第16話 スーパーカツナリの攻防

 青果店の2階にあるキッチンの流し台の上で、左手をグーにして水魔法を唱える。ジョロジョロと目の前の空間から水が出てくるのを見ながら、それをコップに注いだ。

 美味いな。

 でも、ダンジョンの外でも魔法が使えるって面白い。などと思いながら、蛇口の水でコップを洗った。水魔法を使うと両手が使えないのである。


 俺はリビングに戻り、ステータスを確認した。レベルは6、幽体離脱の利用時間は0:32:10と出ていて、そこから蟻は10秒だと分かった。

【水魔法lv1】【鍵が〜】の他に書いてあるステータスは未だに何だかわからないが、こだわる人はここの数字を調べるんだろうな。


 店を出ると昨日柱の陰からこちらを見ていた女の人がまた同じ場所に居て、今日はこちらへ近付いてきた。


「あの…すいません、あなたはここのお店の人ですか?」


 とその女は聞いてきた。

 女は意外と若く、たぶん20歳前後だろう。化粧っ気がなくて小柄なので、実はもっと上かもしれない。


「関係者ではありますが、ここの人ではありません」


 そう言ってシャッターを下ろして鍵を閉める。


「じゃあ今、ここの野菜はどこで買えるか知ってますか?」


 必死な顔をして聞いてきた。


「すみません、よくわからないです」


 学校用のカバンのファスナーからセロリの葉っぱが見えているのを慌てて押しこみながら


「すみません、急いでいるんです」


 と万里華さんから鷹の爪を買うためにスーパーカツナリへと向かう。が、女は付いてきた。


「私、天狗通りのビストロ【パトレーゼ】で働いています。オーナーの娘で杉江瑠奈すぎえるなって言います」


 自転車を押す俺の隣で名前の漢字を説明しながら歩く彼女は、歩幅の違いか少し息を弾ませている。


「それで最近、カツナリから野菜を買っているんですけど、なんか味が違うんです。父もそれに気づいていて、でもなぜか諦めている感じで……。

 だけどこの前、マルモリのシャッターが開いているのを見て、思い切って声をかけてみようと思ったんです」


 瑠奈はじっと見つめてきた。

 やばい、ちょっと可愛い。大きな瞳とくっきりとした眉が、意志の強さを感じさせる。


「ごめん、なんか……言っていいか悪いかわかんないから、何も言えません」


 俺はカツナリの駐輪場に自転車を停めて鍵をかける。瑠奈の前で施錠の確認をしてみる。青く光る自転車に彼女は気付かない。


 店内にも彼女はピッタリ付いてきて、丸森青果店の野菜がいかに美味しいかを熱弁する。カツナリの店員もいるのに……。


「すみません、この店も野菜置いてるんだから、他所の店の話はやめたほうがいいんじゃないですか?」

「いや、カツナリの良さは魚なの。魚介の品揃えはここらのスーパーの中ではダントツ。近所の鮮魚店より値段はいいけど品も新鮮でいいの」


 すれ違う店員が嬉しそうな顔をする。


「で、少年は何をしにここに来たの?」


 年上女子に少年と呼ばれるのは、やはり何となくくすぐったい。


「あの、名前……丸森翔吾って言います。

 一応目的があって来てますが、あなたには言いません」


 俺はさっさと調味料コーナーに行き鷹の爪を探す。

 が、無い。クミンとかカルダモンとかはあるのに、鷹の爪が見つからない。七味の隣にあってもいいのに無い。


「ねぇ、何をお探しなの?

 私知ってるよ、カツナリ検定2級だからね」


 イヒヒと笑う瑠奈は、俺の斜め下から上目遣いで覗き込んでくる。

 てか、カツナリ検定ってなんだよ。


「鷹の爪です。トウガラシの方の……」

「トウガラシの方の鷹の爪なら、野菜コーナーだよ」


 薄笑いを浮かべているところを見ると、彼女は鷹の爪がトウガラシって知っているようだ。まぁ、ビストロで働いてるから当然か。

 恥の上塗りである。

 野菜コーナーの隅にあった、1パック150円の鷹の爪を持ち、レジの万里華さんの元へ向かう。


「ねぇ、鷹の爪なんて何に使うの?」


 瑠奈がしつこく聞いてくる。無視だ。

 レジには列は無く、万里華さんのレジに鷹の爪を置いた。


「今日もお使い?」


 万里華さんが俺に微笑みかける。


「はい」と答える俺。


「鷹の爪って何に使うの?」


 ポイントカードにバーコードリーダーをかけながら聞いてきた。


「らっきょうを漬けるみたいです」


 と俺が答えると、


「やっぱり、万里華さんコイツ怪しいよ」


 と、後ろから瑠奈が口出してきた。


「この辺じゃ、今はらっきょうの季節じゃないでしょ?」

「確かにここで働き始めた頃にちょっと見たぐらいだわ……」


 しまった、この2人知り合いだったか……。


「あのね、八百屋で働いてた女とそこに毎日通ってた女を、騙せるとでも思ってるの?」


 瑠奈がぐっと近づいて俺の腰が引けた。


「翔吾くん、隠し事は後になるほど面倒くさくなるよ」


 と万里華さんがレジの中で笑った。


 叔父さんごめん、ダンジョンのこと隠し通すのは難しそうだ。


 ん……?

 そもそも、ダンジョンの事は内緒にしないといけないんだっけ?

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