第9話 すんなり出来るはずもなく
晩飯のあと、自室に戻った俺は学校の課題を済ませる。そこそこの進学校は宿題が多くて困る。野球部を休部中の肩身の狭い俺は、教師たちとの関係を悪くするわけにもいかない。
その後、ベットに倒れ込む。そしてじっと天井を見つめ、幽体離脱の瞬間を待った。
体は疲れている。条件は整っているはずだ。とボーっとする。
思い込みは油断につながる。
全てのスキルが使えるものではないこと。店のスイカ包丁がただの包丁ではなかったこと。若くて美人なお姉さんに娘さんがいたこと。
今日は散々裏切られたなぁ、などと呟いて大きくあくびが出る。
そもそも魔物を倒すと野菜が出てくる時点でおかしいのだ。そして、それを嬉々として食べるウチの家族もちょっと変わっている。
そういえば、万里華さんの娘はあの野菜を食べると体調が良くなるんだっけ…。
「体調?」
まどろんでいた俺はがっと起き上がった。昼、冷やしうどんといなりを食べた時、ピクルスも食ったわ…。
「あの野菜を食べたから力が強くなってたのかぁ〜」
制限時間があるのかもしれない。夕方にはゴブリンが一撃で倒せなくなったのは時間が経ったからか。
その時、ごとんと床に何かが落ちる音がした。時刻は23時46分、音の原因は28枚の50円玉の束である。
昼間からの疑問の答えを見つけてしまったばっかりに、目が冴えてしまったよ……。
翌朝、少し早く学校についた俺は、体育館横の教官室で握力計を借りた。馴染みの体育教師に腰の具合を聞かれると、俺は「ぼちぼちです」と言って誤魔化した。
体育館のステージにルーズリーフを置き、その前で握力を左右3回ずつ測った。記入したあと隠し持ってきたピクルスの瓶の蓋を開ける。ニンジンを1本口にして再び左右3回ずつ測った。
出た数字に体育館の隅で1人むむむと唸っていると
「何やってるの?」
と同じクラスの海老沢夏希が声をかけてきた。同じクラスでバスケ部の長身ショートカット女子である。朝練や自主練がないのを教師に確認してたからここで測っていたのに、何故こんな所にいるのだろう。
俺の目が泳いだのがばれたかもしれない。
「もしかして……更衣室にカメラでも仕掛けにきたの?」
普段からそう思われてたのか?
「そんなんじゃないよ……、ってそっちこそなんでいるんだよ」
「部室に忘れ物してたから取りにきただけだよ」
彼女がそう答えると、ステージの上のルーズリーフを覗き込んだ。
柔軟剤のいい匂いがする。
「握力?さすが男子、いい数字ね」
そう言って、ピクルスの瓶を触る。
それを見て、あっと声が出た俺を、夏希が不思議そうな顔をして見つめてきた。
俺は腹を括る。
「絶対に秘密にしてほしいんだけど…これはとあるダンジョンで採れた野菜なんだ」
説明を真剣に聞く海老沢。
「で、これを食べるとなんらかの影響があるかもって言われたから、試しに握力を調べてた」
彼女はそれを聞いて興味深そうに瓶を振る。
「なぁ、ちょっと握力測らせてくれない?」
女子に握力を聞くのに後ろめたさはあるが、彼女は快くOKしてくれた。
まず何も食べない状態で左右3回ずつ計測する。そのあと、彼女にはセロリを食べてもらう。
「生まれて初めてセロリが美味しいと思ったわ…」
そう言って、3本目も食べた。
また3回ずつ測る。
「何これ、数字が上がってるじゃん」
そう言う彼女は、嬉しそうに瓶に残ったニンジンも食べている。遠慮を知らないのだろうか。
「だいたい、一割増しってところか」
と2人の数値を見比べる俺に
「あのさ、足が速くなったりとかしないの?」
などと、嬉しそうに聞いてきた。
「わからん、今度測ってみるわ」
と俺が言うと
「私にも協力させて、っていうか、その瓶試合前にちょうだい」
などとぐっと近寄ってきた。
やばい、今度は海外のシャンプーの匂いがする。
「そんな事したら、絶対誰かにバレるじゃん。絶対、部活の奴らにも言うなよ。絶っ対言ったら二度と食わせないからな」
絶対を連発して念を押す俺に、軽い感じで頷く海老沢はニヤつきを隠さない。
俺はバレちゃいけない人間と関わってしまったのかもしれない。
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