Epilogue 嘘じゃない嘘

第35話 輝く星に心の夢を

 平穏な日常をただ静かに暮らしたい。

 そんな風に考えていた俺――伊久里いくり恵人けいとの人生目標は、今や形骸化してしまっていた。

 同じクラスで、長くしなやかな黒髪を後ろ手に括ったポニーテールが印象的な女子生徒――桧木ひのき千央ちおと共に登校する。二人一緒に教室へ入ると、好意的とも冷やかしとも取れる雰囲気で周囲から関係性を弄られる。

 それを会話で上手く躱しながら午前の授業を乗り切るのが、もはやお決まりになっていた。

 そうして昼休みになれば弁当箱を手に中庭へ集合。ルーティーンとして定着したスケジュールに安心感すら覚えてしまう。


「千央。そういえば」

「どしたの? 恵人くん」


 桧木家に突撃したあの日から変わったこと。

 一つは登下校を一緒にするようになったことだ。それもあって俺と彼女は共に過ごす時間がさらに長くなっている。彼女のお父様とも約束したことだが、元々近所に住んでいたのもあって苦にはならなかった。

 もう一つは、彼女の呼び方が下の名前になったこと。

 名前呼びはハードルが高いと直訴したこともあったし、いざ呼んでみると彼女の方も恥ずかしそうな素振りを見せたので一度は無かったことになったのだが、桧木家で大立ち回りをした時に「千央さん」と呼んでいたのを彼女自身が気に入ったらしい。「これからはそう呼んでもいいよ」と頼んでもいないのに許可されてしまった。彼女がそう言うのならばこれも受け入れるべき事案だろう。


「結局、俺たちって今も恋人を演じてる状態なんだよな?」


 改めて確認する。

 ご両親に大見得を切ったものの、あれは本当に千央と付き合うという意味にはならない気がする。むしろ偽彼氏作戦の範囲が学校以外にも広がったという認識でいた。

 そして、それは千央も同じ考えのようだ。


「そうだよ? あたし、まだ誰とも本気で付き合うつもり無いもん」

「左様ですか」


 ホッとしたような、なんだか面倒なような。俺はよく分からない感情になって聞き流す。

 俺の様子を見ながら千央は含みのある悪い笑みを見せていた。


「ふーん? 恵人くんはあたしと付き合いたいんだ?」

「そんなこと言ってないだろ」

「じゃあ、山田くんと付き合っちゃおうかな」

「勝手にしろ」


 俺を試すように言う千央だが、相手にしてはいけない。こいつがあの男子生徒と付き合う気なんて毛頭ないと俺は深く理解している。

 こちらが乗ってこないことを察すると、千央は少し落ち着いて自分の弁当へ箸を伸ばした。


「……本当にありがとうね、恵人くん」

「なんだ急に」


 ふと、千央は囁くように告げる。


「お父様とお母様も最終的には納得してくれて、あたしは此処でまだ高校生活を送ってる。これって、あたしが夢見てたけど叶わないと思っていた時間だもん」


 両親の反対を押し切り、反抗的に星明高等学校へ入学した千央。その後も門限を破って部活動に参加したり、休日に外出したりした。それはほんの一時でも楽しい高校生活を送りたいという彼女のワガママだった。

