2. オリビアの仕事
私の両親は交通事故で死んだ。その事故の原因は、1人の男が起こした煽り運転だった。
父の車には前と後ろにドライブレコーダーが設置されていて、事故後の調査で事件の全容はすぐに判明した。私も後日その映像を泣きじゃくりながら見ていたので、今でもその光景を鮮明に覚えている。
それは突然の事だったのだ。それまで何の問題もなく高速道路を走行していた両親は、何の脈絡もなく突然1台の車から煽り運転を受ける事になった。
何を思ったのか、その男は突然後ろから車間距離を詰めてきてクラクションを鳴らし始め、その後も追い越しては目の前で蛇行運転を始めたり、隣りを走り出すと「ぶつけるぞ!」と言わんばかりに何度も近づいては離れたりと執拗な煽り運転を続けていた。
そしてそれは起きる。距離感を測り間違えたのか、男の車は父の車へと強くぶつかり、父の車は酷い蛇行運転のすえ何度も横転してしまったのだ。
それを見た男は、救急車を呼ぶ事もなく逃げ去っていった。
幸い、犯人を捕まえる証拠は無数に出てきたので逮捕までにはそう時間は掛からなかった。……だが、両親の命を奪ったその事件は、その後も私を苦しめ続ける事になる。
『死んだ方にも煽られる原因があったんだろう。争いは同じレベルの者同士でしか発生しない』
『何の理由も無しにそんな事する訳がない。煽り運転をする切っ掛けがあったはずだ』
『都合の良い所だけ見せてそれより前の映像は見せない。典型的なクズの犯行』
テレビ局の申し出に応じてドライブレコーダーの映像を提供すると、テレビ局ではその映像と共に事件のあらましをニュースで取り上げた。
勿論その事件に対して加害者を非難する声が大部分ではあったが、何故か被害者側で命まで奪われた両親の事を非難する声もあったのだ。
……私はその時、人間の理不尽さと醜さを知った。
「何とも馬鹿げた話だね。争いは同じレベルの者同士でしか発生しない? はっ、何を馬鹿な。世界にはゴミと理不尽で溢れかえっていると言うのにね」
オリビアは心底馬鹿にした態度でケラケラと笑う。
「けれどね、そんな何の根拠も論理も無い妄想でも、その者にとっては真実なのさ。まさに妄想を絶対視する愚者だからね」
「……」
「だからこそ私は玲子に力を授けよう。理不尽から身を守る力を。理不尽を武器として、望む結果を手繰り寄せる力を」
両手を広げ、演劇でもしているかのような大げさな態度。私にはオリビアが詐欺師か、もしくは私を唆し契約を強いる悪魔のように見えた。
「まぁ、そう胡散臭い者を見る様な目は止めておくれよ。姉さんに似たその顔で、そんな目で見られてしまうと思わず興奮してしまうじゃないか」
「ごめんなさい、謝るので勘弁して下さい」
「ふふん、よろしい」
オリビアは私をからかって満足したのか、冷蔵庫からレモネードの瓶を2本取り出し、私に1本手渡して続きを話し始めた。
「さて、では真面目に授業を再開するとしよう。私はこれまで君に情報源の精査・裏取りのやり方などを教えて来た。そしてここからが本番だ。……これから君には、情報を操る悪魔の技を覚えてもらう」
「悪魔の技、ですか?」
「そう、読んで字のごとく悪魔の技さ。そして悪魔から身を守る技であり、君自身が悪魔になる技だ」
オリビアの濁った瞳が怪しく光る。何時もニタニタと軽薄そうに笑うその笑みが深くなり、言い知れぬ迫力を放っていた。
「玲子には私が何の仕事をしているか教えていなかったね」
「そうですね。気にはなっていましたけど、聞いても教えてくれなさそうだと思っていましたから」
「流石、玲子。姉さんと同じで表情や雰囲気から相手を察する事が得意だね。ますます好きになってしまいそうだよ」
「ごめんなさい、勘弁して下さい」
この人は何時も飄々としていて、本気なのか冗談なのかよく分からない。
けれど、本気になられても困るので全力で拒絶しておいた。
「ふふ、つれないね。まぁいいさ。えっと、私の仕事の話だったね。私の仕事は……情報を操り民衆を扇動する事さ」
「民衆を扇動?」
「そう。依頼を受ければ様々な媒体を使って情報を操り、民衆を扇動して目的を達成する。それは誰かを陥れる事だったり、事実を隠蔽する事だったり、不都合な物事から意識を逸らさせる事だったり、企業潰しだったり、人を死に追いやったりだね」
これまでのやり取りから、この人が真っ当な人でない事は察していたが、そのあまりの内容に背筋が凍った。
「今の超情報化社会において情報を操る技術は大きな力になる。お察しの通り、私は碌な人間ではないからね。姉さんの大切な娘にあげられる物なんてあまり持っていないのさ。だから私の持つ一番の力を玲子にあげよう」
「……一応聞きますが、拒否権はあるんでしょうか?」
「はは、面白い事を言うね。……勿論、答えはNoだ」
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