13 魔力0おっさん、酒場で黒幕と対峙する



 数は見たところ30人ほど。

 先ほど6人ぶっ飛ばしたので残り24人。


 ゴロツキ共がオルトに襲い掛かって来る。


「死ねッ!」

「掴まえるんじゃなかったのかな」


 剣で斬りかかって来たのでオルトは峰で受け止め、後方へと受け流す。ついでに足を引っ掛けてやれば、体勢を崩した男がそのまま壁に頭を強打して気絶した。


 続いて3人。

 オルトは一歩飛び退いて剣を振るう。


「うおッ!?」

「うあああァ!」

「ギャッ!?」


 間合いを無視して飛んだ斬撃がゴロツキ共の腹を捉えた。

 

 飛ぶ斬撃。

 この剣撃魔法もまた、空気中の魔素を利用した剣術だ。


 椅子、テーブル等が転がる酒場の中の乱闘で、飛び道具を有しているというアドバンテージをオルトは存分に活かしていく。


「うぎッ!?」


 一人。


「うが!?」


 また一人と。

 間合いを完全無視した一撃で屠る。


「この! てめぇそろそろいい加減にしろ!」


 果敢に大斧を振り落としてくるゴロツキも居たが、オルトはテーブルを蹴り上げた即席の盾で一撃を防ぐ。


 そのまま剣を叩きつけてテーブルごと衝撃波でぶっ飛ばす。

 

 無い頭を使って隊列を組んでいたゴロツキ共が巻き込まれて行った。そのまま壁を突き破って彼方へと。


「こいつ、かなりの使い手だぞ! てめぇら全力で行け!」

「ほ、本当に剣聖並みの実力持ってんじゃねぇか!?」

「んな訳ねぇだろ! あんな化け物がそうそう居て溜まるかってんだ!」


 その通りだとオルトは自負している。


 自分の才能はシリカには遠く及ばない。

 だから小手先の技術と、何十年という歳月を使って磨き上げた剣撃魔法を使っている。


 シリカは教えたその日にオルトの剣術を理解し、たった数か月で更なる高みへ昇華させていた。あんな天才と肩を並べるのもおこがましい。


 だからこうして今も、凡人の自分は汗を流しながら精一杯戦っている。


「俺はあの子のみたいにはなれないよ」

「ごうッ!?」


 武器を持っていた最後の一人を叩き切った。


 残りは酒場の隅で怯えたように体を縮こませているアベルと、カウンターの奥で椅子に腰を落ち着かせている男のみだ。


「あっははは。流石は剣聖の師匠様だ。やるねぇ」


 アベルと同じく赤い髪をした糸目の男が椅子から立ち上がり、こちらに拍手を惜しみない拍手を送ってくる。


 臭いからして家族、恐らくは兄貴といったところか。


 相当な使い手だ。

 腰の鞘から剣を引き抜く動作一つ取っても、隙が全くない。


「でもおかしいな。魔力がないんじゃなかったっけ? どうして魔法が使えるんだろうね?」


「アベル君が使った『魔導器』が壊れてただけじゃないのかい」


「いや、そんな訳はない。魔導器がそう示したのなら、お師匠さんの魔力は確かにゼロの筈だ。だけど魔法染みた剣技を使う……、おっかない人だなぁ」


 などと言いながらも、糸目の男はどこか余裕を見せている。

 よほど剣の腕に自信があるのだろうか。

 

 最初に大剣で斬りかかって来た大男は、その武器に魔力を乗せて攻撃してきた。そしてオルトが全滅させたゴロツキ共は、気を失ってはいるが命までは落としていない。


 防御魔法の類を使用していたに違いない。

 それで致命傷を割けていたのだろう。

 

 このゴロツキ共にその魔法を教えたのは、今目の前に居る糸目の男だ。やはり只者ではない。


 仕事じゃなければオルトはこういった手合いとは、正直言って戦いたくないというのは本心だ。


「君、どうしてシリカを狙ってるんだ。わざわざアベル君を騎士団に忍び込ませて、随分と用意周到じゃないか」


「どうしてって、ここらへんじゃ剣聖様に恨みを持っている奴なんてごまんと居る。あいつがこの街に来てから、不良達は大変なんだよ」


「なるほどね」


 レイゼスが言っていた。


──『まさしく騎士みたいな娘だったよ。この街に居たチンピラ共を全員しょっぴいちまう程さ』


 と。

 つまりこいつらは復讐の為に寄せ集まったゴロツキということだ。


 それの司令塔がこの糸目の男なのだろう。

 そしてこいつは恐らくどこかのお偉いだ。


 弟のアベルが聖十字騎士団に入団出来ているのがその証拠。

 騎士は良い身分の出が多い。


 王国の兵や、聖十字騎士団が直接動かず、冒険者ギルドを通して忌み子であるオルトに仕事が回ってくるということは、まず間違いなく訳ありだとは考えていた。


 狙っているのがお偉いなのだとすれば納得だ。

 騎士や兵は表立って動けない。


「それに彼女は素晴らしい美貌をお持ちだ。あの人の行いを煙たくは思っていても、出来ることなら手に入れたいって思う人も居るだろうね。うん」


 それを聞いてオルトは溜息を吐く。


「それにしても、随分と親切にぺらぺら喋ってくれるね」


「お師匠さんがどうしてって聞いてきたんでしょ」


「いや、ありがたいんだけど、何か狙いでもあるのかい?」


「ちなみに言わなかったけどさ、僕は別にここで倒れてる人達の頭って訳じゃあないよ。それがヒントさ」


「なるほどね」


 身に纏う雰囲気と隙の無さからして、この糸目の男が頭だとオルトは考えていたが違うらしい。


 つまりもっと強い化け物が居るということだ。


 この男は何かしらの手段を用いて、今この場には居ない頭を呼んだのだろう。ペラペラ喋っているのはその時間稼ぎ。


「ほうら、お出ましだ」


 糸目の男が後方に指を指す。

 

 オルトが指先を視線で追うと、酒場の入口に『頭』と思しき大男が立っていた。見るからに強そうだ。こいつもまた、只者ではない。


 しかし、何故か鼻から血が垂れている。


「ん、あれれ? ボス、どうしたんですか?」

「な、なんだ?」


 ボスと言われた男が白目を向いている。

 よく見れば服の下から血が滲んでいた。


 既に気を失っている。


「師匠、遅くなりました。不肖シリカ、只今参戦しますッ!」

「あれ!? し、シリカじゃないか!」


 背後から首根を掴まれていたボスが手を放され、そのまま地面に音を立てて突っ伏した。


 酒場の入口ではドヤ顔のシリカが、ふふんと得意気に鼻を鳴らしている。


「私言いましたよね! 師匠が街に滞在している間は、不自由ないように付き人として同行するのは弟子の役目だって!」


 確かにそんなこと言ってたなぁ、とオルトは今更ながらに思い出す。


「ふ、ふざけるなよ。何でこんな所に剣聖が……ッ」


 後ろで糸目の男が青い顔をしているのが雰囲気で分かる。

 オルトは不憫に思ってしょうがなかった。


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