12 魔力0おっさん、酒場で乱闘を始める
魔力を持たない忌み子として生まれたオルトは、自衛手段として身を護る術を身に着けた。
一つは魔法を使用出来ると偽るための『剣撃魔法』だ。
そしてもう一つ。
これは猛獣が潜む山の中で暮らしている内に自然と身に着いた技術だ。
オルトは鼻が効く。
「アベル君だったかな。こんなスラム街で何をしているんだ……」
王都の西。
そこには貧民街が広がっている。
やはりどんなに栄えた国であっても格差は生まれてしまうらしい。賊としては都合の良い潜伏先が出来るので万々歳だろう。
そんな鬱蒼とする貧民街の路地裏に、聖十字騎士団に所属するアベルから薄っすらと漂っていた血の臭いが続いている。
あえて隠していたのかは知らないが、あの男は『魔導器』を引っ提げて接触して来た際に、今度剣を教えてくれと言いながら兜を決して脱がなかった。
ただ、まさか剣聖の師匠が狼みたいに臭いを尾けてくるとは思いもしなかっただろう。
アベルに付着していた血の臭いは、無防備にも貧民街の酒場へと案内してくれた。
窓がなかったので中の様子は確認出来ない。
しかし中からは酒の臭いと、酒に酔った男達の笑い声が聞こえてきたので、オルトは堂々と客を装って侵入する。
この場合は下手に潜伏する方が悪目立ちするだろう。
一応フードは被っておく。
「ごめんください、酒を一杯いただきたいのですが」
「あ! こいつです! 剣聖の師匠って奴は!」
「んん?」
中に入った途端、見知らぬ若者に指を差された。
声からしてアベルだろう。
赤髪の青年が青い顔をして叫ぶ。
「こ、こいつ! 堂々と入って来やがった!」
「まずいねこれ」
アベルが席から立ち上がったと同時に、周囲に居たゴロツキ達が武器を持ってこちらを睨みつけてくる。
どうやら中に居た者達全員がアベルの仲間だったらしい。
オルトもこれは予想外。
まさか酒場がアジトになっているとは。
「へへへ、まさか剣聖様の師匠の方から来てくれるとは。魔力を持たねぇお前をどう捕えようか、作戦を立ててた所だぜ」
ゴロツキの一人、嫌に体格の良い大男がオルトの前に立つ。
魔力がないことがバレている。
アベルが持っていた『魔導器』だ。
あの場では何も知らないシリカが庇ってくれたが、誤魔化し切れなかったようだ。
「剣聖が駄目ならその師匠を狙おうって感じだね。アベル君から手合わせのことまでは聞いてなかったのかい?」
「魔法で見てたぜ。でもありゃあ剣聖様は本気じゃなかった。そしててめぇは小手先の技術でそれをいなしてただけ。間違いなくてめぇの方が弱い」
「バレてたか」
剣聖を狙っている輩達だ。
あの手合わせでこちらの実力を見抜いてきてもおかしくはない。
弟子よりも弱い師匠を掴まえて、剣聖を脅そうという腹らしい。魔導器を使用して魔力を測って来たのも、自分達でどうこう出来る相手か確認したのだろう。
結果、奴らはオルトを対処出来ると判断した。
「わざわざ俺らのアジトに来てくれてありがとよ! ちょっと寝てろや! 魔力も持ってねぇカスがよ!」
大男が振り上げた大剣が赤い光を帯びる。
魔法だ。大方、斬撃の威力を上げる類の物だろう。
武器は魔力を帯びるだけでも威力が増す。
魔力を持たない人間がそれを受ければ、一撃で致命傷に成り得る。
まとも受ければの話だが。
「うッ!?」
オルトが腰の剣を抜き、振り落とされた大剣に剣身を滑らせて受け流す。
力を逸らされた大剣はそのまま酒場の床に突き刺さった。
慌てて剣を引き抜こうするその腕を蹴りで払い、続けざまにオルトが溝内に掌底を打ち込んで大男のでかい体を仰け反らせる。
「がふッ!」
「魔力がないと見て油断したね」
シリカとの手合わせを魔法で見ていたと言っていた。
それを見て小手先の技術しかないと思ったのなら大間違い。あの場ではオルトが研鑽の末に身に着けた『剣撃魔法』を一切見せていなかった。
オルトが剣の峰で空気を叩き、衝撃波を生み出す。
「うごあッ!?」
まともに衝撃を受け止めた男は、直線状に居たゴロツキ共を巻き込んで酒場の壁を突き破って行った。奥で鈍い音が聞こえる。
今のは特殊な剣の動きで空気中に満ちる『魔素』を操作した結果だ。
人間はこの魔素と呼ばれる物質を取り込み、魔力を生み出して魔法を操る生物。オルトは逆に体内で魔力を生み出せなくとも、体外の魔素を操って魔力を生み出す。
それが剣撃魔法だ。
「鈍ってて大した威力が出ないかな」
だが、今の一撃でゴロツキ共を5、6人は仕留められただろうか。
オルトは筋肉痛で痛む腕で剣を構える。
「ひとまず、全員覚悟しろ」
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