Episode8:「ちょっ……トーコ、危ないわよ!」
「……一体何が起こったのよ」
高い空の上、リゼットはリョーガの腰に力いっぱいしがみつきながらつぶやく。
魔術師の事務所に所属する2人の依頼者は、
魔術のできない魔労基署長は、浮遊術が大得意だというリョーガのホウキにありがたく同乗させてもらっているのだ。
リョーガのホウキは、ルイのホウキと並走しながら空の上を
「一般的に人間は消えないッスねー。状況から考えると森に瞬間移動したみたいッスけど、瞬間移動の魔術なんてものは」
「そうね……」
たとえばこの魔術師たちが今やっているみたいに人が空を飛ぶのは、鳥や虫が空を飛べる原理と同じだ。
“この世界の魔術は自然の
しかし、この世界に瞬間移動をする生物はいないのだ。
とはいえ、リゼットにはひとつの心当たりがある。
(もしかすると、あの日もそうだったのかも)
トーコはあの日、突然空中に現れて自分の腕の中に落ちてきたではないか。てっきりあれは浮遊術だと思っていたが、もしかすると……。
「そういう研究をしている魔術師もいるって噂はあるッスよね。実現したっていう話は聞いたことないッスけど。例えばあっちにある」
リョーガがホウキから片手を離し、行く先の森の果て、ずーっと先を指差す。
「混沌魔術研究所って言うらしいッスね。怪しいってよく聞くッスけど……何の研究をしているやら、俺は知らないッスけど」
魔労基から北の果ての森まではかなりの距離があったと思うが、そんなことを話しているうちにあっという間に森に着いてしまう。ヤマオカ魔術師派遣事務所所属の魔術師たちの浮遊技術はピカイチだ。
「おーい、社長ー」
リョーガが呼びかける声は、やまびことなって虚しくこだまする。
「私、降りてみる!」
ルイは行く先に大きな谷を見つけると、ホウキを器用に操縦してスルスルと谷底を目指していった。
「アナタはトーコを探してくれる?」
リゼットが、ホウキの操縦主に告げると、彼は黙ってうなずいた。
谷の遥か下には雄大な流れを
(トーコ、無事でいて……)
そう、強く願った。
◇◇◇
気を失っていたようだった。
何百年も前からここに生えていたであろう大きな大きな木の根を枕にするように倒れていた。
(森……?)
トーコは周囲の森をぐるりと見渡した。やはり既視感がある。
(知っているはずなのに……)
思い出そうとするとキリキリと頭が痛む。記憶に白い霧のようなモヤがかかって、うまく思い出せない。とてももどかしい。
(あの吊り橋の向こうに確か……)
記憶の
(私の知っているなにかが、あっちに……)
そう思ったらいてもたってもいられず、トーコは木の根を蹴って夢中で駆け出した。
「トーコ!」
あちこちを
リョーガはホウキの背にリゼットを乗せたまま森の中に飛び込んだ。そのまま高速で木々の間を縫うように飛ぶ。
「トーコ!!!」
風を切る浮遊術に翻弄されながらも、リゼットは更に呼びかけた。
「姐さん、あそこに!」
リョーガが指差す先には、先ほど幻術で見たあの吊り橋。そして……
「ちょっ……トーコ、危ないわよ!」
橋の上には小柄な秘書の姿があった。
記憶だけを頼りにトーコは駆けていく。
リョーガのホウキが、超高速の低空飛行でその姿を追う。
キシキシと耳障りな音を立てて揺れる吊り橋。
トーコの歩みが橋の真ん中あたりに差し掛かったときだった。
「危ない!!」
リョーガの鋭い声が響く。
見れば、赤黒い皮膚を持つドラゴンが橋の向こう側から踏み込んできていた。
その巨体が、古い吊り橋をガクガクと揺らす。
「きゃ……」
立ち止まり、慌てて吊り橋の古びたロープを掴むトーコ。
その瞬間、ためらいなくリゼットはホウキから飛び降り、吊り橋の手前にヒラリと着地した。すぐにバランスを取って体勢を整えると、揺れの激しい頼りない吊り橋の上を全速力で駆ける。
リョーガは乗員1名だけになったホウキを力いっぱい加速させた。
目の前にはだかる巨大なモンスターの口腔内には炎術の火種。その巨体に向かって浮遊術で突っ込みながら、リョーガは口腔を狙って氷の刃を投げつける。
怯んだドラゴンは大きな翼を広げて空中へと浮き上がった。
リョーガは片手でホウキを握り、さらなる魔術を放つ。
先刻ドラゴンが橋のたもとでバウンドしたせいか、吊り橋の振動はおさまらない。それどころか、
あまりの揺れにトーコの体は橋から大きく浮き上がる。
古い吊り橋にかけられたロープを掴んだまま、宙ぶらりんになるトーコ。しかしその握力はそれほど強くない。
ほんの数秒で、トーコの手はロープから離れてしまった。
瞬間、リゼットは吊り橋に敷かれた板を渾身の力でガンと蹴って、落下しかけたトーコの腰に思いっきり飛びついた。
2人の体が、木の葉のように宙に舞う。
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