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愛工田 伊名電

Pleasure and praise

 やりたい勉強は終わり、目覚まし時計を覗き込むと、日付が変わって2分が経っていた。

 11月2日(木)0時2分。ゲーミングチェアの上で背筋を伸ばしていると、スマホに通知が一件。「うちとかずくん仲良くなってきたしさ〜、なんか食べに行こうや」

 賞子しょうこ先輩からのLINEだ。実際、冗談めいたスキンシップくらいはする仲である彼女のLINEは、いつもふわふわした雰囲気である。断るほどの予定も無いので快諾を示し、ヒマな日時と、友人から聞いたエスカ地下街にある美味い(らしい)お店のサイトを添付したLINEを送った。

 それから1週間と14時間と28分が経ち、寿来すくる和喜かずき…僕は、ダンス部の部長である江内えうち賞子しょうこ先輩を待っている。集合時間が14:00なので、かれこれ30分待っていることになる。あの人は17歳にもなって、デートの時間を守らないことの『ダメさ』を知らないのかしら。


 名古屋駅前の人々の往来は実に忙しい。曇天の下、駅前の雰囲気の中、秋色のコートやカーディガンに包まれた大勢の人達が近づいては、視界の右や左に遠ざかっていく。

 落ち着いた色の群れの中に、少し目立つ水色のスカジャンが垣間見えた。自動販売機の『あったか〜い』の表示を見て買ったのであろう、缶カフェオレを両手に握りしめつつ、キョロキョロと僕を探す賞子先輩の顔が見えた。

 鼻とほっぺはトマトのようで、凛とした彼女の顔にはあんまり似合わなくて、ちょっとカワイイ。


 人混みの中で僕と目が合うと、『あっ』と口を動かして、両腕を広げてこちらに小走りで近寄ってきた。

「かず君!」

多分、僕をからかう目的でハグしてくるぞ…

「寒うござんすなあ。」

 意外にも、僕の予想に反して眼前で歩みを止め、両手を脇に挟み、『トレインスポッティングのポスター』の真似をして自分の手を暖めていた。


 僕の口から

「いやいや、そのまま僕をハグなさいよ、遠慮なんていりませんから」

と告げるのはずいぶん癪なので、脳を大幅な遅刻をツッコむほうにシフトするとしよう。

「です ね 〜。」わざと『ね』を大きく言ったのは、『あなたの遅刻に怒っている』という演技だ。彼女としたデートの回数の内、5割くらいはこの演技をしたと思う。

「悪かったって。ごめんなさい。」

先生に叱られたいじめっ子のようである。ごめんなさいの文字を読んでいるだけで、言葉として発していない。全く反省していないのは、僕の目からも明らかだ。彼女の『申し訳ないです』の演技を見るのも、5割を占めているのかもしれない。

「や、せやけど…な〜んでこんなに記憶力が無いんやろ、うち」

「そりゃ、やっぱり脳を動かしてないからでしょうね。」

賞子先輩とは仲が良いので、こういうイジりをやってしまっても、さして問題では無いのだ。彼女との数ヶ月の付き合いから知った、レッドラインは絶対に越えないちょうどいいイジりだ。

「言うやんか、かず君…ほな、行こか」


 賞子先輩はエスカレーターがどうにも苦手なので、僕もそれを受け入れて、エスカ地下街へ階段で降りていく。一段下る度、彼女の黄色のスカジャンがサワ、サワと密かに囁く。

「あ、ねえ、かず君」

「お、何です?」

ボーッと下を見て階段を下っていたので、急に話しかけられたので、ビックリした。

「LINEニュースで見たんやけど〜、なんか変な動物がこの辺で暴れとうらしいわ」

更にビックリした。賞子先輩はそういうのを信じるタイプなのか。コンビニに置いてある月刊ムーの表紙を一笑に付していたはずではなかったか。

「じゃあ、警察が何とかしてくれるんじゃあないですか?」

「いや、捕まえ役のお巡りが言うには、『急に姿を消してまう』らしいねん」

「『透明化』かいな、ほな普通の動物とちゃうか…もうちょっとなんか言うてへんかった?うん〜」

急に漫才の真似が始まるのは、賞子先輩特有のノリだ。おかげで、ノれなかった時の僕が感じる申し訳なさは半端なものでは無い。キュウの『めっちゃええやん』をあんなに早く取り入れていた時は、申し訳なさを超えて感心してしまったほどだ。

「でな、別のお巡りが言うには、『結構でかいブタっぽかった』らしいねん」

「いや、その特徴はもう完全に『冬眠のために太っとるイノシシ』やないか!こんなんすぐわかったよぉ、うん。」

「んで、オトンが言うにはな…」

「オトン!」

「『葉隠透の個性を継いだ瓜っ子』ちゃうかって言うとんねん」

「いや、オトンヒロアカハマっとるやないか!」

よし、僕は完全にやりきった。確実についていけたし、満足する返しは出来たはずだ。後は賞子先輩の評価を待つだけである。顔を見るに、機嫌はいいぞ。

「ありがとうな、かず君…おもろいわ」

「…ザス!」

僕にとって、賞子先輩と話す時、この瞬間が1番嬉しいのである。


 目的の店に残り数分で到着する距離になったところで、ふと気になった。今、その動物はどこにいるのか。発見された地点から1km以上離れることなどは無さそうだが、調べてみると名古屋駅は意外にもその範疇にあった。

「先輩」

「んにゃ?」

「なだぎさんのディランだ」

「フツー、猫やろ!」

「…そういえば、さっき言ってた動物ってどこに居る…」

 

 言いかけたところで、長い通路の奥から甲高い叫び声が聞こえた。直後、叫び声より甲高いサイレンが鳴り響いた。

「緊急事態発生 緊急事態発生 お客様は 直ちに エスカ地下街から 避難してください」

慌てふためくマダムや紳士、家族連れ達の群れの中、二人はほぼ同じタイミングで目を見合せた。ほぼ同じタイミングでため息をひとつし、準備運動を始める。

 

 一連の流れが終わると、ふたりはまた目を見合せ、こくりと頷き、僕は腰に巻いてあったベルトにフィール・アダプタを差し込み、賞子先輩は杖で空を切る。

「このカッコ、露出度高くてちょっとイヤやねん」

「僕はそのカッコ好きですよ。良くないですか?『へそ出し美少女戦士 スフィア・プレイズ』…」

「余計ダサいっちゅうに! まあ、うちも『ゴテゴテ装飾仮面ファイター プレジャー』も好きやで?」

「…お互い様か。」

また、2人は見合った。


「「せーの、」」『『変身!!』』


ココを合わせるのは二人の強いこだわりである。眩しく、黄色がかった光が先輩を包む。スカジャンがバサ、バサと騒いでいた。

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