第21話 オークのスイッチ
瑠奈と万里華さんは、俺のマジックバッグにらっきょうが吸い込まれていくのを眺めている。
「ついでに私らのずぶ濡れシャツの水分だけ吸い取ってくれないもんなの?」
万里華さんのわがままに従ってバッグを向けてみるが、都合の良すぎる展開は起きなかった。
ここで『彼女たちの服』と指定したら、目の前の美女2人を素っ裸に出来るのだろうか?と不埒な考えが浮かぶ。もちろん実行しないが……。
俺たちはずぶ濡れのまま1層目に戻った。爽やかな風は濡れたシャツには少し冷たくて、2人は二の腕を摩っている。
「ちょっと外周を走ってみますか?」
俺の提案に2人は首を振る。
「外周って、さすが部活脳」
2人が笑って、そのままのんびりと散歩することにした。
「ねぇ、ダイコンはどの魔物が落としたの?」
「オークっていう猪頭のゴツい魔物」
と、瑠奈の質問に俺が答える。
「でも、1層目ってゴブリンしかいないよね。なんで違うやつがいるワケ?」
今度は万里華さんだ。
「わからないよ」と俺が答えていると、ぼんやり明るく光る外周の壁にたどり着いた。
3人は時計回りに壁沿いを歩き始める。
「そのオークとやらが、1層目のボスとか?」
瑠奈はそう言うが、貰えた幽体離脱時間などを考えると、まさかボスだとは思えない。
「じゃあ、レアキャラとか……」
と言いかけた万里華さんが動きを止める。
「あれ、なんだろ?」
壁に薄い箱が取り付けてある。中にスイッチが3つ並んでいて、それは玄関の端っこに付いているブレーカーを思い出させた。
「左端だけがあがっていて、真ん中と右が落ちてる」
「右のスイッチは矢印で【どく】って書いてある。いかにも隆晴さんの字だわ」
万里華さんがそれを見て懐かしんでいた。
「つまり、隆晴さんがこれを操作してたってこと?」
瑠奈がそう言いながら真ん中のスイッチをガチャリと引き上げた。
少しだけダンジョンが暗くなった気がするが、大きな変化はない。
「ちょっ!」と勝手にスイッチを上げた瑠奈の方を見ながら、俺は上げたスイッチを戻そうとする。
が近づけた手にピリリと軽い電流が走った。
『明後日まで操作出来ません』
あの機械女の声がした。瑠奈たちも驚いているから同じように聞こえたのだろう。
「てへっ」って瑠奈が舌を出して頭を下げたが、悪気は無さそうだ。見ず知らずの俺に付き纏ったりするところもだが、前しか見えない向こう見ずな性格なのかもしれない。
「何かあるかわからないから、今日は帰りましょう」
万里華さんに促され出入り口へと戻ることにする。出入り口は一番標高が高い岡の近くなので、そこを目指した。
がさりと茂みが揺れてゴブリンより大きな魔物が出てきた。オークである。
「ダイコン⁈」
瑠奈がはしゃぐ。
「力が強いから気をつけて、腕とか掴まれたら投げられるからね」
すっと俺が前に出て、上から雷棒で叩く。棍棒を持っていない左手で受けられるが、バチリと音を立ててオークが震えた。
「今です」
俺の合図に合わせて万里華さんが潜り込んで、スイカ包丁で左から右に腹を切り割いた。
ドシンと音を立ててオークが仰向けに倒れて消えた。
「ダイコン?」
ドロップした野菜を見ると、そこには3節ほどの連なった丸い何かがある。
「コレはレンコンね」
万里華さんが嬉しそうに拾って、手に持ったスイカ包丁で端っこを切って見せる。特徴的な穴が見えた。
「丸いままのレンコン、初めて見たかも」
と俺が言うと、2人はだから男って……という目をした。
その後もオークが何匹も現れて、その度に引き倒す。さらにはゴブリンも合わせて出てくるから、ダイコンオークとレンコンオークの違いがわからないままだ。
「さっきのスイッチはオークが出るスイッチって事だったのか」
ダイコンとレンコン、それにセロリとニンジンをたらふくバッグに詰めて、俺たちは出口にたどり着いた。
「満足した?」
俺が瑠奈に聞くと、彼女は大きく頷いて
「パパに食べさせて合格もらったら、毎日来るからね」
と微笑んで答えた。
ダンジョンの外に出ると、時刻はまだ5時、街は明るかった。
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