第4章 俺とササケン

第25話 ササケン

 今日も俺は【丸森青果店】のダンジョンへ向かう。

 土曜は夏期の補習授業が無いので、少しだけ早く店の前に着いた。

 万里華さんが話を聞きに来なければもっと早く来れたのに……などと脳内で文句を垂れながら商店街で自転車を押している。




 ふと、店の前にヒョロ長い男が立っているのが見えた。

 アーケードで屋根があるとはいえ、真夏の昼間である。なのに帽子とサングラスとマスクをして、明らかに怪しい。


 無視して店の前に立ち、シャッターの鍵を回す。


「すまないが、君が丸森翔吾君か?」


 男が声をかけてきた。マスク越しなのによく通る声である。身長は俺より少し高いくらいだが、顔が小さいのでもっと高く見えた。


「はい、そうですけど…」と俺が言い終わる前に


「良かった、今日は来ないかと思ってたよ」


 と言いながら、男が手を伸ばして握手して来た。

 おっさんは握手したがる。


「怪しい者じゃない。君のおじさんに断ってここに来てるんだ。

 ほらこの顔君も見たことあるだろ?」


 男はサングラスを外し、マスクを下にずらして顔を見せた。


「あっ、ササケン」


 俺が指差すと「さん付けぐらいしろよこのやろう」と嬉しそうに言った。普段は気付かれないのだろう。


「それより暑いんだ。中に入れてくれ」


 ササケンは俺より先に店の中に入ると、奥の階段も登って行く。CMで膝を抑えていたあのおじさんと階段を軽々と進んでいくササケンは、どう見ても同一人物には見えない。細い体に余計な贅肉が付いていないのだ。


「痩せたんですか?」


 と俺が聞くと


「役者だからな」


 とササケンが返す。慣れた様子で壁からリモコンを外してエアコンに向けてボタンを押すササケンは、液晶の文字が見づらいのか明るい窓辺に移動していった。


「昼飯まだだろ?一緒に食べよう」


 そう言って、ササケンがシューズ入れみたいな光沢のショルダーバッグから折り詰めを取り出して来た。

 ダサくないマジックバッグって世の中にはないのだろうか?


「麦茶でも出します」と氷入りのコップに入れて出すと、ササケンはぐびりと一気に飲み干した。


 ササケンがテーブルに出したのは【くら町】と書かれたビニール袋で、中の折り詰めには稲荷揚げが裏返ったタイプのいなり寿司が見える。四角いパックには小ぶりないなり寿司が30個ほど入っていた。出汁の美味そうな匂いがした。




 見ず知らずの人と飯を食べるのは難しい。俺はササケンの持ってきたいなり寿司を食べ、ササケンは俺が買ってきた三色ポテサラを恐る恐る口に運んでいる。


「ひじきだねぇ」


 ササケンは、サラミや高菜よりもひじき入りのポテサラが好みのようだ。


「美味しいですよね、それ」


 と返すと、ササケンは「君も食べたかっただろうに、ごめんな」と頭を下げた。


「いえ、このいなり寿司も美味しいです」


 と俺が言うと「やはりユミさんとカズさんの息子だな」となぜかササケンは笑った。




「体の動きってさ、自分が思っているほど思い通りになってないんだよね」


 と飯を食べ終わったササケンが話し出す。


「ミュージカルもストレートプレイも、歌舞伎も落語もコントも漫才も、動く技術やそれを覚えるコツは、意外とダンジョンで伸びる事がわかってるんだ」


 ササケンは麦茶を飲み干してまた注いだ。


「で、それにいち早く気づいた俺は役者の傍ら芸能人をダンジョンに潜らせる研修を企画する副業をしてるわけ」


 テレビ大好きな母と姉に囲まれて育った俺もテレビが好きだ。


「じゃあ、ここに芸能人が来るんですか?」


 上擦った声で俺が質問すると


「いや、ここには野菜を貰いに来ただけだ。隆晴に連絡したら、鍵は甥っ子が開けてくれるって返事が来た。

 だからここにいる」


 とササケンが首を振った。なんだ芸能人と会えないのか、とがっかりした俺は


「じゃあ、扉に案内しますんで行きましょう」


 と素っ気なく言った。


「なんだよ冷たいね。一緒に潜ろうぜ」


 とササケンが両拳を前に出してきる。

 俺は渋々グータッチをする。おっさんはグータッチをしたがる。


 しかし、隆晴叔父さんと連絡出来るんだな、と思いながらササケンの方を見る。


 ササケンは、さらに怪しく見えた。

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