 そんな時間を、俺がしゃしゃり出てなんとか延長してもらったから今がある。


「恵人くんは恩人だよ。ホンットーに感謝してる」


 念を押すように言う千央。

 気恥ずかしくなって、つい軽い受け答えで返してしまう。


「気にするなって。俺が勝手にやったことだし」

「あそこまでやってくれる人は早々いないと思うよ?」

「……確かに」


 いくら友達とは言っても、実家に乗り込んでご両親と直談判した奴は中々いないだろうな。

 改めて考えるととんでもないことをしでかした。自分の無謀な行動を見つめ直す必要がありそうだ。


「じゃあ、今度お礼するね」

「お礼?」


 なにかしてくれるのか。俺が次の言葉を待っていると、千央は胸を張って宣言した。


「次の日曜日、あたしとデートする権利をあげます」

「いらんけど」

「えー!? ひどい!」


 ムッと頬を膨らませる千央。威嚇のつもりかもしれないが、全然怖くない。

 というか、彼女の魂胆は見えている。俺は推測をそのまま口にした。


「どうせ、行きたいところがあるから俺に付き合えって言うんだろ」

「……そうだけど」


 あってるんかい。


「近場で星空が綺麗に見られる観測スポットがあるんだよ!」

「結局、星なんだなあ」

「恵人くんも、天文部員として行ってみたいと思わないの?」


 俺が同伴するならば夜間の外出も許可されるということで、天体観測は彼女にとっていち早くしたい最優先事項なのだろう。

 目をキラキラさせてお出かけ欲が高まっている千央に苦笑しつつも、彼女が楽しく星を楽しめるのは俺の望んだ結果でもある。一緒に出掛けるぐらいは構わない。


「せっかくだし、みんなも誘っていく?」

「デートじゃなかったのかよ!」

「きっとみんなで行った方が楽しいよ!」


 そりゃ、実際に付き合ったわけではないのだから二人きりでなくとも構わないけれど。

 なんだろう、少しだけ残念な気がする。


「そうと決まれば、放課後部長たちにも相談だね!」

「まあ、いいか」


 千央がこれだけ浮かれているのは自由になったことの証明に他ならない。

 そしてそれは、微力ながら俺が尽力した結果成し得たことでもある。そう思うと、彼女の笑顔を見れてよかったという気持ちが上回って何となく受け入れてしまう。

 星空のように輝く満面の笑みを浮かべた彼女を見ながら、俺はほんの少しだけ安堵を誇らしさを覚えた。


「あ。そうだ」

「今度は何?」


 騒がしくも次の話題を見つけた、というより思い出した様子の千央。


「あたしこの前約束したよね。お父様とお母様に話をし終わったら、一番大きな嘘を伝えるって」


 たしかにそんなことを言っていたかもしれない。すっかり忘れていたが、一体何を言い出すのだろう。

 俺は自分の弁当箱をかきこみながら、構えすぎないよう冷静に話を聞く。


「あたし、恵人くんを利用するためにずっと様子を見ていたって言ったじゃない? でも、それは嘘」

「ん? じゃあ、なんで俺が偽彼氏役になったんだ?」


 千央はクラスの中から偽彼氏作戦に使えそうな男子生徒を探していた。他人の事を放っておけないお節介で、利用しやすそうなやつ。自分の学校生活を楽しく彩るための飾り。

 それが俺だと言われていたし、実際そのとおりになった。俺は彼女の世話を焼いて、ご両親の前で彼氏宣言をするほどに踊らされていたわけだ。

 別にそのことはいい。どんな経緯であろうと俺は自分の意思で彼女を助けに行ったし、友達として学校を辞めてほしくない気持ちに嘘は無かったのだから。

 けれど、そんな俺たちの始まりに嘘があるというのは気にかかるところだ。


「本当はね。恵人くんのこと、一目見た時から好きだったの」

「……え」


 ん? 今なんて言った?


「待て待て待て待て! はい?」


 こんな冴えない一般男子生徒を、何? 一目見た時から……?

 あまりに唐突で衝撃的な告白。俺が言葉に詰まって何も言い出せずにいると、千央はクスりと笑った。


「なーんてね。ビックリした? これも嘘だよ」


 彼女はペロりと舌を出して悪戯っぽくウインクしてみせる。

 桧木千央は嘘つきだ。居もしない彼氏を居ると吹聴したり、それが原因で友達から恋愛相談を受けてみたり。

 だが、彼女がそうした嘘をつく時には特徴がある。

 鼻をひくひくさせて、上手くできていない妙なドヤ顔を見せるのだ。その様子を、虚勢を張っているんだと俺は認識している。

 しかし。

 今、俺にをついた千央の表情は――。


「……なんだ、嘘かよ」

「なにー? 本当が良かったのー?」

「知らねぇ」


 からかいに成功したという様子でニコニコしている千央。

 大きな瞳と薄い唇。クラスの誰もがその整った顔立ちを羨み、あるいは好奇の目で見てしまうマドンナ的存在。

 勉強も運動も卒なくこなす彼女は、それすらも他人の羨望から作り出した虚像の自分だと言っていた。みんなに好かれる自分を演じてしまう。彼女の最大の嘘と言ってもいい。

 そんな彼女が、俺と二人きりの時は自分が嘘つきだと明かしてくれる。素直で飾り気のない笑顔で俺と談笑してくれる。

 俺は、もう少しだけ彼女の嘘に付き合うことにした。期限は分からないが、高校生活を楽しく過ごせるように彼女の自由を少しサポートする。


「千央」

「今度はどしたの?」


 どこまでも純粋で真っ直ぐな瞳。相変わらず距離の近い顔が真横でじっとこちらを見つめている。

 あれ? 俺、今何を言おうとしてるんだ?

 気恥ずかしくなり、言葉が浮かんでこなくて少し視線を逸らした。

 とにかく。


「俺は、お前が学校に残ってくれて嬉しかったよ」


 これが、俺から言える精一杯だった。

 一瞬間が空いて、桧木はこちらの発言をじっくり噛みしめてから頷く。


「うん。これからもよろしくね」

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桧木千央ちゃんはピノキオかわいい! 宮塚慶 @miyatsuka

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