ナルカミ・エナジー・ソリューション-虚栄解体-

ガリアンデル

序章 嘘ツキ

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


ぷぁん、ぷぁん──ぶ──ぁん、ぷぁ─ん。


 壊れたラジオの様なノイズ混じりの警報音が力なく響いている。


異常発生を知らせる赤い光が回転し、薄暗い廊下の壁に赤をぶち撒ける。


しかし、光の赤に混じって壁や床には光と異なる黒い赤が飛沫の様に飛散していた。


 瞬きすら忘れ、その光景が脳裏に焼き付く。

 あれは何なのか理解しようとして、都度脳が拒む。

 なにせ見るのは初めてだったから。

 脳が拒否した光景が何度もフラッシュバックを繰り返し、とうとう耐えきれずに嘔吐してしまった。


 それが生物だったものの血肉や臓腑であると認識した事で、逆回りしていた脳がゆっくりと現実との焦点ピントを合わせていく。真っ直ぐな廊下、赤い光、変色した赤黒い物体、鼻を突く異臭、止まらない汗、速くなる鼓動。


 ようやく自分を確認して、我に返った私の前にはいた。


 廊下の先、天井を這う様にこちらを見下ろす歪んだ人型。この世の生物の何とも形容し難いモノ。祈る様に両手を合わせこちらを向いている。


 私は理解した。もう手遅れなのだと。


 新調したスーツが吐瀉物で汚れた事も、みっともなく失禁して泣き喚いても、どうにもならない。支給された拳銃を震える腕で持ち上げて、廊下の先の人型に向けた瞬間────


 そいつが笑った。


 


「『〈鳴神財閥〉の経営するエネルギー企業〈ナルカミ・エナジー・ソリューション〉略称〈NES〉は、日本国内最大の発電施設を所持しており、それは新たな時代を切り開く先駆者である鳴神総帥自らの手で開発されました。今日に至るまで日本が世界に優位に立っているのは、ひとえに鳴神総帥の功績がある為です』────はぁ……」


 駅のトイレの個室で企業のパンフレットを読み上げてため息を吐く。こんなモノを今更読み上げて、何とか暗記したところで恐らく何の意味も無い。就活とは甘くないのだ。どれだけ準備をしても何かしらボロが出るようになっているからだ。

 心にも思っていない言葉で武装して、偽って、自我を殺して面接官をだまくらかす。それが就活という名の通過儀礼なのだと私個人は認識している。


 要は、どれだけ嘘を吐くのが上手いかって事に限る。


 今まで特別秀でた才能の無い私が、何故か世間では超一流とされる鳴神の企業の最終面接に残っているのがその証拠だと思う。


 私には嘘つきの才能があってしまった。

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