4. 情報と人の性質

 オリビアが最初に流した情報は真実と憶測を混ぜた物だった。


『【悲報】煽り運転の被害により両親を失った女子中学生、現在不登校状態に。原因はSNSに蔓延した中傷投稿か』


 煽り運転によって両親を失った事と、現在不登校になっている事は真実だ。けれど、不登校の理由はオリビアから『学校に行く暇があるなら私から技術を学ぶ時間にあてておけ』と言われたからである。

 オリビアが書き上げた記事の中では、事故により両親を失った直後に複数のSNSアカウントから事故死した両親への誹謗中傷が相次ぎ、その後私が不登校となっている事実を綴っていた。

 記事内では煽り運転により両親を失った事実と、複数のSNSアカウントから誹謗中傷を受けた事実、そして現在その女子中学生が不登校になっている事実を書いていたが、ずる賢い事に決して誹謗中傷を受けた事が原因で不登校になっているとは何処にも書いていなかった。

 あくまで事実のみを書き、記事タイトルと事実情報の伝え方により、読者が『誹謗中傷した奴らの所為で何の罪もない少女が更に傷つき不登校になった』と考えるように仕向けたのだ。


 記事内ではどのアカウントが中傷行為をしたかを書かなかったが、誹謗中傷の原文を記載した事により、その文言で投稿を検索出来るように工作していた。

 そして情報拡散用のアカウントにて記事の拡散と中傷を行ったアカウントの特定を行った。


 その後の展開は文字通り怒涛の様だった。

 オリビアが撒いた情報に扇動された者達が情報を拡散し始め、話題となったトピックに飛びついた情報配信系の動画配信者やSNSアカウントがそのトピックを取り上げた。

 そうして作られた正義と倫理観の炎は更に燃え上がり、正義感と倫理観に突き動かされた者達が徹底的にターゲットを叩き、今回の事とは全く関係ない過去にターゲットが投稿した発言を引っ張り出して再炎上し、過去の投稿内容からターゲットのリアルが暴かれ晒された。

 今はどのターゲットもアカウントを削除しているが、恐らくそれでは済まない状況になっている事だろう。


 オリビアは多くの民衆を集める為に大きな角砂糖を設置し、その後その動きを操るように小さな角砂糖を少しずつ落として行った。そして見事民衆を扇動して見せたのだ。

 その一連の経緯を特等席で見ていた私が抱いた感想……それは。


「情報はウイルス、そしてそれに侵された人達はゾンビです。ゾンビ達は自分で考えて行動していると勘違いしてますが、実質ゾンビ達は全く自身で思考出来ていません」


 そんな私の言葉を聞いたオリビアはニタリとした笑みを更に深める。


「その通り、流石玲子だ。実際、今回ターゲットを叩いた者達の殆どが自分で思考出来ていなかっただろうね。それともう1つの特徴として、人は大義名分や自分は反撃されないという状況を与えられると何処までも残酷になれるというのも覚えておくと良い」


 オリビアはケラケラと笑いながら話し続ける。


「基本、人は受け売りの中でしか生きる事が出来ない。それこそ研究者でもない限りわね。賢者は人からの受け売りを判断材料の1つとして有するが、扇動される者はそこが違う。与えられた知識や意見を、さも自分で手に入れた知識や自分の考えであるかの様に勘違いするのさ」


 勘違い。そう、勘違いなのだ。

 発言力のある者が『誰々が悪い』『何々が悪い』という考えを知識と一緒に拡散すれば、それを受け取った者はその知識が真実であると碌に調べもせずに確信する。

 そしてその意見を自分の意見だと勘違いし、扇動されて行くのだ。


「世の中には逆張りの意見を言う事によって自身をアピールする者も居るが、それが只の逆張りであり、大元の意見の理論武装が真っ当であればあるほど逆張りの理論は破綻してくる。そうなると余計に大元の意見が正しいと強調されてしまう。正当ゾンビも逆張りゾンビも等しく扇動されているだけのゾンビであり、その行動によって更にゾンビを増やしていく悪循環が生まれる。……まさに情報とはウイルスだという事だね」

「……人が受け売りの中でしか生きられないのなら、私はどうやって身を守れば良いんですか? 自分の今の考えが人に扇動された物なのか、本当に自分で辿り着いた物なのか判断出来る方法なんてあるんでしょうか」


 目の当たりにした人の性に不安を覚え、そんな弱音を吐露してしまう。

 するとオリビアは「簡単な事さ」と2本の指を立てた。


「1つ、調べる事。2つ、人から与えられた情報も、自分で調べて得た情報も、絶対視はしない事。……情報なんて曖昧な物を絶対視するなんて、愚か者がする事だよ」


 そう言って今回の一連の授業は幕を閉じた。

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