普通の美しさ

@moo1119

普通の美しさ

近未来の世界では、個性が尊ばれる時代になっていた。ユニークな外見やファッションがもてはやされ、誰もが自分の「普通」を恐れるようになっていた。SNSでは特異な顔立ちや特徴的なファッションが日々話題をさらい、誰もがその波に乗ろうと必死になっていた。


田中正樹は、30代半ばの男性であった。彼の外見は、どこにでもいるようなごく普通の顔立ちで、特に目立つ特徴もなければ、これといった欠点もない。ただし、それが彼にとっては大きな悩みの種だった。職場では誰からも特別視されることなく、周囲からは「田中さんはほんとに普通だね」と言われるたびに、彼は苦い思いを抱いていた。


正樹は自分の平凡さに強いコンプレックスを抱いていた。外見的に目立つことができず、注目されることもない彼の人生は、何か大切なものを欠いているように感じられた。周囲が次々と自分らしさを見つけていく中で、正樹だけが取り残されているかのようだった。彼は夜な夜な鏡の前に立ち、自分の顔をじっと見つめ、「この顔を何とかできたら」と何度も思った。しかし、自分がどう変わるべきか、そして本当に変わることができるのか、彼には分からなかった。


そんなある日のこと、正樹は偶然にも奇妙なウェブサイトにたどり着いた。「究極の美を手に入れる方法」と題されたそのサイトは、AI技術を駆使して無数の人間の顔を平均化し、完璧な美しさを作り出すことを約束していた。サイトのキャッチコピーは、「普通を極めれば、普通でなくなる」。


その言葉に正樹は強く引き寄せられた。彼は、もしかしたらこのサイトが自分を変える鍵になるかもしれないと考え、サイトにアクセスしてみた。サイトの案内に従い、彼は自分の顔写真をAIにアップロードし、解析を依頼した。


AIは、彼の顔を様々な有名人やモデルの顔と合成し、最終的に「究極の美」を持つ顔を生成した。その結果は驚くべきものだった。正樹がスクリーンに映し出された顔を見たとき、彼は息を呑んだ。それは驚くほど美しい顔立ちで、まるで自分自身の顔とは思えないものだった。どこかで見たことがあるようで、しかし誰とも違う、完璧な美がそこにはあった。


「これが俺の顔になったら、全てが変わる…」


正樹はその思いに突き動かされ、サイトの案内に従い、提携している美容整形クリニックに足を運んだ。クリニックのスタッフは、彼が持参したAIが生成した顔を見て微笑み、「これなら、私たちにお任せください」と自信を見せた。


手術は順調に進み、数週間後、正樹はついに鏡の前に立った。そこに映るのは、以前の彼とはまるで別人のように美しい顔だった。彼は驚きと喜びを隠せなかった。これで自分も普通ではなくなり、誰からも注目される存在になれる、そう信じていた。


新しい顔を手に入れた正樹は、瞬く間に周囲の注目を集めるようになった。職場でも同僚たちの視線が変わり、これまで見向きもされなかった彼が、一躍話題の中心となった。SNSに写真をアップすると、多くの「いいね」が付き、コメント欄には「素敵」「美しい」といった賛辞があふれた。正樹はそれまで感じたことのない自信に満ちあふれ、まるで別人のように生き生きと日々を送るようになった。


しかし、次第に彼は違和感を覚え始めた。周囲の人々が、彼に接する態度が変わったことに気づいたのだ。確かに彼らは彼を「美しい」と認めてはいたが、同時にどこか距離を置くようになった。以前のような親しみやすさが失われ、彼との会話も表面的なものに終始することが増えた。


さらに、彼は街中で自分と全く同じ顔をした人々を見かけるようになった。それはまるで鏡を見ているかのようで、驚きと恐怖が彼の胸を締め付けた。AIが生成した「究極の美」を持つ他の人々も、同じ整形手術を受けていたのだ。彼らもまた、「普通を極めた結果」としてこの顔を手に入れたのだろう。街には同じ顔をした「美しい」人々が増えていき、次第にその美しさ自体が陳腐化していった。


正樹は自分が特別でなくなったことに気づき、深い後悔に苛まれた。彼は元の自分を取り戻したいと強く願ったが、それは不可能だった。整形手術で変えられた顔は元には戻らない。彼は自分の本来の「普通の顔」を失ってしまったのだ。


ある日、彼は鏡の前に立ち、再び自分の顔をじっと見つめた。そこにはかつての彼の面影はなく、ただ一つの「究極の美」を持つ顔が映っていた。しかし、その美しさには何の意味もなく、彼の心は満たされることはなかった。


正樹はSNSで「普通に戻りたい」と投稿した。しかし、彼の声は誰にも届かなかった。世界は、普通を極めたことで逆に普通でなくなった「美しい」人々にあふれており、その中で彼だけが特別ではないという絶望に包まれていた。


結局、正樹はただの一人として、その中に埋もれていった。彼は、かつて「普通」であった自分がどれだけ幸せであったかを知ることなく、再び「普通」であることを切望することしかできなかった。そして彼の物語は、皮肉にも「普通」で終わりを迎えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

普通の美しさ @moo1119

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る