第1章 最初の潜行

第1話 八百屋だった場所

(このエピソードの前にプロローグがあります。できればそちらから読んでください)



 商店街の1ヶ月前まで八百屋だったスペースは、今はがらんとしている。

 縦横7〜8メートルほどの元八百屋のその空間は、鉄筋コンクリート製の3階建ての一階部分にあって、想像していたより片付いていた。商品が無くなって空になった什器と、売れ残ったいくつかのレトルト食品に、そこが商店だった名残りが見える。


 俺は1ヶ月前までバックスペースだった店の一番奥の場所で、その手紙を見つけた。

 だけど、叔父からの手紙の内容について語る前に、まずこの元八百屋だった場所に俺が来ることになった経緯を語ろうと思う。



 俺の名前は丸森翔吾という。市内で二番目の進学校、蜂須賀高校の2年生だ。春まで野球部だったが、腰を痛めて現在は休部中。成績は中の上ほど、身体は大きいが美形では無いので浮いた話は無い。


 夏休みが始まろうとする頃、祖母からある命令を受けた。それは、ひと月前に経営していた八百屋を畳んで音沙汰の無い叔父の隆晴の【顔を覗いて来い】という断りようのない命令だった。


 2人兄弟の兄が堅実だったせいか、小さい頃から父の弟の隆晴にはふらふらと放浪する癖があった。

 順調だった青果店を突然閉めると言い出したのも、それ以前に、エリート証券マンだった叔父が商店街の八百屋を建物ごと買い取って八百屋を始めた事さえも、家族へは事後報告だったし周りも慣れたものでそれを咎めなかった。


 だが先週開催された祖父の年忌に音沙汰が無かったのには祖母も少し引っかかったようだ。そしてその場で検討をした結果、1人暇そうにしている翔吾に白羽の矢が立ったのだった。


 商店街は翔吾の高校への通学路にある。祖母から預かってきたシャッターの鍵を開けてセコムの機械を探す。『カードを差し込んで暗証番号を押す』と繰り返しながら機械を探すが見つからない。


「そうか解約したのか…」


 俺は焦って損したなと証明のスイッチを入れた。蛍光灯が一瞬で点いて、LEDの風情の無さを思った。空き店舗なんだから何度か点滅してから点いて欲しかった。


 むっとした熱気が気になって、業務用のエアコンを入れる。どんっと天井全体が震えてエアコンから臭い空気が出てくる。

 今年の暑さは異常なので、電気が通っていたならエアコンは動かしていいとの許可は出ていたので設定温度を少し下げた。


 奥の階段から2階に上がる。叔父にしては珍しく掃除がなされているリビング、ついでに見た冷蔵庫も半ダースの缶ビールとマヨネーズ以外は綺麗に片付けてある。

 3階の寝室も綺麗なもので、ベッドのシーツもピンと伸ばしてあった。


「寝室を漁るのは最後にしよう」


 窓の外にはアーケードの裏側、メンテナンス用の通路が見える。もし何かの業者さんが通ったら面倒な事になりそうだったのだ。

 そして店舗まで降りた俺が、その手紙を見つけたのだ。



 また話は変わるが、この国のダンジョンは、第二次世界大戦直後の混乱期には存在していたようだ。必要の無くなった防空壕に魔物が住み着いたからだとか、戦争の犠牲になった魂が化けて出たからだとか、謂れは色々ある。


 だが魔法が当たり前の世界になり、大規模なダンジョンが次々に攻略される。その途上でステータスを目視できる仕組みが出来て、使える魔法のデータベースも出来た。内閣府にダンジョン関連を管理するダンジョン庁が出来て、今では幾つもの探索者ギルドが攻略の競争をしている。

 結果、テクノロジーの発展とダンジョンは、切っても切り離せない関係になっている。




「で、この手紙ですか」


 無機質なアルミのドアの真ん中に真っ赤な封筒が貼ってある。こちらに見えるように、太い方のマジックペンの四角い文字で『家族へ』と書かれていて、よっぽどの事がなければ見落とす事はないだろう。

 それが、この物語の冒頭に描かれているあの手紙だ。


 そしてあの手紙にはもう一枚便箋が付いていた。


「むむっ、内容はあまり変わらないみたいだけど…」


 などと独り言を呟いて、しばらく見比べながら考えた俺は、ある考えに至る。


「これは残りの家族に見せる用の手紙だな…」


 こちらの便箋には『高校生男子にとって嬉しい何かが貰える』という一行がカットされているのだ。

 念の為、誰も見ていない事を確認した俺は、最初に読んだ一枚を抜き取った。





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