PP
愛工田 伊名電
Pleasure and praise
やりたい勉強は終わり、目覚まし時計を覗き込むと、日付が変わって2分が経っていた。
11月2日(木)0時2分。ゲーミングチェアの上で背筋を伸ばしていると、スマホに通知が一件。「うちとかずくん仲良くなってきたしさ〜、なんか食べに行こうや」
それから1週間と14時間と28分が経ち、
名古屋駅前の人々の往来は実に忙しい。曇天の下、駅前の雰囲気の中、秋色のコートやカーディガンに包まれた大勢の人達が近づいては、視界の右や左に遠ざかっていく。落ち着いた色の群れの中に、少し目立つ水色のスカジャンが垣間見えた。自動販売機の『あったか〜い』の表示を見て買ったのであろう、缶カフェオレを両手に握りしめつつ、キョロキョロと僕を探す賞子先輩の顔が見えた。鼻とほっぺはトマトのようで、凛とした彼女の顔にはあんまり似合わなくて、ちょっとカワイイ。
人混みの中で僕と目が合うと、『あっ』と口を動かして、両腕を広げてこちらに小走りで近寄ってきた。
「かず君!」
多分、僕をからかう目的でハグしてくるぞ…
「寒うござんすなあ。」意外にも、僕の予想に反して眼前で歩みを止め、両手を脇に挟み、『トレインスポッティングのポスター』の真似をして自分の手を暖めていた。
僕の口から「いやいや、そのまま僕をハグなさいよ、遠慮なんていりませんから」と告げるのはずいぶん癪なので、脳を大幅な遅刻をツッコむほうにシフトするとしよう。
「です ね 〜。」わざと『ね』を大きく言ったのは、『あなたの遅刻に怒っている』という演技だ。彼女としたデートの回数の内、5割くらいはこの演技をしたと思う。
「悪かったって。ごめんなさい。」
先生に叱られたいじめっ子のようである。ごめんなさいの文字を読んでいるだけで、言葉として発していない。全く反省していないのは、僕の目からも明らかだ。彼女の『申し訳ないです』の演技を見るのも、5割を占めているのかもしれない。
「や、せやけど…何だってこんなに記憶力が無いんやろ、うち」
「そりゃ、やっぱり脳を動かしてないからでしょうね。」
賞子先輩とは仲が良いので、こういうイジりをやってしまっても、さして問題では無いのだ。彼女との数ヶ月の付き合いから知った、レッドラインは絶対に越えない、ちょうどいいイジりだ。
「言うやんか、かず君…ほな、行こか」
賞子先輩はエスカレーターがどうにも苦手なので、僕もそれを受け入れて、エスカ地下街へ階段で降りていく。一段下る度、彼女の黄色のスカジャンがサワ、サワと密かに囁く。
「あ、ねえ、かず君」
「お、何です?」
ボーッと下を見て階段を下っていたので、急に話しかけられたので、ビックリした。
「LINEニュースで見たんやけど〜、なんか変な動物がこの辺で暴れとうらしいわ」
更にビックリした。賞子先輩はそういうのを信じるタイプなのか。コンビニに置いてある月刊ムーの表紙を一笑に付していたはずではなかったか。
「じゃあ、警察が何とかしてくれるんじゃあないですか?」
「いや、捕まえ役のお巡りが言うには、『急に姿を消してまう』らしいねん」
「『透明化』かいな、ほな普通の動物とちゃうか…もうちょっとなんか言うてへんかった?うん〜」
急に漫才の真似が始まるのは、賞子先輩特有のノリだ。おかげで、ノれなかった時の僕が感じる申し訳なさは半端なものでは無い。キュウの『めっちゃええやん』をあんなに早く取り入れていた時は、申し訳なさを超えて感心してしまったほどだ。
「でな、別のお巡りが言うには、『結構でかいブタっぽかった』らしいねん」
「いや、その特徴はもう完全に『冬眠のために太っとるイノシシ』やないか!こんなんすぐわかったよぉ、うん。」
「んで、オトンが言うにはな…」
「オトン!」
「『葉隠透の個性を継いだ瓜っ子』ちゃうかって言うとんねん」
「いや、オトンヒロアカハマっとるやないか!」
よし、僕は完全にやりきった。確実についていけたし、満足する返しは出来たはずだ。後は賞子先輩の評価を待つだけである。顔を見るに、機嫌はいいぞ。
「ありがとうな、かず君…おもろいわ」
「…ザス!」
僕にとって、賞子先輩と話す時、この瞬間が1番嬉しいのである。
目的の店に残り数分で到着する距離になったところで、ふと気になった。今、その動物はどこにいるのか。発見された地点から1km以上離れることなどは無さそうだが、調べてみると名古屋駅は意外にもその範疇にあった。
「先輩」
「んにゃ?」
「なだぎさんのディランだ」
「フツー、猫やろ」
「そういえば、さっき言ってた動物ってどこ居る…」
言いかけたところで、長い通路の奥から甲高い叫び声が聞こえた。直後、叫び声より甲高いサイレンが鳴り響いた。
「緊急事態発生 緊急事態発生 お客様は 直ちに エスカ地下街から 避難してください」
慌てふためくマダムや紳士、家族連れ達の群れの中、二人はほぼ同じタイミングで目を見合せた。ほぼ同じタイミングでため息をひとつし、準備運動を始める。
一連の流れが終わると、ふたりはまた目を見合せ、こくりと頷き、僕は腰に巻いてあったベルトにフィール・アダプタを差し込み、賞子先輩は杖で空を切る。
「このカッコ、露出度高くてちょっとイヤやねん」
「僕はそのカッコ好きですよ。良くないですか?『へそ出し美少女戦士 スカプレイズ』…」
「余計ダサいっちゅうに! まあ、うちも『ゴテゴテ装飾仮面ファイター プレジャー』も好きやで?」
「…お互い様か。」
また、2人は見合った。
「「せーの、」」『『変身!!』』
ココを合わせるのは二人の強いこだわりである。眩しく、黄色がかった光が先輩を包む。スカジャンがバサ、バサと騒いでいた。
PP 愛工田 伊名電 @haiporoo0813
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