11. 簡単に手に入る嘘、手に入れる事が難しい真実
本物の悪魔を見せる、その一言から漏れ出る底知れぬ迫力に私は寒気を覚えた。
「……本物の悪魔ですか?」
「そう、この前私がやったようなちゃちな物じゃなく、もっと悪質で悪逆で悪魔的な事をしている者達をお見せしよう」
そう言うとオリビアは一枚のメモ紙を手渡してきた。
「まずはそこに書かれている5人の動画チャンネルを過去1年分調べてみてほしい。やる事はその配信情報の裏取りと、信用度に著しく欠ける情報のピックアップだ」
そこに書かれている名前は私でも知っているような名前ばかりだった。
実業家や芸能人に学者などその職業は様々だが、どの人物もテレビで見た事がある有名な人だ。
ひとまず私は1人目のチャンネルを検索し、現在までに配信されている動画の一覧を確認する事にした。
「あの、オリビア。過去一年分って結構あるんですけど……しかも、それを5人分ですよね?」
「あぁ、大変な課題だがしっかり頑張るんだ。その代わり、課題達成の暁には奮発して豪華なディナーと洒落込もうじゃないか」
「……はぁ~。精一杯頑張らせて頂きます」
こうして過去一大変な課題が開始された。
……
…………
………………
その課題は本当に大変な作業だった。
どれだけ大変だったかと言うと、課題の完遂までに約三ヶ月程掛かった程だ。
私はこの三ヶ月間延々と動画を視聴しては調べられる範囲で情報の裏取りをし、その動画内での発言が【確定情報】【未確定情報】【推測】【憶測】のどれにあたるのかを調べ続けた。
そしてその課題を完遂するまでに私は、公開されている論文を斜め読みしながら必要な情報を探し出す技術、複数の情報媒体から効率的に情報を探し出す検索術を習得し、更には翻訳ツールを咬ませなくても簡単な英文法なら読めるようになっており、それはこの課題がどれだけ過酷だったかを物語っていた。
「オリビア、終わりました。資料はこんな感じにまとめてみましたが良かったですか?」
「あぁ、よくまとめられていると思うよ。では次のステップだね」
「……次?」
「おいおい、課題を出す時ちゃんと言っただろう? 『まずは』と」
オリビアの言葉を聞いて私は絶句する。
正直三ヶ月前にオリビアが何と言ったかなんて正確には覚えていなかったが、オリビアの事だ、そこは抜かりなく言っていたのだろう。
私はぐったりと力が抜けて前のめりになってしまった体をグッと持ち上げ、半ば不貞腐れたようにオリビアを睨んだ。
「で、次は何をすれば良いんですか?」
「まぁまぁ、そんなに睨まない。次はこれまでと比べれば早く終わるはずさ」
そう言ってオリビアは次のステップについての説明を続ける。
次のステップ。それは、これまで調べてきた情報の中から裏取りした結果信頼度の著しく低かった情報を抜き出し、その情報に関連する動きが政府やマスコミで何かあるかを調べる事だった。
ちなみにその後、その関連する動きがあった情報を更にピックアップし、海外の国々でも関連する動きがあるか調べるというステップも課題に追加される事となる。
これらの課題を熟す過程で、オリビアが私に何を教えようとしていたのかを理解した。
まずは悪意あるインフルエンサーの立ち回り方だ。
オリビアから調べる様に言われた者達だが、基本的には真っ当な事を言っているし、その持論を裏付ける情報や理論武装もしっかりしている。……けれど、そうでない情報も極一部忍び込ませていた。
それはさもそれが真実の様に話してはいるが、よくよく聞いてみれば何の情報的裏付けのない持論であったり、調べてみると裏付けとして説明している歴史が真っ赤な嘘であったり、自分の意に沿わないものへのただの暴言であったり……。
つまりこれは、一連のプロセスだったのだ。
基本的には真っ当な情報や持論を展開し、発言への信頼性を強めていく。
以前説明された様なメソッド化された信者集めの手法を使い拡散力を高めていく。
そして発言への信頼性と拡散力を高めつつ『本当に流したい情報のウイルス』を蔓延させていく。
「その通り。それが彼らのやり方さ。徹頭徹尾頭のおかしな持論を展開していればそれは只の狂人だが、知識人を装い、道理の分かる者を装い、親愛なる隣人を装い、愛国者を装い、そうした上で病の元を情報の海へと流してやれば、それは着実に広がりを見せる」
私が5人のインフルエンサーを調べた結果をオリビアに話すと、オリビアはニタリとした笑顔で顔を歪ませた。そして両腕を広げ、海へと投下された病原の広がりを表現する。
私が調べたインフルエンサー達は、そういう意味でも確かにインフルエンサー(病気を蔓延させる者)だったのだ。
「このやり方はインフルエンサーだけでなく一部の政治家でもやっている者がいるね。国会の審議ではとても愛国者然とした態度で真っ当な事を話し民衆のファンを増やすが、発言ベースではなく実際にやっている政治家としての仕事ベースで見ると全く違う人物像が映し出される」
正直私は政治には全く興味が無いため知らなかったのだが、そういう政治家が何人も居るらしい。
国会の発言の場ではとても良い事を言い、そのシーンが動画サイトやSNSで拡散され人気を集める。けれど、国の政策としてどういった事をやって来たか、これまでどんな法改正や新法に賛成してきたかなど、仕事ベースで見ると全くの真逆の人物になるそうだ。
けれど、多くの国民は自分で調べなければ分からない情報には全く興味がなく、目の前に提示された見栄えの整えられた情報に侵される。
今回調べたインフルエンサーの信者達もそうだった。
多くの者は調べなければ分からない情報には興味がなく、分かりやすく与えられた情報を真実として飲み込むのだ。
「インフルエンサーの手法は良いだろう。それで、彼らが忍ばせ撒いていた情報に関連する動きを調べてみて、分かった事はあるかい?」
「……国、マスコミ、インフルエンサー、それらは全て繋がっていました」
「それで?」
オリビアの濁った瞳が真っすぐ私を見つめる。……私の反応を見逃さないと言わんばかりに。
そんなオリビアの様子にゴクリと喉を鳴らし、意を決して今回の課題で行き着いた答えを提示する。
「世界は今、二極化しようとしています」
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