10. 信者への階段

「さて、玲子の教育第2章も大詰め。最後の教材はインフルエンサーだ」

「インフルエンサーと言うと、ブログとかSNSで色々流行らせたり情報の拡散力が強い人達の事ですよね?」

「簡単に言うとそうだね。ちなみに玲子はそういうのには結構詳しい方かい?」

「いえ、正直に言うとそういうのにはあまり興味が無くて。友達にはインフルエンサーに詳しそうな人は居るんですけど」


 両親もテレビに出演していた動画配信者やSNS上で有名らしいインフルエンサーを指して、私にその人を知っているかとよく聞いて来たのだが、女子が全員そういう人達に興味があって詳しい訳では無いのだ。そして私も全く興味が無い側の人間だった。


「そうか、けれど興味は無くとも大枠のジャンル別に何人かインフルエンサーをピックアップしておくと良い。やはり成功したインフルエンサーなだけあってサムネイルの作り方がとても上手い。中身を見ずともサムネイルとそれに対する反応率を見れば、そのジャンルの大体の流行の流れや民衆の興味関心が大まかに掴めるようになるので効率的だ」

「……まさかインフルエンサーの方達も、一生懸命作って投稿した内容がそんな使われ方をしているとは思わないでしょうね」

「どんな情報にも色んな角度での需要があるものさ」


 そんなこんなで今日の題材『インフルエンサー』についての授業が始まった。


「さて、これまで国とマスコミのよくやるアプローチ方法について説明してきた。さぁ玲子、私にそれぞれのアプローチ方法を教えてくれるかな?」

「国は『常識を作る』。マスコミは『レッテルを貼る』……ですよね?」

「その通り、しっかり覚えているね。では今回の題材であるインフルエンサーのアプローチ方法だが、それは『信者を作る』だ」

「信者ですか?」


 信者といえば宗教だが、インフルエンサーと宗教が私の中で全く結びつかない。

 そう言えば以前、オリビアから『尊敬はしても信者にはなるな』と言われた事がある。

 今回の話もそれに関連した物なのかもしれない。


「そう、読んで字のごとく、信じる者と書いて信者さ。人を信者に仕立て上げる方法には何パターンかあってね、大体のインフルエンサーはそのパターンに従って信者を増やしていっているんだ。今回はその中でも分かりやすい者達を何人かピックアップしているので、今回はその者達をつかって信者化へのパターンの説明をしよう」


 ◇


「彼は雑学系の動画配信者だね。歴史や文化、はたまた色んな業界の面白雑学など様々なジャンルの雑学を紹介している。そんな彼のやり方は一言で言うと常識壊しだ」


 人は新しい事を学ぶ時より、今まで常識だと思っていた事を覆された時の方が大きな衝撃を受け、そして相手を本物の知識人だと尊敬するようになるらしい。

 例えば、美容系でも炭水化物ダイエットが流行り出すと次に炭水化物ダイエットは体に悪いという人が出て来たり、新しいスキンケア用品や手法が流行ると、そのスキンケアが間違っているだの危険だのと言いだす人が出て来る。そしてその逆転した知識が多くの人に広まっていくと、更にそれを否定する情報を発信する人が出て来る事になる。

 そして多くの人が碌に調べる事なく「そうだったんだ!」と衝撃を受けて鵜呑みにするらしい。


 その鵜呑みにした情報が数年後に再度ひっくり返った時、また「そうだったんだ!」と感銘を受けている様を想像すると……何とも言えない気分になってくる。


 ◇


「彼は所謂意識高い系をターゲット層とした知識系の動画配信者だね。そして彼の場合は販促による段階的な信者化を行っている。この手法はビジネスの世界では一般的で、そして強力な手法だ」

 

 そのインフルエンサーは普段、最新の論文や行動心理学の情報を元にした成功者メソッドなどの動画を配信しているの人だった。

 その特徴は、幾つもの形態の商品を組み合わせて一連のビジネスモデルを構築し、興味を持って動画を観はじめた人がエスカレーター式に様々な商品を購入の末、最終的にどっぷりと沼に使った信者になるように仕組まれている事だ。

 最初は月額ワンコインのオンラインサロンから始まり、書籍を買い、月額数千円のオンラインサロン、数万円のセミナー、そして最後は数十万の合宿セミナーへと行き着く。

 最初はたった一本の動画から始めり、最終的には数日で数十万払う事になるとはなんとも凄い世界だ。


 オリビア曰く、人は自分を正当化する為の考えを無意識且つ自動的に生み出す生き物であり、小さな買い物でも『その商品はとても良い物だった』と自分に言い聞かせる事があるらしい。そしてその所為で次の段階の商品を買い、また自分を正当化するというループを繰り返して信者度を上げていくそうだ。

 そして完全な信者になると、数十万の商品が実際には何の役にも立たない物だったとしても、何かしらの理由を付けて素晴らしい商品だったと満足するようになるらしい。

 この信者化メソッドの胆は自己正当化であり、その自己正当化による理由付けは何かしらの切っ掛けが無ければ自分で気付く事がほぼ出来ないそうだ。なんとも恐ろしい話である。


 ◇


「最後に紹介するのは彼女だ。彼女は占い師……と言うより予言者のような配信をしていてね、その人気は高く、テレビ出演などもしばしばある程だね。そんな彼女が行う信者化メソッドの胆は不安感さ」


 その人は私も以前テレビで見た事がある人だった。


「面白い話だけどね、実は経済とスピリチュアルと言うのは面白い関係性にあるんだ」

「面白い関係性ですか?」

「そう、実は占いなどのスピリチュアル系の物は、経済が落ち込んで来ると需要を増し、逆に経済が上昇してくると需要が減るんだよ」


 私はその内容に驚きつつも、その後オリビアが説明してくれた内容を聞いて凄く納得もした。

 民衆の中でスピリチュアル系の需要は中々に高く、日本国内だけでもその経済規模はかなり大きい。そんな需要の根本となっているのは『不安』なのだそうだ。

 そして、現代の資本主義社会において多くの不安の切っ掛けとなっているのがお金なのだ。だから経済が傾くと様々な不安が生まれ、その不安感から逃れる為にスピリチュアル系の需要が上がり、逆に経済が上昇すると満たされている人の割合が増えてスピリチュアル系の需要が下がるという。


「彼女の動画は基本的に不安や恐怖を扱っている。お金、人間関係、結婚、健康、治安の悪化、戦争、エトセトラエトセトラ……そういった時事的な不安や恐怖、そして現代人が持つオーソドックスな悩みを題材としたトピックを取り上げ、動画コンテンツの中で不安を煽ったり希望を持たせたりする事によって信者を作り上げているのさ」

「それは……何だか嫌なやり方ですね」

「一概にそうとも言えない。需要とはそういう物から生まれる事も間違いではなく、形はどうあれ多くの広告やビジネスが『煽り』と『希望の提供』で出来ている。問題があるとすればモラルの有無だが、彼女レベルならまだましな方さ」


 そう言うとオリビアは一拍置き、ニヤリと笑って勿体ぶるような口調で話し始める。


「さて、ここまで学んだ事を念頭に、この後紹介する数人のインフルエンサーを調べて貰いたい。……玲子に本物の悪魔を見せて上げよう」

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