7. 作られた常識
「玲子、消費税というのはね、事業が払う税金であって消費者が払う税金ではないんだ。普段消費税を払っている気になっている玲子も、実際は消費税なんて1円たりとも払ってないんだよ」
「え? でも、レシートにはちゃんと消費税としていくら払ったかが書かれてますよ?」
「そう、それが罠さ。消費税というあたかも消費者が背負っているかのような名前の税を作り、そして消費税法によってその定価にどれだけの消費税が含まれているかを記載するルールを組み込んだ。それによって消費税は消費者が払っているという常識を作り上げたのさ」
それからオリビアは消費税が生まれ、そしてこれまでどういう経緯を歩んでインボイス制度が生まれたのかのを語った。
私が生まれるより前、当時の与党が売上税という売上に対して税金を課せるという新たな税制を作ろうとした。だが、既に企業は利益に対して法人税を払っているし、利益額ではなく売上額に対して税を掛けるという暴挙のような税制に対して国民と野党の猛反発が起き、この新しい税制案は廃案となった。
これで企業と経済に大きな負担を課せる税制が通る事はなくなったかと思いきや、なんとその翌年に消費税と名前を変えて審議され、あろうことかそのまま通ってしまったのだそうだ。
ただし、売上税の際に起きた国民からのバッシングから知恵を付けた与党は、売上3000万円以下は免税であると条件を付ける事にして、税率3%からのスタートを切る事になった。
そこからはあれよあれよと言う間に免税ラインが3000万から1000万になり、税率も3%→5%→8%→10%と上がっていき、そして遂にはインボイス制度によって一律納税対象となったのだ。
しかもインボイス制度には隠れた悪意が忍ばされており、インボイス制度を適用された事業者の個人情報一覧は国が管理するサイトから全世界に公開し、しかもその情報は商用利用可とした。
もはや個人情報保護もへったくれもない制度だ。
勿論、これだけの暴挙に対し反対する声も多かった。
免税ラインの引き下げの時や、インボイス制度の設立に関して多くの人がそれに批判し、署名活動によって数十万の署名が集まったのだ。……けれど、それは消費税が導入された時点でもはや手遅れだった。
消費税というネーミング、そして消費税法によってあたかも消費者が消費税を払っているかのように見せる消費税額記載の義務化。それらによって、より多くの国民が『私達が払っている消費税を免税特権で着服している』と勘違いしてしまったのだ。
「消費税という名前や消費税額記載の義務化を考えた者はまさに悪魔的天才だね。たったそれだけで多くの国民に間違った認識を植え付け、間違った常識を作り上げてしまったのだから」
「……他にも国が作った間違った常識はあるんですか?」
「勿論あるとも。税金は政府の財源だの、国債は借金だから返さないといけないだの、数えだしたら切りがない。特に最近では憲法や国際情勢、医療関連で都合の良い常識を作ろうと躍起になっているね」
オリビアの話を聞きながら、私は目の前が暗くなっていくのを感じた。国がそんな動きをするのなら、ただの子供でしかない私には抗いような無いではないかと。
そんな様子の私を見たオリビアはニタリと笑い、パソコンに映し出された記事を指さした。
そこにはインボイス反対の署名活動についてと、インボイス制度に賛成する人達の声が紹介されていた。
「このインボイス制度に賛成している者達を見て、玲子はどう思う?」
「……もっと調べれば良いのに、と思います。物事の経緯を知らずになんで賛成と言えるのか」
私がそう言うと、オリビアは笑みを深める。
「おめでとう、玲子。今君は立派なゾンビになった」
「え?」
その突然の言葉に驚いていると、オリビアはそんな私の顔を片手で撫でながら私の顔を覗き込んだ。
「君は今、私の言葉の真偽を調べずに私の言葉を真実だと思い込んだだろう? 君は今、私という悪魔に扇動されたのさ」
「っ!?」
「そして君は、つい先ほど聞いたばかりの真偽を確かめてもいない知識を絶対視して、その知識と対立する相手を碌に考える事なく非難した。今の玲子は立派なゾンビだ」
扇動される者は自分の持つ知識を絶対視し、賢者は知識を絶対視せずに真偽を調べ、時に知識を更新する事にも躊躇しない。
私はオリビアから話を聞いただけであり、本来であればその真偽を判断する前に自分でしっかり調べなければならなかったのだ。
「別に今私が話した情報が嘘だと言っている訳ではない。だが、世の中には言葉巧みに自分にとって都合の良い知識を相手に植え付ける者がいる。常識を覆すような言動によって本当の知識人だと勘違いさせるものがいる。ただ言動が過激なだけで強引に扇動する者がいる。玲子もこれから色んな者達と出会い、時に信用できる相手を見つける事だろう。……でもね玲子、心に刻むんだ。『尊敬はしても信者にはなるな』」
その言葉を言い聞かせるオリビアの顔は、普段とは違いひどく真剣だった。
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