変更されている『有効投票の』という文言も気になる所だが、ここに関しては憶測の範囲を出ないので実際の政府の出方を見ないと何とも言えないね」

 

 そして更にオリビアは話を続ける。

 

「ニュースでは全くと言っていい程報道されていないため玲子は知らないかもしれないが、現在日本ではとある事情によって治安悪化が深刻化している地方自治体がいくつも存在している。中には警察が全く動かない為に自警団が立ち上がった市まで存在する程だ。……その他にも国籍の背乗り問題等、国籍関連においてすぐにでも対策しなければならないが一向に手を付けようとしない問題が多数ある」

「つまり、国民投票の条項に関してそこら辺も考慮しないといけないと言うことですね」

「憲法改正の前にやらなければならない課題が数多くあるだろうって話さ。それを放置してこれらの憲法改正を急ぐ理由を聞きたい所だね」


 ◇


「さて、長くなってしまったが今日はこんな所だ」

「何だか私の思っていた以上に酷い内容でした。これをマスコミが全く取り上げないのは流石に不自然です」

「全くだ。だが、今回の憲法改正の本当に危険な所はこんなものじゃない。明日からは今回の憲法改正における最大の争点である『憲法九条』と『緊急事態条項』、それらと同等の危険性を孕んでいる『憲法百条』について解説して行こう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る