投稿の手を止める時

お前の水夫

投稿の手を止める時


 実は私は今まで3年の間、作品の投稿が出来ませんでした。

 アパートの部屋に籠って在宅で勤務をし、いけないと思いながら仕事中にスマホで作品を書いても、いざ投稿しようとするとその気が失せてしまうのです。

 これから『公開に進む』ボタンを押すぞという時になると、何故か私のやる気を削ぐ実に些細なことがいいタイミングで起きていました。


 それは本当にとても些細なことで、朝は酷い犬の鳴き声から悲鳴(日替わりで猫)、休日の昼は「よし、これから」というところで読経が聞こえ、これが夜になると気になる音の種類が増えるという厄介さです。


 ご理解いただけないかもしれませんが、動物の悲鳴はSFを陳腐な物に変え、何軒もの家から響く読経の声はファンタジーの世界を破壊しました。


 夜の音ですがこれはちょっと特殊です。

 私の部屋は303号室で両隣が存在します。

 お隣は両方とも、昼間は洗濯機の音が聞こえ、CMソングを歌う声が聞こえ、電話で楽しそうに話す声が聞こえていました。


 ですが夜になると304号室からは太い悲鳴かもしくは泣き声が聞こえて気まずくなり、302号室からは泡が連続で生じるような人間は出さないような音が聞こえて、その度に私の『公開に進む』ボタンをポチる手は止まりました。

 さらには建物の裏にある工事用車両の駐車場から排気ガスではない嫌な臭いがする日が加わり投稿はますます困難になりました。

 

 こういったことが3年間も続いたわけなのです。

 そしてそれは唐突に終わりました。

 

 ある土曜日の夜、私は何かの音や臭いがする前から諦めて寝ておりました。

 そして凄まじい絶叫が響いた気がして起きました。302からだと思います。

 304のベランダからは階下に何か落ちたような気がします。

 裏の工事用車両の駐車場からは軋み音がしたかと思いますが、怖くて確認出来ませんでした。


 しばらくすると回転灯の灯りと、大勢の人の気配がしましたが、私は怖かったので寝てしまいました。


 翌日、私は勇気を持って現場を見に行こうと朝から準備していましたが、警察が来て止められました。

 302と304の人は行方不明になっていました。

 302は人が消えただけですが、304は掃き出し窓が無くなっていました。

 裏の工事用車両の駐車場ではクレーン車が半分溶けていたという話を後で拾いました。

 何故か動物の悲鳴と読経も止みました。

 私は投稿出来るようになりましたが、一生もののネタを見逃したのだと思います。







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