エビデンス ~情報の海に潜む悪魔~
七瀬 莉々子
1章:情報を操る悪魔
1. 賢者と愚者と、そして扇動される者
悪魔は至る所に居る。
私、水無 玲子(みずなし れいこ)は14歳でその事を知った。
「やぁ、玲子。今日も姉さんに似て飛び切りの美人さんだね」
「おはようございます。……オリビア、それ毎朝言わないと駄目なんですか?」
「勿論だとも。私は玲子の顔が大好きだからね。だからこそ私は、玲子のその美貌を毎日でも褒め称えたいのさ」
この人の名前はオリビア。私の叔母であり、今の私の養母だ。
私の実の両親は、去年車の接触事故によって他界した。その後、それまで一度も会った事がなかった母の妹だと名乗るオリビアが突然現れ、私は彼女の養女となる事になったのだ。
一度も会った事が無かったオリビアだが、一目見て私の親類だという事はすぐに分かった。顔や声が亡き母ととてもよく似ているのだ。……私と同じように。
私の父は純粋な日本人だったが、母はアメリカ人と日本人のハーフだった。ただ、アメリカ人の血が濃かったのかその髪は綺麗なブロンドで身長も高く、顔立ちも西洋の特色が強かった。
オリビアはそんな母と本当によく似ていて、違いとしてはマチルダボブの髪型と平らな胸、そして目の下にある濃いクマと何時もニタニタと薄気味悪く笑うその表情ぐらいだ。
ちなみに私は元々セミロング程の長さだったが、両親が他界してからは何となく髪を伸ばし続けている。
「さて、今日もお勉強の時間だよ」
今日もオリビアの授業が始まる。これはオリビアに引き取られた翌日から始まった事だった。
『やぁ、玲子。私達は紙面上正式な親子になった。だから私は君の幸せを願い、その為に必要な物を提供する義務がある。私が玲子に提供する物……それは情報を扱う技術さ』
それから私は学校を休学し、毎日オリビアから様々な事を学んでいる。高校には行くつもりだが、「学校で時間を浪費するぐらいなら、今は私から学べるだけ学んでおきなさい」と言われ、中学を休学する事にしたのだ。
オリビアの言動から、恐らくそう長い期間私の面倒を見る気は無いのだろうと察したのも決断材料としては大きかった。
「さて、玲子。私は常々、人のカテゴリ分けについて話しているね。情報という観点から見てのカテゴリ分けとその割合について説明できるかな?」
「……人は大きく分けて『賢者』『愚者』それから『扇動される者』に分けられます」
そう、それがオリビアという人間から見ての人のカテゴリ分け。
世界には『賢者』『愚者』『扇動される者』が存在し、賢者と愚者はそれぞれ全体2割、そして扇動される者は全体の6割にあたるらしい。
賢者。これは多くの知識を有する者という意味ではない。”情報の本質を知る者”という意味だ。
情報とは泡の様な物であり、実体が有るようで無い。その時々でその形は常に変化し、真実か嘘かですら常に揺らいでいる。
だから賢者は情報を絶対視しない。常に疑い、自分の中の情報を更新する事に躊躇が無い。
愚者。情報ではなく妄想を絶対視する者。
目の前に如何なる情報があろうと、理屈も何もすっ飛ばして妄想を真実だと妄信し、それ以外の可能性を否定する者。
扇動される者。情報を絶対視する者。
自分が持っている情報を絶対の真実だと信じ込み、それ以外の可能性を否定する。
けれど現代社会において情報を発信する者は無数に居て、6割の人間はそれぞれが信じる情報源の信者へとなり、自分の事を『真実を知る者』だと思い込んでいるそうだ。
私がオリビアから教えられたそれらを説明すると、オリビアは満足げに頷いた。
「素晴らしい、よく覚えているね。ではその者が3つのカテゴリのどれに当たるかを見極める方法は何かな?」
それもよくオリビアが言っている事で、今更な質問だった。
「意見の違う相手を考える事なく否定するか、相手の情報源を調べてみるかですね」
「その通り。情報というのはとてもあやふやな物で絶対視出来るような代物じゃない。昨日の真実は今日の嘘になる事なんて日常茶飯事さ。だからこそ、自分の持つ情報を絶対視するかどうかでその者のカテゴリが判明する」
何とも恐ろしい話だ。
自分の持っている真実だと思われていた情報が、次の瞬間には嘘になる。それでは何も信じられないではないかと思ってしまうが、その上で情報と上手く付き合い生きていけるからこそ賢者なのだと彼女は言う。
尚、愚者の場合は情報源が曖昧かそもそも無い場合が殆どで、扇動される者以上に判別が簡単だった。
「じゃあ次だ。玲子が知りうる愚者の発言で、一番印象に残っている物は何かな?」
その質問に私の心はどんどん黒く冷えていく。……それは今も私を呪い続ける言葉だった。
「死んだ方にも煽られる原因があったんだろう。争いは同じレベルの者同士でしか発生しない」
それは、煽り運転の被害に遭い、死んでしまった両親に投げかけれらた言葉だった。
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